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 御者がダンフォード侯爵家に到着した旨を知らせると、キャスリンは浮き足だった様子で馬車から飛び降りた。

 先に降り手を差し出そうと考えていたジェレミーが虚を衝かれて狼狽していると、目が合った御者に『いつものことだ』と言わんばかりの苦笑いを送られる。


 その間にキャスリンは門衛の所へ一直線に向かっている。

 ジェレミーは慌てて後を追ったが、キャスリンは既に門衛に要件を伝えているようだった。


「お約束でしょうか。確認して参りますので、今暫くお待ちください」

「約束はありません。姉を迎えに参りましたの」

「――っ申し訳ありません。私どもはダンフォード侯爵家にお世話になっておりますスタンスフィールド子爵家エメライン嬢の縁者でございます。本日は――」


 ジェレミーはチラリとキャスリンを見るが、キャスリンはまるで訪問が当然の権利であるかのような顔つきで、真っ直ぐ門衛を見つめている。自身が礼を失しているとは微塵も考えていない様子。

 それどころか、今すぐ通されるのが当たり前とでも思っているようだ。


「その、先触れなどは、ないかと思われます」

「事前のご連絡は頂いていないと?」

「してないわ。何故?」


 面食らった様子の門衛にキャスリンは苛立った様子で首を傾げた。


「……確認して参りますので、暫しお待ちください」


 門衛が確認のため踵を返すと、隙をついてキャスリンが後に続こうとした。


「! お嬢様!!」

「ご令嬢、何を」

「問題はないから中に入れてくださいませ」

「ですからっ、確認を」

「大丈夫よ!」

「お嬢さまっ、いけません!」

「何よジェレミー離してよ!」


 やむを得ず、ジェレミーはキャスリンを後ろから押さえ込む。

 その様子を確認し、また門の反対側を守る別の門衛に目配せを送った後、門衛は邸内に向かって行った。


「ジェレミー、放しなさいよ!」

「お嬢様……許可なく中に入ろうとしませんか?」

「……わかったわよ。だから放して」

「承知しました。妄りに触れてしまって申し訳ありませんでした」


 身体を解かれたキャスリンは文句を呟いているが、門の反対側を守っていたもう一人の門衛が既に目を光らせている上、内部に待機していたであろう数人までもがキャスリンの様子を注視しに出て来ていた。

 その状況を見、ジェレミーは気が気ではない様子でキャスリンの側に控えている。

 再度キャスリンが門の向こう側へ入ろうとすれば、彼らは容赦なくキャスリンを拘束するだろう。


 程なく、確認が取れたということで侯爵家の従者を伴って門衛が現れた。


「スタンスフィールド子爵家、キャスリン様と従者の方でございますね。どうぞこちらへ」


 門を通されたキャスリンは振り返り、未だこちらを注視している門衛たちに鼻を鳴らした。

 ジェレミーはそれを軽く咎め、促す従者の後に続いた。


「こちらでお待ちください」


 従者は控室にキャスリンとジェレミーを通すと丁寧に頭を下げ扉を閉めた。

 キャスリンは椅子に腰を下ろし、ジェレミーは壁際で立っている。


「ねえ。後何回これが続くの?」

「……ご当主様からの許可を頂ければ、この後お目通りが叶うと思いますが」

「わたし別に当主に会いに来たんじゃないんだけど」


 キャスリンは眉を顰めた。


「エメライン様は今、こちら侯爵家でお世話になっているのですから、まずはご当主様にご挨拶をしつつお話をされるのが良いと思いますが」

「面倒臭い。わたしはお姉さまを返してくれればそれでいいのだけど」


 お姉さまが戻ってくれば全て元通りよ、とキャスリンは呟いた。

 ジェレミーはその呟きを胸が塞がれる思いで聞いていた。

 その()()()は、エメラインにとって決して幸せではあるまい。


 ノックする音が聞こえ、扉が開かれた。

 部屋に案内してくれた従者が扉を開いており、その側に初老の男性が佇み、こちらに向かって微笑みかけた。


「大変お待たせ致しました。当主がお目通りをお許しです。応接の間へお通し申し上げます」


 キャスリンが勢いをつけて椅子から降りると、扉のそばにいた従者が驚いたような顔をした。ジェレミーはふつりと額に汗を感じつつ執事らしき男性の様子を見ると、特段表情の変化は感じられない。


