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「それにしても見違えたね。レベッカ、君も通常の夜会より随分気合いが入っているみたいじゃないか」
ダンフォード侯爵は感嘆の声を上げる。
そしてレベッカに視線を合わせると、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「あら、当然ですわ。エメライン様お一人だけ目立たせてしまうのは悪手ですもの。隣に同じくらい目立つ存在がいなくては」
ランドルフは『確かに』と声を上げる。
「それはそうだな、視線を分散させる意味でも。それに、共に並び立つ美しい令嬢がレベッカなら安心だ。何か良からぬ虫が吸い寄せられても撃退する術を持っている」
「まあ。責任重大ですわね」
「実際、目立ち過ぎると難癖を付けに近づいてくる輩はいるからな」
あの妹も出席するのだ、レベッカがいてくれるならそうそう手出しはされないだろう――クリフォードはそう判断した。
もちろん自分達も側にいるが、同性の友人が近くにいることにエメラインも安堵の念を抱くであろう。
「しかしエメライン嬢がこんなにも佳麗なる令嬢へと変貌を遂げるとはね。君たちも、心配になったのでは? 本日の夜会は若者が多く出席している筈だ」
侯爵は面白がっているかのような表情を見せ、ランドルフとクリフォードを交互に見た。
「全くだ。今からでも出席をとり止めたい」と憮然としてランドルフが答える。
クリフォードも同様に頷くのを、『ふむ』と侯爵は顎に軽く握った拳を当て考えるような仕草を見せる。
「ではどうする? もしも、王太子に見そめられたら」
クリフォードもだが、ランドルフもグッと喉を詰まらせる。
その言葉は頭の片隅にあったのだろう。
動揺したのか危機感を感じているような顔つきを見せるが、青ざめ引き攣りながらもかろうじて二人は笑顔を見せる。
そして、チラリとエメラインに視線を送りつつ「あり得るかもしれませんね」と言葉を吐いた。
「はは、底意地の悪いことを言ってしまったな。彼は堅物で有名だからな。そう簡単に心を動かされるようなことはあるまいが」
侯爵は若干眉を下げ、申し訳なさそうに言う。
ちょっとした悪戯心が湧き、二人を揺さぶりたくなったのだろう。
恐らくエメラインは、ランドルフや自分のことを“見目麗しい親切な高位貴族令息”程度にしか思っていないだろう。
あの美しい、青とも翠とも言える瞳を、どうしたら恋する乙女のとろりとした色に染めることができるのだろうか――と、クリフォードは侯爵の言葉に軽い動揺を覚えながらも思案していた。
エメラインが、自身やランドルフを熱を帯びた目で見ることは今のところ一度もない。恋の対象として見られた覚えが欠片もないのだ。
そのことが侯爵の言葉と相俟って、心中穏やかではない。
一言で言うならば、“不安”だ。胸の奥がざわざわする。
「さあ、君たち。少し早くはあるがそろそろ出かける時間だろう。私は夫人と共に後で向かうから、君たちはゆっくり当家の馬車で向かうがいい」
侯爵はエメラインに向かって「会話を楽しみ、親交を深めなさい。彼らは君の味方となる人物だからね」と優しい笑みで告げた。
エメラインも満面の笑みで首肯し、侯爵に改めて感謝を伝えた。




