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ダンフォード侯爵家の馬車がスタンスフィールド子爵邸に到着し、レベッカは従者の手を借りて馬車から降り立った。
ふと建物の方に顔を向けると、執事らしき人物を先頭に小太りの中年男性と鮮やかな装いの女性が慌てた様子でこちらに向かってくるのが見える。
「……っはぁ、お出迎えがっ、遅れまして、ふー、申し訳ありません。ま、まさかご令嬢自らいらしてくださるとは思いませんで……」
はあはあと息を上げつつ、人の良さそうな顔を若干苦しそうに歪めて、子爵は頭を下げる。
眉間や額には汗の玉が浮いている。よっぽど慌てて来たのだろう。
子爵の挨拶と同時に、少し後ろに控えている夫人も身を低くした。
夫人は華やかな花柄のドレスを身につけているのだが、胸元が大きく開いており、同じ女性でありながらレベッカは少々目のやり場に悩んだ。
(あのようなデザインは数年前に流行ったはずだけど……)
今はどちらかというと肌を晒さない、装飾もポイントを押さえたようなデザインのドレスが流行りである。最近の夜会では右を見ても左を見てもそのようなドレスばかりなのだ。
もしかしたら子爵夫人は、最近社交に積極的ではなく知らないのかも知れない、とレベッカは判断した。
「お気遣い頂いてしまったならば申し訳ありません。すぐにお暇致しますわ」
「いえいえ、そんな……少し我が家でお寛ぎください」
「ありがたいお申出ですが、生憎邸で父も待ちかねておりますので――」
そうこうしている間に、小走りに向かってくる令嬢が目に入った。
金糸のような髪がふわりふわりと上下し波打っている。彼女がエメライン嬢だろうか、とレベッカは令嬢を見つめた。
と、同時に、ふとどこからか強い視線を感じた。
少し目線を上げ、邸の方に目をやると、遠目ではっきりとは確認できないのだが窓の付近にピンク色の影が見える。恐らくそこから送り出されているものだろう。
嫌な視線だった。
(そして恐らく、あちらが噂の)
レベッカは子爵らに気づかれないように唇の端を上げた。
「ダンフォード侯爵令嬢様、我が娘のエメラインでございます」
「初めてお目にかかります。スタンスフィールド子爵が娘、エメラインと申します。この度は大変ありがたいお申し出をありがとうございます」
エメラインは深く頭を下げる。必要以上に緊張しているのか、少し震えている様子である。
「初めまして。お噂はかねがね伺っておりますわ。私はダンフォード侯爵が娘、レベッカと申します」
「良い、噂であると良いのですが」
エメラインはぎこちなく微笑んで目を合わせた。翠とも青とも言える瞳に、レベッカは目を奪われた。
(美しい色合いをしていらっしゃる)
まるで、南の島の海のよう、とレベッカは暫し見惚れて脳内で呟いた。
「あら、いけない。そろそろ戻らなくては。では、お嬢様をお借りしますわね」
手の中の小さな懐中時計をチラリと見て、レベッカはエメラインを馬車の方へ促した。
エメラインは遠慮がちにレベッカの後に続く。
「粗相の無いように」と子爵がエメラインに声をかけると、小さな声で「承知しております」と返事が聞こえた。
夫人はその様子を表情もなくただ眺めている。恐らく、あまり良い感情を持って送り出してはいないのだろう。
レベッカはエメラインと向かい合わせに座ると、御者に合図をする。
馬車はゆっくりと動き始めた。
エメラインが馬車の窓から外を見ると、子爵と夫人、そしてその近くで執事が心配そうに見送る様子が見えて少し微笑む。
そして、ふと見上げた邸の窓に、キャスリンが張り付いているのに気づいた。
表情まではわからなかったのだが、恐らくいつものように憎悪の視線を送っているのだろう。
小さくなって行く自邸を眺めながら、エメラインは仕事の要件以外での外出に心が躍るのを感じた。
そんなことは、何年ぶりだろうか――と思ったのだ。




