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遅くなりました(すみません!)
少し長めです
「すまない」
ランドルフとクリフォードは慌てて「頭を上げろ」「そう簡単に頭を下げるものじゃない」などと言い、目の前で恐縮し続ける王太子イライアスを咎めた。
(とはいうものの)
クリフォードはイライアスを見つめながら思う。
(正直、頭を下げてもらってもね)
隣のランドルフを見ると、憤りを隠すつもりはないようだ。
✴︎
イライアスがステュアート公爵家を訪れたのはつい先程のこと。
その前にクリフォードが来訪しており、ランドルフと二人で先日の夜会について振り返っていたところであった。
「予想はしてたんだけどね……」
いつものようにソファーにだらりと身体を預けているランドルフは、クリフォードの言葉にピクリと反応する。
「でもあいつ『君達の想い人を権力を使って奪い取るなど、この私がするはずもなかろう』なぁーんて言ってたのにさぁ」
ランドルフがイライアスの声を真似て文句を吐き出す。その様子についクリフォードは吹き出してしまった。
「笑い事じゃねぇ」
ガバリと起き上がると、ランドルフは顔に幾つか小さなアザを作っている。
「――痛々しいな」
クリフォードはいたわるような表情で呟く。
ランドルフは返事代わりに「ふん」と返す。
「この程度、大したことねえ。痛いのは勝てなかったことだけだ」
「ステュアート公、武人だもんな」
「俺だって武人の端くれだ」
「家系だからな」
「――っくそ。いつか絶対勝ってやる!」
その時、ノックの音が響いた。
「坊っちゃま、王太子殿下がお見えです」
「帰ってもらってくれ」
「ランドルフ」
「俺会いたくないし」
「……わからないではないが、大人気ないぞ」
扉が開くと、そこには既にイライアスが立っていた。
その大きな体の後ろに、恐縮した様子で小さくなった執事のセバスの姿が見える。
「セーバースーう」
怒りを隠さずランドルフが声を上げると、セバスは肩をすくめ「お待ち頂きたいと申し上げましたのですが……」と抑えた声で告げる。
「ああ、うん、いつものことだから大丈夫。気にしないでいいよセバス」
クリフォードが手を振りながら告げると、「恐れ入ります」という言葉を残し、セバスは静かに扉を閉めた。
三人はお互いを意識しながらも誰も口火を切れずに、暫くの間無言を貫いていた。
ランドルフは半液体のようにソファーに身体を預けたまま、イライアスから顔を背け続けている。クリフォードは二人をチラリと垣間見ながらも、如何ともし難いと口を噤んでいた。
その静まり返った室内の空気を打ち破ったのはイライアスだった。
イライアスは、知らん振りを決め込んでいるランドルフの横顔に言葉をかけた。
「ランドルフ、その顔はどうしたんだ?」
✴︎
昨日、クリフォードは父親であるハノーヴァー公爵の執務室に呼ばれた。
国家宰相であるハノーヴァー公は日中はほぼ王宮に居るのだが、この日は要件があり早々に帰宅の途についたと執事より聞かされた。
クリフォードは執務室の扉をノックし、反応があった後扉を開く。
執務室の奥に備えられた年代物の机に、白銀の髪の男が向かっている。
公爵は難解な表情で家内の案件と思われる書類を睨みつけていたが、クリフォードを認めると書類を一旦保留として机の端に置いた。
「座りなさい」
感情の読めない落ち着いた声がクリフォードにソファーを勧める。
執務室での要件は通常であれば立ち話で終わるはずなのだが、とクリフォードは考えた。
(――込み入った話しなのか?)
