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「お母さま!」
キャスリンは慌ただしく子爵夫人イライザの座る四阿に駆け寄った。
イライザは口元に寄せていたティーカップを静かに置き、息を切らしたキャスリンを柔らかい笑顔で迎える。
「あらあら、キャスリン慌ててどうしたの? そんなに走っては転んでしまうわよ」
「お願いがあるの! この間、夜会用にドレスを作ってもらったけど、あの時もう一着素敵なドレスがあったでしょう? 私、あれが忘れられなくて!」
「仕方のない子ね……お父様が良いと言うなら構わないわ」
「お父様の了解なら取ったわ! お母さま、ありがとう! 大好き!」
キャスリンはイライザに頬を寄せると、満面の笑みで去っていった。
遠くなっていく背中を、イライザは口元に弧を描いたまま眺める。
(ドレスの一着や二着、どうってことはないわ)
イライザはふ、と鼻で笑う。
(賢い賢いエメラインが、利を生んでくれるのだから)
そう思った後、何かを思い出したように眉間に力を入れる。
だがしかし、夫である子爵から聞いたあの話はいただけない。
取引相手であるダンフォード侯爵がエメラインに目をかけている様子だとのこと。
侯爵令嬢との懇親もだが、その後同日に執り行われる王太子殿下の成人祝賀会にエメラインを参加させるとは――何がどうなってそうなったのか。
イライザは子爵に『それはお断りすべきでは』と強く進言したのだが、子爵は『お声がけくださった侯爵様の顔を潰すわけにはいかない』の一点張りである。
また、『令息・令嬢を出席させるよう何度も書状が届いたのだ、それを無視することは王家の心象も悪い』とも。
侯爵家訪問前は、エメラインは件の夜会には参加させないと言うことで考えが一致していたと言うのに。
イライザは、奥歯をぎりと噛み締めた。
(夜会など、キャスリンさえ出席できればいいのよ。エメラインは、あの子は富を生んでくれさえすればいいの)
「奥様、もう一杯お茶はいかがですか?」
見ると、侍女が空になったカップにポットを寄せようとにこやかに携えていた。
「そうね、お願いするわ」
侍女がポットを傾け紅茶を注ぐ音を聞きながら、イライザはキャスリンのドレスは誰よりも豪奢で目立つものにしなければ――そう、地味なエメラインなど、令息たちから歯牙にもかけられないように。
そう考えるのだが、イライザの眉間の皺は深さを増し、胸がざわつくのを抑えられないのであった。
今回短めですみません




