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またもや寝落ちてしまいました…
大変お待たせしました
「お父様、遅いですわね」
レベッカが溜息混じりに言葉を吐き出し、目の前に並ぶスイーツを摘んだ。
隣に座るエメラインも心配そうな表情で頷く。
「皆さんも召し上がって。会場では何も頂かず戻ったのですから」
レベッカは隣のエメライン、そして向かいに座るランドルフとクリフォードにも、目の前の茶菓子を勧めた。
侯爵家の侍女たちが温かい紅茶と差し替えようと、人数分の準備を始めている。
✴︎
四人が王族への挨拶を済ませ来た道を引き返すと、すぐ後にダンフォード侯爵夫妻がにこやかな表情で順番を待っていることに気づいた。目を合わせると、侯爵は戯けた様子で手を振る。
会釈をしつつ通り過ぎると、更に後ろの方にスタンスフィールド子爵を見つけた。隣に夫人、更に向こうにキャスリンが並んでいる。
子爵は人の良さそうな表情を崩さずペコペコと彼らに会釈を繰り返した。夫人はエメラインを不躾な様子で上から下まで眺めている。そして、キャスリンは怒りが湧き出る様子であるのをランドルフに悟られたくないのか、表情を歪めて落ち着かない様子で立っている。
「エメライン、お待ちなさい」
夫人が不機嫌そうにエメラインに声をかけた。それから心配そうな表情を作り、声色を和らげて語りかけた。
「これ以上ご迷惑をおかけしては申し訳ないわ。私たちと一緒に帰宅しましょう」
ね? と畳み掛けるように添えた。有無を言わさない様子である。
エメラインは狼狽え、どうしたものかと足を竦ませている。
放っておけば、本当にそのまま促されて帰ってしまいそうな勢いである。
「スタンスフィールド子爵夫人」
レベッカが割入るように声をかけた。夫人を見据え、エメラインを自身の背後にそっと追いやる。
エメラインは素直に、レベッカの後方で小さくなった。
「恐れ入ります。わたくし、エメライン嬢との対話が大変勉強になりまして、今暫くお時間を頂きたいと思ってますの。お帰りになる時は当家で馬車を出しますので、どうぞお構いなく」
レベッカは言い終わると、ランドルフにエメラインの手を取るよう促し、足早にその場を離れてしまった。
クリフォードも後に続くと、背後でキャスリンの姦しい声が聞こえてきて思わず後ろを振り返る。
キャスリンは、子爵夫妻に対しひどい癇癪を起こしている様子であった。周囲も辟易したかのように様子を見ている。
(あの様子では、愛らしい令嬢のイメージも崩れてしまうだろうに)
クリフォードは苦笑いでキャスリンを見、それから丁度その時目の端に映った別の事象に目線を合わせた。
見ると、ダンフォード侯爵夫妻が挨拶を終えたと思われる様子だったのだが、二人はそのまま宰相であるクリフォードの父親に案内され、王族らの背後の方へ進んで行く。どうやら別の場所へ促されている様子であった。
(あれは一体……)
クリフォードはその様子を眺めて不思議に思った。
今現在なかなか自邸に戻らない侯爵のことを考え、そのことを思い出した。
もしかしたら、王家と何かの話し合いをされているのかも知れない――と考えていたその時、侯爵家の執事が主人の帰宅を告げにレベッカの元へやってきた。
✴︎
「やあやあ、君たち。早々に退出してしまったんだね。てっきりダンスでも踊っているか、食べ物を摘んでいるかと思ったよ」
侯爵は部屋に入るなり、非常に陽気な様子でレベッカたちに語りかけた。
「そうしようと思ったのですわ。ですが、列から離れた途端に色んな方々からお声がけがあって……少々煩わしかったので、帰宅してしまったのですわ」
スタンスフィールド子爵たちを通り過ぎ、王家への挨拶の列も抜けると、四人を待っていたのはそれぞれへの声がけやダンスのお誘いだった。ランドルフやクリフォードへダンスの相手を強請る令嬢たちや、滅多に夜会に現れない有望な令嬢であるレベッカに何とかして近づきたい令息たちの群れ。そしてどさくさに紛れて、エメラインを口説こうとするような者も。
それらを捌くのに嫌気が増した彼らは、侯爵邸でゆっくりしようと早々に帰宅することにしたのだ。
レベッカの返答にさもありなんという顔を見せたダンフォード侯爵へ、エメラインが進み寄った。
「ダンフォード卿、本日は誠にありがとうございました」
エメラインは膝を深く折り、身体を沈めた。
礼を告げたら、スタンスフィールド家に帰宅する心づもりの様子であった。
そんなエメラインを見、侯爵は大袈裟と思うほどに心配そうな声をエメラインに向けて発した。
「エメライン嬢、顔色が良くないようだね。体調が優れないのでは?」
その言葉に、頭を上げたエメラインはきょとんとしている。
「え……? いいえ、体調に支障はございませんわ」
若干不審な様子のエメラインに、侯爵は微笑んで言葉を重ねる。
「うーん、具合が、良くないよね?」
「? いえ、本当に問題ございませんわ」
侯爵は更に言い募った。
「いやっ! やっぱり、体調が優れないと思う!」
「お父様、奇遇ですわね。わたくしも今そう思いましたわ」
「僕もそう感じたな」
「俺もそう感じた」
「えっ、えっ……?」
思いがけず侯爵の言葉に賛同する周囲をキョロキョロと見、エメラインは動揺する。
「大丈夫だよ、エメライン嬢! 無理しないでいいんだ――というわけで、先生」
いつの間にか、侯爵の背後には白衣を着た白髪の老人が佇んでいた。
老人は楽しげにふぉふぉふぉと笑い、エメラインを上から下まで観察する。
「先生、この令嬢、少し痩せすぎだと思いませんか?」
「痩せすぎじゃな」
「栄養失調っぽいですよね?」
「栄養失調っぽいな」
「顔色も良くないですし、今にも倒れそうじゃないですか? 過労かも知れない」
「過労かも知れんな」
老人と侯爵は顔を見合わせてニヤリと笑う。
そして徐に侯爵が数回手を叩くと、わらわらと侍女たちが入室してくる。
「というわけでご令嬢、こちらで診察を」
老人が楽しげにふぉふぉふぉと笑って促すと、侍女たちはエメラインを取り囲み「さ、お嬢様」「お嬢様、こちらへ」などと言いながら場所を移そうとする。
戸惑うエメラインは(あ……これ、数時間前に侯爵邸に訪れて湯殿に向かった時と同じパターン)と思いながら侍女たちに手を引かれ、連れて行かれた。
「エメライン様、その方は我が家の侍医ですのでご安心なさって」
レベッカは少しずつ遠くなっていくエメラインに言葉をかけた。
それからレベッカはランドルフとクリフォードへと向きを変え、「ご協力ありがとうございました」と告げる。
「手際が良いな」
「ええ、父の出発が遅れたのはこの準備のことがあったからですわ」
レベッカはニヤリと笑う。
そして「エメライン様につきまして、後は当家にお任せくださいませ」と優雅な仕草で首を垂れた。