 男性の後に続くと、キャスリンは歩を進めながら邸内のあちこちに目を走らせている。ジェレミーは肝を冷やしながらその背中を追うのだが、キャスリンが何かまた何か突拍子もないことを口走るのではないかと気掛かりが胸を離れずにいた。


「こちらでございます」


 男性が扉の前で立ち止まり、数回ノックをする。

 内部から許可の返事があり、ゆっくりと扉が開かれた。


 ソファーに壮年の男性が腰を下ろしている。

 その男性――ダンフォード侯爵は口角を上げ、明るい声で「ようこそ、キャスリン嬢」と声をかけた。


 キャスリンはカーテシーの後、

「スタンスフィールド子爵家 次女のキャスリンでございます。お目通りありがとうございます!」

 と愛らしげな様子で挨拶をした。


 そしてその後、侯爵の隣に座る暖かな色合いの金髪を肩に下ろしている令嬢をチラリと見、再度頭を下げた。


「ダンフォード侯爵家が娘、レベッカですわ」

「今日は眼鏡じゃないんですね」

「ええ、それが何か」


 キャスリンは片眉を上げてレベッカに「何でもありませんわ」と返した。


「それで、姉君の話だったかな?」

「はい! 迎えに参りました!」

「エメライン様は戻りませんわ」


 レベッカは冷たく言葉を発した。


「どうしてですか!? そんなのおかしいです!」

「もしかしたらまだ子爵から聞いていないのかもしれないが……エメライン嬢は王太子殿下の婚約者候補に名前が挙がっているんだよ。先日も国王陛下より我が家がエメライン嬢の世話役として申しつかったところでね」

「え、でも。決まってはいないんでしょう? じゃあなくなるかもしれないじゃないですか! 姉を返してください!」

「お嬢様」

「うるさい! あんたは黙ってて!」


 諌めようとしたジェレミーに、興奮し反発の叫びで返したキャスリンは怒りで顔を染め、肩を怒らせている。


 その様子を見て、ダンフォード侯爵が瞠目を緩めて語りかけた。


「姉君が王太子殿下の婚約者候補になるということは大変名誉なことだと思うのだが、ご令嬢はそれが立ち消えになることを望んでいると?」


 侯爵はキャスリンを見据えて答えを待っている。


「お姉さまが帰ってこないと皆困るんです!」

「どう、お困りになるの?」


 レベッカが口を挟むと、キャスリンは侯爵の隣で眉を顰めている令嬢を睨みつけた。


「当家から優秀な人材を送っていますわ。子爵の補助を行うに十分に足る人物と思われますが?」

「そういう問題じゃないんです!」

「どういう問題ですの?」


 侯爵がやれやれといった顔で隣に視線を送った。

 口が立つレベッカに『程々に』と言いたいのであろう。


「――っ」


 突然、キャスリンは踵を返し扉の向こうに足を進めた。

 そして廊下に出ると、先程通った道筋と反対方向に走る。


「お嬢様っ!」


 虚を衝かれたジェレミーが慌てて追いかけ呼び止めるが、キャスリンは足を止めない。


(通った道ではないところに居るはずよ)


 キャスリンは奥へ奥へと進んで行く。



 ――と、その時。


 優雅なワルツの音楽が、更に奥の方から微かに聞こえてきた。



「――誰か、その方を止めて頂戴!」


 キャスリンの背後、遠くの方でレベッカの声がした。同時に侯爵が「対応は丁重に、一切怪我をさせるな」と従者に叫んでいる。



 吸い寄せられるように、キャスリンは音楽のする方へ向かっていった。




 そして従者たちがキャスリンを捉える寸前に、音楽が流れている部屋の扉の前に到着した。



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