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その日、キャスリンはすこぶる機嫌が悪かった。
ドレスの新調をお願いしに執務室に向かうと、父親からではなく例の二人組に即座に却下されたからである。
「ご令嬢は、貴家の状況から考えて何枚も豪奢な衣服を新調できるとお考えで?」
「そんなこと! わたしが考えることじゃないわ!」
ぴらりと摘み上げられた請求書を金縁眼鏡の男がしげしげと眺める。
「先日お話ししたではありませんか。一般的な子爵令嬢が作成するドレスの金額はこの位だと」
「あんな金額で作れるドレスなんて! 恥ずかしくて夜会に出られないわ!」
「――兎に角」
銀縁の眼鏡の男が口を挟んだ。
「こちらは認められません。ロレッタにはこちらから減額を交渉し、その金額に見合った範囲内のものにご変更頂きます。ご令嬢――」
男たちはキャスリンをじろりと見据える。
「もう一度申し上げます。こちらは認められません。それは変わりませんよ」
キャスリンは紅潮した顔を益々赤くして叫んだ。
「……っ、何よ! あんた達一体何の権限があってこんなこと……!」
「私たちは、王家より拝命され貿易事業を取り仕切っておられるダンフォード侯爵家当主より遣わされております。ご存知だと思いますが?」
「キャスリン」
黙って話を聞いていたスタンスフィールド子爵が眉を下げてキャスリンに話しかけた。
「彼等の言うことを聞きなさい」
「お父様……!」
子爵はゆるゆると首を左右に振り、再度キャスリンと目を合わせると、書類に目を戻した。
「何よ!」
一言叫び、キャスリンは部屋から飛び出した。
(こんなこと今までなかったのに! お姉さまが侯爵家なんかにいるからよ!)
キャスリンは廊下を貴族令嬢らしからぬ様子で踏み鳴らし、自室に向かう。
(今までのドレスじゃダメなのよ! お姉さまにも、侯爵家のあの女にも絶対負けたくない!)
キャスリンの脳裏には、王太子の成人祝いの夜会での光景が思い出される。
姉であるエメラインと侯爵令嬢レベッカの煌びやかな姿、エスコートする美しい貴族令息と、そこに吸い寄せられる人々の群れ。
「あのピンクのドレス! ピンクはわたしの色だって、お姉さまはわかっている筈なのに!」
自室の扉を乱雑に開け閉めし、キャスリンは荒い呼吸を繰り返して肩を上下させ続ける。
視線の先には窓があり、その窓からあの日、迎えに訪れた質素な佇まいのレベッカと連れて行かれる姉をここから見下ろしていたのだった。
(完全に格下だと思っていたのに!)
キャスリンは親指の爪を口元に引き寄せた。
「――キャスリン? 爪を噛むのはおやめなさい」
ふと、背後の扉の方から母親であるイライザの声が聞こえ、キャスリンは親指を開放し振り返る。
「お母さま!」
「以前からお話ししているでしょう? 爪が変形してしまいますわ」
イライザはキャスリンの手を取り、小さく首を傾げて目を合わせる。
「お母さまっ、あの眼鏡の男達を追い出してくださいませ!」
キャスリンの言葉に、イライザは困ったように表情を曇らせた。
「貴女もわかっている通り、あの方々は侯爵家からいらした方々だから……こちらではどうすることもできないわ。――エメラインが戻ってくるならば可能かも知れないけど」
イライザは頬に片手を当て、ほうと溜息をついた。
「お姉さまが、戻ってきたら……」
「ええ、だって、エメラインが業務に携われない代わりにいらしたでしょう? 帰ってきたら元通りになるわ」
キャスリンが「元通り……」と呟くのを見、イライザはにいと笑って見せる。
「そう、元通りよ。それに帰ってきたら、きっとあの夜会でエメラインが身につけていたドレスや装飾品は全てこちらに持ち帰ると思うわ。そうしたら、じっくり見せていただきましょうね」
「あの素敵なピンクのドレスを?」
「そうよ。素敵だったわよねぇ……きっと、キャスリン、あのピンクのドレスは貴女の方が似合うわ」
キャスリンは自分が美しいドレスを身につけているところを妄想したのだろう、顔が嬉しそうに紅潮している。
その様子を見て、イライザは更に言葉を重ねる。
「そうしたら、『そのドレスはエメラインには似合わない』って忠告してあげましょう」
「ええ、そうよね! 本当のことですもの!」
「でも――」
イライザは眉を下げ、悲しげにキャスリンを見据えた。
「今のままでは、帰ってこないかも知れないわね」
「え?」
キャスリンは怪訝な顔をしてイライザを見返す。
夢見心地のように見えた表情を曇らせ、不満げな様子である。
「侯爵家にいれば毎日気忙しく過ごさなくて良いでしょう? きっと贅沢に過ごさせて頂いているでしょうし、もうここへ帰りたくないと思っているかも知れないわ」
「そんなの――ずるいわ!」
イライザは悲しそうな顔を作る。
「きっと、素敵なお洋服を着せて頂いて、美味しいお食事も頂いているでしょうね。私たちのことなんて、もしかしたら忘れているかも知れないわ」
キャスリンはイライザの言葉に、不快そうに顔を歪めた。
イライザは、キャスリンに見せる表情は悲しげなままでありながら、実際には脳内で楽しげにキャスリンの様子を観察していた。
「キャスリンは欲しいドレスも我慢しているというのに、エメラインは本当に羨ましいわね」
その言葉に、キャスリンは怒りが頂点に達した様子だった。
眉間に皺を寄せ、再び爪を噛もうと指を引き寄せる。それを、イライザが手で制する。
「キャスリン、爪を噛んではいけません」
「――お母さま、わたしお姉さまを迎えに行ってくるわ!」
「え?」
「わたしがお姉さまを連れ戻すわ!」
「え? そんな、キャスリン?」
扉に向かっていくキャスリンを追うかのようにイライザは手を伸ばした。が、キャスリンは扉を力任せに開き、走り去って行った。
それを、イライザは追いかけない。
伸ばした手をスッと引き、にんまりと笑みを浮かべた口元に持って行く。
そして自然に出た笑い声を、キャスリンの部屋の中で小さく響かせ続けた。