クリフォードは動揺しつつもソファーに身体を沈める。
反対側には公爵が腰を下ろした。
「単刀直入に聞くが、あの娘と君はどんな関わりがあるのだ?」
エメラインの話についてと知り、クリフォードは一瞬動揺を見せる。
「あの娘とは、スタンスフィールド子爵家のエメライン嬢のことでしょうか」
左様、と公爵がクリフォードを見据えて頷く。
「関わり――現在のところは、友人です」
「現在のところは、とは」
「エメライン嬢が望むのなら、婚約者になって欲しいと思っています」
公爵が苦虫を噛み潰したような表情を見せ、クリフォードは心臓を打つ速度の早まりを感じた。
「それは叶わない」
「――それはどういう……」
「陛下より、エメライン嬢を王太子殿下の婚約者候補にという話が進んでいる」
クリフォードは息を呑んだ。
「先日の夜会の様子で、両陛下は殿下がエメライン嬢に心を捉えられたと確信したようだ。常々、婚約者の話は最重要課題として話に上っていたからな。渡りに船と思われたようだ」
「そんな。身分を考えると――」
「いや、身分などどうとでもなる。実際、両陛下も『身分は問わないのだが』と仰っていたからな。何なら――」
公爵は改めてクリフォードを見つめる。
「当家で世話をするという選択肢だってある」
クリフォードは動揺を隠し切れず、「そんな……」と言ったきり押し黙ってしまった。
様子を見た公爵は若干表情を緩め、クリフォードに問う。
「本当に、エメライン嬢が良いのか?」
「はい」
クリフォードは公爵を真っ直ぐに見返すと、公爵は深めの溜息を吐き出した。
「ならば、殿下と話をしてみなさい」
「え?」
「まだ確定ではない。ただ、王宮最高秘書官がスタンスフィールド家に告知に向かっている。残された時間は多くない」
公爵は、話は終わったとばかりにソファーから立ち上がった。
「殿下にもだが、エメライン嬢に対しても不敬にならないよう行動には注意しなさい。それさえ念頭に置くならば、取り敢えずは父親として君の行動を見守ることにしよう」
クリフォードは「ありがとうございます」と呟き立ち上がった。
扉に向かうクリフォードに、公爵は後を追うように呼びかけた。
「クリフォード」
「はい。何でしょうか父上」
公爵は少々逡巡する様子を見せた後、口を開いた。
「――ダンフォード家の令嬢のことは良いのか?」
クリフォードは「レベッカも友人です」とだけ告げた。
公爵は「そうか」と返し、その後は何も言わなかった。
「ハノーヴァー公は落ち着いてて良いよなぁ。流石、理知的な人物として名高い宰相だぜ。うちなんてさ、『お前、あの令嬢は諦めろ。元帥が見初めた女性を娶ろうなんてありえないからな。ガハハ』だと」
クリフォードよりハノーヴァー公とのやり取りを聞き、ランドルフが羨ましげに言葉を発した。
ステュアート公爵家は武人の家系で公爵は騎士団長を拝命している。実務はその下の副団長が行なっており、騎士団長は基本的に名誉職。だが、ステュアート公は豪気な人物で剣技にも優れているため、戦にも出たがるし修練も何かと参加したがる。
イライアスは上司にあたる国家元帥なのだが、ステュアート公はイライアスの能力に心酔しており、身分のこともあり崇拝の対象となっている。ランドルフの味方はしてくれないだろう。
国家元帥は基本的に国王陛下の職域なのだが、能力を買われてイライアスが拝命している。そのような状態では、崇拝されても当然ではあるのだが。
「それでこれだ。ステュアート家は拳で分からせるやり方をとるからな」
ランドルフは自分の痣だらけの顔を指差す。
「『お前が勝ったらちょっとは応援してやる。まあ無理だろうがな! ガハハ』とか言うから頑張ったんだがな。しかも『代替わりもまだまだ先のようだな! ガハハ』とか言いやがって」
思い出したのか再び憤慨したランドルフは、暫くして落ち着きを取り戻すとクリフォードに向かって「お前んち羨ましい」とボソリと呟いた。
「本当にすまない。常々、両陛下に『妃はお二人が決めてくださって構わない』と申し上げていたのが仇になったようだ」
イライアスの言葉に、ランドルフとクリフォードは顔を見合わせる。
「王宮最高秘書官まで出てきたなら、僕たちはもうほぼ手出しできない段階だからね……」
クリフォードが「お手上げだ」と開いた両手を小さく上に掲げる。
その様子を見てランドルフは「いや、俺はまだ諦めない」と声高に宣言した。
「私はエメライン嬢の意思を尊重したいと思っている」
イライアスが発した言葉に、ランドルフが前のめりに反応する。
「じゃあ、俺たちのどちらかを選んだら」
「誓ってそれを尊重する。エメライン嬢が意思を定めるまでは、婚約者候補のままで止める」
「後で後悔するなよ」
ランドルフは、勝負がついた訳でもないのに勝ち誇ったような顔をしていた。
だが、一方でクリフォードは二人の会話をどこか虚しい思いで聞いていた。
あの夜会で、初めてイライアスとエメラインが出会ったあの時。
あの、エメラインの紅潮した表情をすぐ近くで見ていたからだ。
一通り話も済み、それぞれ帰宅の途に着こうと立ち上がると、ランドルフがイライアスを呼び止めた。
「イライアス、それはさておき――このままスタンスフィールド家が何もしないと思うか?」
振り返ったイライアスは、扉に向かっていた身体の向きをランドルフの方向へ戻し言った。
「いや、考え難いな。王家でも対策は取るが、その件に関しては協力体制を取りたい」
イライアスは「不都合はないか?」と尋ねると、ランドルフもクリフォードも「勿論だ」と首肯して見せた。
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