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本日分、大変お待たせしました!
実はWi-Fiが突然繋がらなくなってしまい……。更に回復したら途中になってた文章が一部消えていて、ちょっと泣きました。
もし朝お待ちになってた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。
「多忙なところ、いつも手間を取らせてすまないね」
レベッカの父、ダンフォード侯爵は、目の前のスタンスフィールド子爵に労いの言葉をかける。
子爵は額の汗を拭きながら「滅相もございません」と首を左右に振っている。
その隣では眉を下げ、笑みを浮かべるエメライン嬢の姿がある。質素ながらも礼節を損なわぬ装いをし、金糸のような髪を簡単に纏めているだけではあるのだが、滲み出る美しさは侯爵の目に暫しの潤いを与えた。
(我が子にも劣らぬ、いやそれ以上かも知れぬ。……手をかけてやらない子爵の気持ちは計りかねるな)
侯爵は目を細める。
レベッカが言っていた通り、この娘を原石のままにしておくのは惜しい。
しかも我が国の将来有望な公爵令息達がこの娘の心を射止めたいと思っていると言う。
いずれかの御仁に嫁ぐとすれば確かに、我が家と縁を持つのは互いの為となるだろうが――
柔らかい笑みの表情を崩さず、侯爵は目の前の一見人の良さそうな小男を眺める。
(さて、この男はこの娘の幸せを願うような男だろうか?)
ダンフォード侯爵は国内の貿易を統括する役割を拝命されており、その下には各品目を取り扱う商人を取りまとめる下級貴族達がいる。その中の、主に製菓に関わる商品についての業務を請け負っているのがスタンスフィールド子爵である。
スタンスフィールド子爵同様、各項目を請け負う貴族達は月に一度侯爵邸にて現状報告をする取り決めとなっていた。
子爵はこの日も――常に、長女であるエメライン嬢を伴って侯爵邸を訪れた。そして商品に関わる市場などの状況説明は全て、エメライン嬢に行わせる。隣に座る子爵は、侯爵に自身が話を振られても隣の令嬢に説明を促すのだ。自然、訪問時はダンフォード侯爵とエメライン嬢との対話が続くことになる。
時折、侯爵家のパティシエが腕によりをかけて作ったスイーツを、エメラインが心から嬉しそうに、しかし促されて遠慮がちに口に運ぶ様子がみられ、侯爵は微笑ましく眺めた。
だが、ちょっとした無駄話など、仕事に関わることでない必要以上の会話を楽しもうとすると必ず子爵が横槍を入れ軌道修正をされる。
そこには仕事以外では一切関わらせない、エメライン嬢に興味を持たせないと言う強い意志を感じる。
「ああ! そう言えば。近々王太子殿下の成人祝いがあるよね。今回の料理はシェフ達も更に気合が入っているだろうし、菓子も相当期待できるようだよ」
たった今思いついたように、侯爵は王太子殿下の成人祝いになる夜会の話題を出し、菓子について言及したあたりでエメラインに微笑んだ。
エメラインは「まあ!」と少し興奮を見せ、それからすぐに目を伏せ沈む様子を見せた。
子爵の反応を確かめるべく視線を合わせると、子爵は目を泳がせ、それは、その、あの、などとモゴモゴと言いあぐねている。
「いえ、エメラインは、出席させない予定で」
「何と! 何かご事情でも?」
「いえ、恥ずかしながら当家では経済的に準備が難しく」
ちらと瞬時、子爵の指を彩る質の良さそうな宝石類に目を送りつつ、侯爵は大袈裟に声を上げた。
「なんと水臭い! 私と君とは長い付き合いではないか。我が家には娘もいるのだから、頼って貰えれば如何様にも」
いえいえそんな、と子爵は侯爵に向かって手を仰ぎ否定の意を告げる。
「家の業務がありますし……娘も、夜会より業務の方を好む質でして」
「“業務”って……夜会に出席が叶わないほど差し迫った時期だったかなぁ。たった一日の予定くらい問題ないでしょ? お困りならうちの者を支援に寄越すよ?」
侯爵の言を聞き、子爵は即答できず目を白黒させている。
「いえいえ! 滅相もございません」とエメラインが恐縮し侯爵へ告げる。
