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 ダンフォード侯爵家にて静養という名目で一室を与えられることになったエメラインは、十分に睡眠を取り、栄養のある食事を与えられ、また侍女の手によって丁寧に手入れをされる日々の中で、ゆっくりと令嬢としての輝きを取り戻して行った。


 シャープに過ぎる頬のラインは少しずつ緩やかなカーブを描くようになり、そして青白さから薄桃色へ。

 かさつきのある肌は陶器のようにつるりと滑らか、かつ内面から発光しているかのような輝きに。

 金糸というよりも藁のようとも感じられた髪は、香りの良い洗髪剤によって本来の美しさを取り戻し、更に芳しい香油にて整えられ、櫛解かれた後に丁寧に結われる。

 衣服にしても、今までのような簡素で年代を感じさせるようなものや令嬢には相応しくない暗い色は排除された。

 代わりに、若い女性に相応しい明るい色のドレスが用意された。全て、マダム・ロレッタの手によるものである。

 そして、そのドレスはランドルフ、クリフォード、そしてイライアスより競うように贈られた。

 今や、エメラインが使用している客間のクローゼットはドレスで一杯である。


「随分変わったな」


 ランドルフが少々呆けたようにエメラインに話しかけた。


「皆様のおかげですわ」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ俯くエメラインをランドルフ、そしてクリフォードも可愛らしいと眺めている。


「やはり、元々のご容姿が美しいと磨きがいがありますわ。それに、健康的になりましたでしょう? 最初はお身体が受け付けなかったようですが、今は何でもお召し上がりになりますのよ」


 ね? とレベッカがエメラインに同意を求めると、エメラインもふふふと笑いつつ「おかげさまで」と頷いた。


「お食事がとても美味しくて! それに、スイーツもとても素敵なのです」


 うっとりと目を閉じるエメラインに、ランドルフもクリフォードも目を奪われている。


「特に、ミルフィーユが最高なのですわ! ミルフィーユはパイ生地をキャラメリゼさせながら作るのですが、これがまた難儀な作業なのです! つまり粉砂糖を塗し付けてパイ生地を焼くのですけど、砂糖ですから焦げやすいのです。注意深く見守らないといけませんの。それにパイ生地はうっかりするとシュークリームのように――いえ、実際はそこまでではないのです。ちょっと誇張しました。兎に角、膨らまないように押しつぶしつつ焼くのです。膨らんでしまってはフルーツをどんなに薄くカットしても山のようになってしまいますから! それだけではありませんわ。挟み込むクリームもカスタードとクレームシャンティ、二種類必要ですのよ。カスタードクリームは滑らかにするにはコツがありまして――」


 と、興が乗った様子のエメラインは(いけない!)と口元を両手で押さえた。


「わたくしったら……ついお話しし過ぎてしまいましたわ」

「ふふふ。エメライン様は本当にスイーツがお好きでいらっしゃる。そして博識なのですわ」


 ランドルフとクリフォートはレベッカの言葉に頷きつつ、愛おしげな眼差しをエメラインに注いでいた。




 この日、ランドルフとクリフォードがダンフォード家を訪問したのは、エメラインのダンスのレッスンに協力するためであった。


 先日の、王太子イライアスの成人祝いの夜会で早々に退出したのは、エメラインを含む彼らと交流したいと考える者たちを煩わしく思ってのことだったが、それだけではない。


 エメラインは、ダンスが全くできないというのだ。


 多くの有能な講師がエメラインにつけられたのだが、社交に関することは一切省かれた。ダンスも同様である。


 今後も夜会に出席することもあれば、ダンスの機会もあるだろう。

 その為、次回出席の機会となる前に練習しておこうということになったのだ。



「お二人なら慣れておいでなので、きっと良い練習になりますわ」


 レベッカはエメラインに微笑む。


 では、とクリフォードはエメラインに手を差し出した。


「ご令嬢、踊っていただけますか?」


 微笑みエメラインを見つめるクリフォードだったが、横からランドルフが割って入る。


「お前何抜け駆けしてるんだよ」

「抜け駆けのつもりはないよ」

「じゃあ、俺が先でもいいよな」


 まるでおもちゃの取り合いのようなやり取りに、レベッカは胸のちくりとした痛みよりも可笑しさの方が優勢になったようだ。含み笑いをしつつ二人を諌めず、困った表情のエメラインに視線を向けた。


「エメライン様、どちらに致しましょう?」

「もう、レベッカ様! 楽しんでおいででしょう!」


 頬を少し膨らませレベッカを咎めるエメラインを、レベッカも可愛らしいと思った。

 エメラインに初めて会った時の自信の無さそうな様子が思い出される。


(やはり、あの時お申し出を受けてよかったわ)


 現在進行形で恋敵ではあるのだけど、どうしても嫌いになることができない、寧ろ守ってあげたいと感じるこの不思議な令嬢の、困りつつも楽しそうな様子にレベッカは心が温かくなるのを感じていた。




 その時、ノックもなく入室したダンフォード侯爵が「君たち、仮にも王太子殿下の婚約者候補だぞ」と二人に声をかけた。


「わかってる」

「承知してますよ」

「ふむ、わかってはいるらしいぞ」


 ダンフォード侯爵が振り返り声をかけると、そこにはイライアスが憮然とした表情で室内を見ていた。


「きてたのか」

「ああ、侯爵とちょっと話を」

「そうだ、せっかくだからダンスの練習相手、殿下にお願いしてみてはどうかな?」


 侯爵の提案に、ランドルフとクリフォードは不満げな顔を見せた。

 思わぬところから邪魔が入ったと思っているようだ。


「いいからいいから。ね?」


 あっという間にイライアスの前にエメラインを寄せると、侯爵は「君たちは、たまにはうちのレベッカとも踊ってやってよ。冷たいな」とランドルフとクリフォードに責めるような目を向けた。


「じゃあ、俺は休憩するから。クリフォード、まずは任せた」



 ワルツが流され、二組は優雅に踊り始める。

 眺めていたランドルフは、イライアスを見上げて嬉しそうに踊るエメラインを見て、ずきりと胸を痛めた。イライアスもエメラインを見下ろし、滅多に見ることができない微笑を浮かべている。

 幸せそうな、お似合いの二人だ。



 ランドルフは誰にも聞こえないような小声で「でも諦めたくない」と呟いた。


 目を逸らし、ふと彼らの隣を見ると、クリフォードとレベッカも楽しげな様子でくるり、くるりと踊り、微笑みあっている。


 そしてやはり小声で「あいつ、一体どう思ってるんだろうな?」と呟き、クリフォードをじっと見つめた。



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