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 もうすぐ馬車を預けられると思ったその時、エメラインは窓の外の一点を見、小さな声を上げた。


「どうかなさいまして?」


 レベッカがエメラインに声をかけると、少しばかり狼狽した様子のエメラインが眉を下げている。


「家族が少し前に」

「あら。気付かれてしまうかしら」

「いえ、後方には気を遣っていない様子でした」


 エメラインの目の前に座っているランドルフが、すっと手を伸ばし、極力音を立てないように小窓を閉めた。

 クリフォードもその様子を確認し、自身に近い窓に手をかける。


「ここで騒ぎになるのは得策ではないな」

「そうだな」


 クリフォードは窓をほんの少しだけ開け、彼らの様子を窺っている。


 馬車を降りたスタンスフィールド子爵とその夫人、そしてキャスリンは、誘導により夜会会場へ向かっていった。


「今日は随分と重そうなドレスを着ているな」

「え、どれ?」


 ランドルフが薄く開いた窓にそっと顔を近づけ、確認すると訝しい表情で離れた。


「……あのドレスも、マダム・ロレッタなのか?」

「そう、聞いておりますわ」

「ええ、そうです。妹はマダム・ロレッタしか着ないとよく申しておりましたので」


 クリフォードが口を挟む。


「マダム・ロレッタっぽくないんだよねー」

「それ。ロレッタはあんな重ったるいドレスは作らなさそうなんだけどな」


 キャスリンの今日のドレスは当然色はピンクなのだが、布地が幾重にも重なって膨らんでいる。シフォンのような薄手の生地であればまた違うのだろうが、見たところ厚手の生地である。裾にギャザーを寄せたフリルが縫い付けられており、それを幾重かに重ねて膨らませたような感じだ。


 ランドルフとクリフォードの会話を聞いて気になったのか、レベッカも細く開いた窓に片目を近づける。


「あら、本当に重そう」

「だろ?」

「妹はドレスにこだわりがあるようで、出来上がったドレスにいつも追加注文をしてロレッタに戻すのです。何度もそれを繰り返すので、結果的に色々付け足すことになったのかもしれませんわ」


 エメラインは何かを思い出したのか、小さく溜息をつく。


「そのやり取りで追加料金が嵩んで大変だったのですわ」

「経理や会計業務も携わっていらしたの?」

「ええ、家政も全てわたくしが行ってましたので」


 何でもかんでも押し付けられてきたのだろうな、と三人はエメラインに視線を集め、同情の表情を見せた。


 丁度その時、馬車の外から声がかかり、ランドルフとクリフォードは漸く降車する。

 そしてそれぞれ、レベッカとエメラインへと手を差し伸べた。


 彼らの馬車付近にいた全ての者は、その美しい四人に目を吸い寄せられた。

 彼らが会場に向かい姿が見えなくなるまで、誰もがまるで足に根が張ったかのように動くことができない程の騒ぎであった。


 そして放心した彼らは皆思った。


 あの見覚えのない女性は、一体どちらの家の令嬢なのだろうか、と。


✴︎



「見ろよ。アイツまた不機嫌そうな顔をしているぞ」


 ランドルフはクリフォードに耳打ちする。


 夜会会場に入ると、既に両陛下と王太子イライアスは壇上に用意された豪奢な玉座に腰を落ち着けていた。

 その前には挨拶を求めるものの長い列ができている。少し離れた場所から下りの階段になっており、その階段の下から更に少し列は長引いていた。

 イライアスは本日の主役ということだろう、両陛下が座する間に席が設けられている。

 丁度今はとある高位貴族が彼らの目の前におり、その令嬢がカーテシーをしたところであった。

 イライアスは、それに爽やかな笑顔で答えているようだ。


「あの不自然な笑顔な」

「そしてこめかみの青筋」


 ランドルフとクリフォードは吹き出しそうになりながら顔を見合わせた。

 本人は不機嫌そうな顔を隠し果せると思っているのだから面白い、と含み笑いをする。


 ランドルフとクリフォードに気づいた王宮の典礼官が、一行に移動するよう促す。身分の高いものを先に挨拶に向かわせようという考えで呼び寄せられたのだ。ランドルフとクリフォード、そしてエメラインとレベッカがその後に続いた。


 列の横を通り過ぎる華やかな四人を、通り越された人々は視線で後追いする。

 時折、ほうと溜め息のような声まで聞こえてくる。


 そんな中、ランドルフを目で追っていた令嬢がその後ろに続いていた人物を見、突然声を発した。



「――っ、お姉様!」



 びくりとエメラインは肩を振るわせ、そっと後を振り返る。同時に、共に歩を進めていた三人も声の主の方を見た。


 歪んだ表情でエメラインを睨みつけているピンクのドレスを身につけたキャスリンが、肩を怒らせている。

 その隣では、驚愕の表情を浮かべたスタンスフィールド子爵とその夫人が、動きを止めてエメラインとその同行者を見ていた。ランドルフとクリフォードがそこにいることに考えが追いついていないようだ。


 キャスリンはエメラインを上から下まで見渡すと、一言言ってやりたいと思ったのか、こちらに向かってこようとした。

 だが、それは子爵と夫人が身を挺して止めているようであった。

 流石に王の御前で事を起こすのは問題があると彼らも判断したようだ。


 エメラインを含めた四人は結局そのまま通り過ぎ、列の前方へと割り入れられる。


 そんな四人を見送りながら、キャスリンは怒りの表情を収めることができずにいた。



「どうしてお姉様があんな――」



 姉だけではない。もう一人いたあの令嬢、あれはまさか姉を迎えに来た侍女のように地味だったあの女なのか――キャスリンは、数時間前の出来事を思い返し、憤りを更に加速させた。





 両陛下と王太子が座する場まで後少しと言うところで、クリフォードは視線を感じ、ふと前方を見た。

 国王陛下の斜め後ろに立つ宰相、クリフォードの父親であるハノーヴァー公爵がクリフォードをジロリと見る。見つめ返すと、公爵は感情の読めない表情ですいと視線を逸らした。


 目の前の貴族の挨拶が終わりその場を離れたのを合図に、一歩進んだランドルフとクリフォードは両陛下と王太子イライアスへ深く一礼する。同時に、その隣でエメラインとレベッカが優雅に体を沈め、頭を垂れた。


「面を上げなさい」と声がかかり、一同ゆっくりと頭を上げる。

 エメラインは微かに体を震わせている。

 場に慣れていないエメラインの緊張がじわりと伝わり、三人は密かに微笑ましいと思いながらエメラインを見守っていた。



 四人が頭を上げたのを目の端で捉え、無表情で床に目線を置いていた王太子イライアスは、ゆっくりと視線を上げた。


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