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「と、言うことなんだけど、いっやー、まさかこんな事になるとはびっくりだよねぇ」
ダンフォード侯爵は目の前のレベッカに笑いが混ざったような声色で語りかける。
「実は君たちの挨拶の後、国王陛下に呼ばれて別室で話をしたんだよ。内々にエメライン嬢を殿下の婚約者に考えたいって仰ってね。因みにその場合の妃教育は、今までの彼女の教師達が必要知識の大半は完了していると考えて問題ないって太鼓判を押してくれてるって後で報告を貰ってて、あと必須なのはダンスとか社交くらいだろうって言うんだよ。まあ実際はそのほかもちょいちょい出てきそうだけどねぇ、取り逃がしもあるだろうし。それでダンスは兎も角、社交についてはうちの娘を側につけるからって――レベッカ? どうした?」
見ると、レベッカはツ――と一筋頬に涙の跡を作っていた。
侯爵は慌てて状況説明の言葉を止めた。
「えっ? あれっ? 僕、今なんか気に触ること言っちゃった?」
オロオロと狼狽すると目の前の父親へ、レベッカは返答代わりに静かに首を振る。
その動きの拍子に、レベッカのドレスの胸元に小さくポタリと言う音が聞こえた。
唇を引き結んでいたレベッカは、口元を戦慄かせながらも漸く「おとうさま」と一言を発した。
「うん?」
侯爵は眉を下げ、レベッカの様子を見守りつつ続く言葉を待った。
「わたくしは、醜い。醜いのです」
レベッカは堪えた顔を見せながらも涙を止めることができずにいる。
「わたくし、エメライン様が殿下に見初められたご様子であるのを拝見して。そしてご婚約のお話まで囁かれているのを伺って――喜んで、しまったのです」
ダンフォード侯爵は「ああ……」と納得の色を含めた声を上げた。
そしてレベッカに近づき、そっと濡れた頬に触れ涙を掬い取る。
「もちろん、エメライン様、そしてイライアス殿下をお祝いする気持ちも、ありますわ。それはもちろんのことです。ですが、わたくしのこの喜びの半分、いいえもしかしたら大半は、私欲に、よるものですわ」
拭った頬に新たな涙が流れたのを見て、侯爵は痛ましげな表情を浮かべる。
「クリフは、心から悲しんでいるというのにっわたくし、は――醜い自分が、嫌いになりそうなのです」
侯爵がレベッカをそっと抱きしめると、レベッカはくぐもった声を上げた。
「お父さま、辛い。辛いのです」
眉間に皺を寄せたダンフォード侯爵は、自身が愛娘に苦行を与えてしまったことを悔いた。
レベッカはよく出来た娘であった。侯爵家の娘として何処に出しても恥ずかしくない、そう胸を張って言える。
それに自分は甘えすぎた。勿論、レベッカのクリフォードへの恋心は承知していた。だが、高潔な侯爵家の令嬢としての振る舞いを暗に強制し、非情にも本人の気持ちを疎かにしてしまった。
侯爵が「すまなかった」と告げると、レベッカは侯爵の胸の中で左右に首を振った。そして「僕の配慮が足りなかったね」と侯爵が続けると、さらに強く首を振る。
「わたくしが至らないのです。侯爵家の令嬢として、これしきのことで」
今度は侯爵が首を振る。
「僕は、社交界の黒さに染まらず、この理不尽な話に対して誰一人責めず、あまつさえ自戒さえしている今の君を見て、『あ、僕きちんとした令嬢を育てられたんだな』って、君のことを誇りに感じているよ」
そしてレベッカの背中をポンポンとあやすように軽く叩くと、体を離して目を見て言った。
「君は愛する人を大切にしている、素晴らしい令嬢だ。彼が君を見てくれることを、我が家の利益のことだけではなく、心から祈ってるよ」
「お父様」
レベッカは再び父親の胸に体を寄せ、暫し目を閉じた。
そして、もう少しだけ甘えたら、また侯爵令嬢の顔に戻らなくては。そう、後5分位経過したら――と頭の中で呟いた。
ダンフォード侯爵は愛娘を労るように抱きしめながら、結局クリフォードのところに嫁ぐことになるかもしれないが――そんなことになったら絶対チクチクとクリフォードをいびってやると、心に強く誓ったのであった。