若干顔が青ざめているのは、失礼があってはいけないと言う気持ちの表れだろう。
ダンフォード侯爵はそんな二人に重ねて言葉を投げる。
「あと、ほら、君のところにも来たでしょ? 招待状。注意書き入りの。更に最近、追加通達で令息・令嬢に出席を促す知らせもあったよね。あれ、実質召状みたいなもんだよねー」
「従った方がいいんじゃないかなぁー」
侯爵は私心のない様子で笑みを深める。
子爵はグッと言葉に詰まると俯いた。こめかみに新しい汗が浮き、手に握ったハンカチで懸命にそれを押さえている。
「それに出席しないと言うのは、返って目立っちゃうんじゃないかなぁー。皆流石に欠席しないだろうしねぇ。王家の心象を悪くしたくはないでしょ?」
と、子爵を流し見ると、止まらない汗を拭い続けている。隣のエメラインはちら、ちら、と隣の父親を心配そうに見ている。
ちょっと言い過ぎただろうかと、侯爵は軌道修正を試みる。
「勿論、うちの娘も出席する――そうそう、娘のレベッカは事業に明るいエメライン嬢と交流を持ちたいと常々言っていてね。次世代の商業を担うものとして是非語り合いたいそうだよ」
侯爵はエメラインに「どうかな?」と意向を確認するような視線を向けた。
エメラインは嬉しく思うのか表情を明るくし、とは言え隣の父親が気になるのか反応は鈍い。
「せっかくだから、ね? 夜会当日の昼にこちらから迎えを出すから、娘と茶会でもして当家から行けばいいよ。我が家で娘と一緒に準備してあげる。なに、遠慮は不要だ」
子爵は何を思ったのか、ハッと顔を上げる。
「で、では妹のキャスリンも」
「おおっ!! なんと妹君も事業や経営について詳しいと!? 有能な後継者が二人もいらして、いやはや子爵、頼もしいですなぁ〜! これは羨ましいっ! では、娘に妹君も議論に積極的に加わりたいと伝えておきますかな?」
「あっ……いや、それはその」
子爵はブツブツ小声で呟きながら、再び視線を足下に落とす。
侯爵は(妹君は優秀な二人の会話にはついて来れまい。居た堪れない思いをするだけだ)とニヤリと口の端を上げた。
妹のキャスリンの噂など、とうに侯爵の耳には入っている。令息を侍らせ、傍若無人な行いを繰り返す鼻つまみ者であると。とても有能な令嬢であるとは思えない。
「では、重ねて言うけど当日は迎えを寄越すから。エメライン嬢は身一つで来るがいい」
「で、でも、そのようなご迷惑をおかけするわけには……」
エメラインは喜びと申し訳なさが混じったような表情で侯爵を見た。
「いやいや! うちの娘の『小難しい話をしたい』と言う欲求に付き合ってもらう代償と思ってくれれば! 対価としては申し訳ないくらいだよ。そしてエメライン嬢は今回の夜会には出席すべきだ。王太子は難しいかも知れないけど、素晴らしい男性との出会いもあるかも知れないし」
笑顔で侯爵が言い、またチラリと子爵を確認する。
最後の一文はわざと強調したのだが、その影響はあったらしい。
子爵は、ほんの一瞬、顔を醜悪に歪めた。
自身のこの揶揄を好む性分には呆れる、と侯爵は自嘲する。
娘であるレベッカにもよく咎められるのだ。
侯爵は愛娘の憤る表情を思い出し、暫し微笑んだ。
「はは、そう、かも知れませんな」
すぐに表情を取り戻した子爵は侯爵に同意する。
その隣で、エメラインは眉を下げて微笑んでいる。
(ふうん)
侯爵は気づかれないよう口角を上げたまま子爵を見つめていた。
(娘の相手の話で、そんな顔をするのか)
と、エメラインを見て(磨けば輝く宝玉であろうに)と憐憫の気持ちが湧き出る。
そして考える。これは本当に娘の相手を探す気がないのかも知れないな――と。
「これほど有能で美しい女性だ。夜会では引く手数多だろうね!」
侯爵が畳み掛けるように満面の笑みで言い放つと、
子爵は憚らず、益々不快に顔を歪めた。
(……これはこれは)
侯爵は片眉を上げた。
(難儀なことだ。厄介な男を父親に持ったな、エメライン嬢)
チラリ、と侯爵がエメラインに目をやると、エメラインは隣の様子に気づいていないのか、侯爵の言葉に頬を染め恥ずかしそうに俯いた。




