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「御二方、ご機嫌よう。ランドルフ様、久しいですわね」
シンプルな装いに眼鏡をかけた瀟洒な令嬢が、快活な声で挨拶を告げる。
ダンフォード侯爵家令嬢レベッカが入室すると、その背後でセバスがゆっくりと扉を閉めた。
ソファーにだらしなく身を預けていたランドルフは、そのままの姿勢で片手だけ上げ、「よう」と声をかける。
「ランドルフ……呼び立てたのだからもう少し迎える姿勢を見せたらどうだ」
「クリフ、通常通りですわ。慣れてますから良いのです」
ランドルフがばつが悪そうに身を起こすと、レベッカは「ほほ」と小さな笑い声を発した。
ダンフォード侯爵家はこの国の貿易を取り仕切っている家系で、レベッカはその令嬢である。次期侯爵予定の兄が一人いる。
非常に聡明で社交的であるからだろう、クリフォードは彼女の父親である侯爵が『レベッカが男だったら』とぼやいていたのを耳にしたことがある。嫁ぐならば高位貴族であることはほぼ確定なので、そのための教育は既に万全、言語も数か国語取得しているという。
ただ、本人が「好きな人に嫁げないなら独身のままで構わない」と言っており、『貿易にも才覚があるので最悪それでも良いかなぁと思っている』と侯爵からは聞いている。
レベッカも婚約者の不在に言及されると「父は問題ないと申しておりますし」といつも受け流しているようだ。
侯爵家は事業が順調で経済的にも安定しており、国内有数の豪家であることから、令嬢一人の考えを通すことなど瑣末なことなのかも知れない。
侯爵は気さくな人物で、クリフォードに「君、うちのレベッカとかどお?」と常々尋ねてくるのだが、自分には勿体無いと返答をしている。
そして「そうかー。気が向いたらいつでも言ってよ。君なら任せられるし」と返され、それに「買い被りすぎですよ」とクリフォードが謙遜するまでがいつものやり取りとなっている。
クリフォードは実際のところ、本当にレベッカは自分には分不相応だと考えていた。
レベッカは賢く快活で友人も多い。そして、暖かな色味が混ざった輝くブロンドの髪に陶器のような肌、色付く頬は愛らしく、婚約の打診は止むことがないと聞く。自分のような身分だけが取り柄の男に嫁ぐのは過分であると思うのだ。
クリフォードの父であるハノーヴァー公爵とダンフォード侯爵が若い頃からの友人で、それぞれの結婚で得られた子供たちがクリフォードとレベッカになる。年も近いことから、親密になるのは自然の流れと思われた。婚約の話も薄ら出るのだが、当人同士の意思に従いたいという強い希望が、いずれの両親にも考えとしてあるようだ。
ただ、そのような優良物件であるレベッカを他の令息たちが放っておくはずもない。夜会に出席すれば、レベッカの周りは一回りも二回りも令息たちが取り囲む。
そのような状況に嫌気が差したレベッカは、必要最小限の夜会にしか出席しなくなった。普段の外出もあまり着飾らず、かけている眼鏡にはレンズが入っていない。
それなのに、人脈が広いと言うのは謎だ――とランドルフもクリフォードも不思議に思う。人脈が広いと言うことに起因するのだろうが、噂話の抽出も早く、社交界で囁かれる話は大抵把握しているのでいつも驚かされるのだ。
レベッカは促されるままに空いているソファーに腰を下ろす。
「それで、本日の主なご用件は何でしょう」
ランドルフは軽く咳払いをし、レベッカの方を向いた。
「あー実は、意中の女性についての相談があるのだ」
「……まぁ!」
レベッカは頬を染め、相好を崩す。
「いつもの“ゲーム”のお話ですの?」
「違う! 今回は本気だ。いずれ婚約したいと思っている」
「僕もだ」
ランドルフに反応し会話に加わったクリフォードの言葉を聞き、レベッカは一瞬表情が固まった。
レベッカの様子に気づいたランドルフは気遣わしげな視線をレベッカに送ったが、クリフォードはそのことには気づいていない様子であった。
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「つまり、エメライン嬢をお二人とも気に入ってしまった、そういうことなのね?」
ランドルフとクリフォードは、レベッカへほぼ同時に頷いてみせた。
「エメライン嬢……」
と、レベッカは俯き思案する。
「当家に、子爵が伴ってお越しになりますわ。スタンスフィールド家は主に製菓に関する品を取り扱っておられるので」
「エメライン嬢を伴ってくるのか? 商談に?」
「ええ。そして父から聞いた話では、お仕事の話は主にご令嬢とのやりとりになるそうですわ。そう言う意味では、付き添いは子爵の方ですわね」
「子爵は、エメライン嬢が仕事を独占しようとするので困っていると言っていたな」
クリフォードが眉間に皺を寄せながら言うと、ランドルフもその言葉に同意を見せる。
そして、何を言っても「本人の希望なので」の一点張り、地味な服装も本人が作業しやすい服を希望しているので、自由な時間も本人が業務に充てることを強く希望しているのでと埒があかないことなどをレベッカに伝えた。
「噂ではありますが、事業や領地運営を全てご令嬢に押し付けていると聞いたことがありますわ。父から聞いた様子にも符合しますし、体良く使われている可能性も無きにしも非ず……」
「だから社交の場にはあまり出したくないのかもしれないな」
その時、突然扉の向こうから足音が近づいてくるのに気づいた。
そして数回のノックの後、再び執事のセバスが顔を見せた。




