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言った側から遅くなってすみません……。
(そもそも、俺が気に入った令嬢なんだけどな)
馬車の中でランドルフは、周囲から見逃されていた、この宝石の原石は隠しておくべきだったと改めて思っていた。
原石の状態のままこっそり囲い込み、独自で密かに動いていたら――と、今になって後悔している。
磨き上げ美しく飾り付けたら、どれほど人の目を惹くだろうかと思っていた。それがまさかこれほどまでとは。
まるで儚い妖精が地上に舞い降りたかのようである。
今日の夜会では誰もがエメラインに目を奪われるだろう。
ランドルフはこの日を心待ちにしていた。
あの、今日のエメラインのエスコートの権利を得るためにチェスで勝負し無事勝利したあの日から、ずっと夢心地だったのだ。
だが今は、夜会でこの美しいエメラインをエスコートし注目を浴びるよりも、このまま公爵家へ戻り彼女をどこかへ閉じ込めたい気持ちさえ湧き上がる。
『ではどうする? もしも、王太子に見そめられたら』
あのダンフォード侯爵の言葉が、自分の胸に巣食う不安感を増大させたことは否めない。
イライアスは“君たちの邪魔はしない”と言った。
だが、“漆黒の貴公子”などと呼ばれている自分と、“白銀の貴公子”などと呼ばれているクリフォードが、既にエメラインに惹かれているのだ。
“金剛の貴公子”が無関心でいられるなんていうことはあるだろうか。
いや、もしかしたらエメラインが自分達と同様に恋愛感情を抱かないかもしれない――そう、楽観的にランドルフは考えようとした。
エメラインは令嬢達から持て囃される二人に今現在も全く心を動かされない様子だ。最初はそれを『他の令嬢達とは異なり好ましい』と思っていたのだが……いざ自分が相手に恋愛感情を持てば、相手からも同じ思いが返ってきてほしいと思うのが人の常というものだ。
他の令嬢達のように、自分に強い関心を持ってほしい。まさか今更、そんな気持ちになるだなんて。
クリフォードという強力なライバルがいる、そして増えていくかもしれないという現状が、ランドルフの恋心を圧迫していた。
ランドルフがそのような妄想や嫉妬のようなものに苛まれている間、他の三人はスイーツ談義を戦わせていた。
エメラインは自家が製菓に関する商品を主に扱っていることから、その商品と特性や調理法などを調べることで関心が強くなったという。ちょっとした匙加減、温度の調整や攪拌など、調べて試していくうちにのめり込んだのだそうだ。
その中でも王宮のスイーツ、ひいてはそれらを作り出すパティシエの素晴らしさを、愛らしい表情で力説している。
随分と長く喋っているのを見るに、恐らく強い関心のある物事については長々と話してしまう性質なのだろう。
(実に、可愛らしい)
その楽しげな笑顔の眩しさに目を細めて、ランドルフはエメラインを見つめる。
目の前に座る令嬢は、話足りない様子で口元に笑みを浮かべている。
ランドルフが、自分が好んでいる令嬢をエスコートできる喜びと、その胸を押さえつける影の脅威の間を行ったり来たりしている間に、王宮への到着はあと少しのところとなっていた。
クリフォードが「早めに出て正解だったかもね」とランドルフに声をかけたが、ランドルフは肯定しつつも(何だったら到着しなくても良かったのに)などと正反対のことを考え、鈍い反応しか返す事ができなかった。




