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 スタンスフィールド子爵家の長女エメラインが、両親の愛情は自分にはないのかも知れないと思うようになったのは、次女キャスリンが生まれるもっと以前のことだった。


 母親のイライザが微笑んで自身を見るとき、その瞳の奥に愛情以外の何かがあると、物心ついた時から気づいていた。

 側にいるのに、或いは手を繋いでくれているのに、エメラインは心が満たされない。

 父親である子爵にしても同様だった。優しい言葉をかけてくれ、微笑んでくれるのに――その言葉や笑みには空虚な印象を拭えなかったのだ。


 それでも、エメラインは父や母の愛情を求めた。寂しいので一緒に就寝してほしいと強請ったこともある。

 そしてそれはいつも叶わぬ願いだった。はぐらかされ、結局侍女に任されてしまう。

 いつしか、エメラインは子供らしい我儘を言わなくなっていた。

 やがてキャスリンが生まれ、エメラインは益々寂しさを募らせた。


 王都の学院に入学する年齢になった頃、エメラインは(入学したら友人はできるだろうか)と思いを馳せていた。

 その年になるまで、エメラインは友達と呼べるような人物はいなかったのだ。

 通常であれば両親が懇意にしている友人の子供などとの関わりがあるものだが、何故かエメラインは一切そのような状況を得られなかったのである。


 だが、エメラインの入学への淡い期待は打ち砕かれた。

 ある日、父親に呼ばれて応接室に向かうと、「家庭教師だ」と一人の女性を紹介された。

 そして学院には入学せず、勉強は全て家庭教師を手配すると告げられた。


 エメラインはその家庭教師の女性に挨拶をし、部屋に戻る。

 部屋の扉を閉めた途端に流れた一筋の涙を、誰にも気づかれないようにそっと拭った。


 家庭教師のその女性は笑顔が明るい朗らかな女性だった。

 少し年上ではあるけれど、エメラインはその女性に好感を持ち、また教えられる学習内容も楽しいものであった。

 女性は「エメライン様、素晴らしいですわ。これはご両親に褒めて頂かないと!」と嬉しい言葉を掛けてくれ、エメラインも誇らしく思っていた。


 しかし、その家庭教師の女性はその後すぐに解雇された。

 エメラインが先日のように父親に呼ばれて応接室に入ると、数人の女性が一斉にエメラインの方を向いた。


「エメライン、先日の先生には辞めてもらった。今日からはこの方々が教えてくださるから励みなさい」


 新しい家庭教師たちは皆一様に厳しかった。

 褒められることは一切なく、エメラインは自分の能力は劣っているのかも知れないと不安に思う年月を過ごした。

 言われるのは皆同じ「こんなこともできないようでは、まだまだ子爵家の跡取りには相応しくありません」という言葉。

 家庭教師たちは事あるごとにその言葉を吐き、しばしばエメラインを意気消沈させた。


 両親は家庭教師たちが厳しくなる程、エメラインに対して優しい言葉をかけるようになった。

 ある日ポツリと「家庭教師たちに『まだまだ勉強不足だ』と言われてしまう」と、つい悲しげに溢してしまったことがある。

 その時二人は嬉しそうに、エメラインはとても頑張っていると褒めちぎり、擁護した。

 そして「貴方の味方は私たちだけ」とエメラインを抱きしめるのだ。


 また、授業については不思議なことがあった。

 マナーの授業自体はあったのだが、対人について――例えば貴族の付き合い方や人に対しての適切な言い回しなどといった社交については全くと言って良い程知識を与えられなかった。まるでエメラインには一切社交の必要がないかのようであった。


 社交についての知識は教師たちから得られなかったが、書棚で目当ての本を探している時にたまたま貴族名鑑を見つけ、それを隅から隅まで読み記憶することで国の貴族については何とか頭に入れた。

 あくまでも人目につかないように、こっそり何度も何度も読んで覚えたのだ。

 その時何故、“こっそり”読むべきと思ったのか――エメラインは人付き合いについての知識を得ようとしていることを、誰にも知られてはいけないような気がしたのだ。



 やがて家庭教師たちが「もう自分たちが教えることは何もない」とエメラインに告げる。契約は終了になるだろう、と。

 その時に一人の家庭教師がこっそりエメラインに告げた。


「エメライン様、貴方様には幸せな人生を歩んで頂きたい。どうか正しい道が示されますように」


 そして更に「それがこの場にいる皆の総意です」と付け足された。


 家庭教師たちがエメラインに辛辣な言葉を投げかける時、いつからだっただろうか――その瞳の奥に憐れみや哀しみを見つけ、戸惑うことがあった。

 エメラインは、何故皆厳しい言葉を、そんな目で言うのかとずっと思っていたのだ。

 それが今、家庭教師たちは憚ることなくエメラインを慮っている。薄らと目に涙を浮かべて。



 そして先日ダンフォード卿と話をした時に、あの別れ際の家庭教師たちと同じ色をその瞳に見たのだ。

 あれは“憐れみ”

 家庭教師たちと同様の、あの瞳。





 エメラインは扉の向こうでキャスリンがドレスを強請りそれを了承される会話を耳にし、ふと書類から目を上げた。


 机の両側には処理すべき書類が積み重なっている。

 昔はここに座っているのは子爵で、エメラインはそれを少しばかり手伝っているに過ぎなかった。

家庭教師たちが去って行った後、この大きな机にはエメラインが座ることになっていた。

 今は、全てのサインはエメラインが行い、子爵家の印章も預かっている。

 父である子爵はここにはいない。



 エメラインは思った。


(わたくしは、いつまで――このまま……)


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