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「ランドルフ」


 クリフォードは、いつもの通りソファーにだらりと身体を預けているランドルフに声をかけた。


「んー?」

「君、顔が緩みっぱなしだ」

「ああ、すまない。エメライン嬢に会えると思うと、つい」


 緩んでいると言われた頬を撫でさすりながら、ランドルフはクリフォードに目線を送った。

 ランドルフは普段ではありえないほど機嫌が良く、珍しいことにいつもは下がり気味の口角が上がっている。


 先日の、エメラインのエスコートをかけたチェスでの勝負はランドルフの圧勝だった。

 クリフォードはかの日を思い出し、(普段だったら互角だというのに)と、ランドルフの想いの強さに舌を巻いた。ランドルフはその日から機嫌の良さを隠せていない。自邸の使用人たちにも『坊っちゃま、何か良いことでもあったのでしょうか?』などと揶揄されるようだ。


 そして一ヶ月。

 あっという間に王太子イライアスの成人祝いの当日である。


「そういえば、エメライン嬢の妹君の」

「言わないでくれ。思い出したくない」


 クリフォードの問いかけを遮り、ランドルフは途端に機嫌の悪そうな表情を見せる。


 エメラインの妹キャスリンは、この日のパートナーをお願いしたいという手紙を何通もランドルフに送ってきたそうだ。

 毎回従者が持参し、その場で返事を持ち帰りたいと申し訳なさそうに言うのだという。


「ほら、あの髪の赤い彼だよ」

「ああ、スタンスフィールド邸でエメラインのいる執務室に案内してくれた?」

「そう、その彼。毎回断りの返事を持たせているのに、全然諦めなくてさ……本当に困ったよ」

「結局どうしたんだ?」


 ランドルフはふんと鼻で笑って答えた。


「断るだけの文章では理解できないのかと思って『もうパートナーは確定しているので申し出は受け入れられない』と書いて渡したさ。その後は来なくなったから、まあ、諦めたんだろうな……多分。諦めてて欲しいという希望的観測もあるのだが」

「いや、でも。今日パートナーが誰なのか知ったら――」

「そうだな」


 クリフォードはエメラインの身を案じた。

 あの妹のことだ、何をしでかすかわかったものではない。流石に、王宮での王太子殿下の成人祝いの最中に何かするとは思いたくないのだが。


「まあ、何かあったら俺たちがエメライン嬢を守る」

「そうだな」


 ふと、夜会で会ったあの時のことを思い出す。青白い面差しで何度もダンスフロアの妹を確認していたエメライン。監視されているのは寧ろエメラインの方であろうに、なぜおかしな噂が流れ続けているのだろう。

 つい最近も、エメラインの良いとは言えない噂が社交界のあちこちで囁かれているようだ。『妹を監視している』のみならず、邸ではいじめ紛いの行動を続けている悪辣な令嬢である――など、凡そ信じがたい話ばかりが聞こえてくる。


 寧ろ、いじめというならその被害者はエメライン嬢の方と言って差し支えないのではなかろうか。

 姉に届いた贈り物を、横から奪って自分のものにしているという事実だけでも相当な話だ。


「もう侯爵邸には着いただろうか」


 ランドルフが嬉しそうに、しかし若干の心配な様子も見せながら、呟くように言った。


「流石にそろそろ着いていないと、準備の時間も乏しいだろう」


 クリフォードは時間を確認する。

 刹那、執事のセバスの声が扉の付近から聞こえてきた。


「坊っちゃま方、ご昼食は如何いたしますか?」


 ランドルフが意向を確かめるかのようにクリフォードと目を合わせる。


「程良く満たされる程度に入れておきたいな」

「同意だ――セバス! 軽くつまめる程度のものを用意してくれないか」


 かしこまりました、と聞こえ、足音が離れて行った。


 食事を摂ると、ランドルフとクリフォードも夜会の準備に移った。

 終われば、侯爵邸にレベッカと、そしてエメラインを迎えに行くことになっている。

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