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この国の王太子、イライアスは約一ヶ月後に成人を迎える。
成人祝いの夜会が開催される予定となっており、国の全ての貴族に招待状が届いているのだが、その招待状に記されている“貴族の子息・子女は必ず参加するように”という一文が一時期騒ぎとなった。『側近を確定する予定なのではないか』『未だ不在の婚約者を選定するのではないか』などという噂が立ったからである。
側近や婚約者の選定については『遅すぎるのではないか』という声も上がっている。
それも無理はない。王太子ともなれば、それらは幼少時に決まっていてもおかしくはないからだ。
側近も婚約者もイライアス自身が今まで選定を見送っていた。そして国王も、次期王であるイライアス自身に決めさせたいという思いがあるようで、その意思を尊重していたのである。まさか、成人まで決まらないとは思っていなかったのであろう。
そのような事情で、招待状に記されていた“子息・子女は必ず参加するように”の一文は招待状を送られた貴族に対する絶対の命令であり、欠席するのは相当な勇気が必要と言えるだろう。
ちなみに、イライアスはランドルフとクリフォードにとって従兄弟となる。二人の父親であるステュアート公爵、ハノーヴァー公爵は王弟である。
「ひとつ質問なのだが」
「何でしょう」
「夜会などで見かけた際にも気になったのだが、妹君と比べてエメライン嬢の装いは質素がすぎると思われる。何か理由があるのだろうか?」
「それは……」
「本人の希望ですわ」
子爵が口籠もるのを遮るように、夫人が答えた。
「あの子は少々変わった娘でして、華やかな装いが苦手なのですわ」
「つまり、自ら望んでいると?」
「左様でございます」
(そんな訳ないだろ)と、ランドルフは片眉を上げる。
周囲が眉を寄せ遠巻きにするほど質素な装いなど明らかなマナー違反だ。マナーを弁えてなさそうな妹君なら兎も角、エメライン嬢がその辺りを配慮しないとは到底思えない。
「だが、今度王太子の成人の披露目があるだろう。その夜会には出席すると思うのだが」
「王太子イライアス様の成人祝いには、エメラインは出席させない予定でして……」
子爵の返答にランドルフは瞠目する。
スタンスフィールド子爵は、エメラインの出席は考えていないと言い放った。
「成人祝いの夜会に出席しない?」
「はい、エメラインは仕事がありますので」
「国の王太子の祝い事を欠席する程大事な仕事だということか?」
子爵はグッと喉を鳴らす。
「あ、いや……それがその、恥ずかしながら当家にはエメラインの夜会用の装いを見繕う金銭的な余裕がなく、ですね」
「金銭的、余裕?」
理由がコロコロ変わると思いながら、クリフォードはじろりと不躾に子爵を見る。
仕立ての良い衣服。
指はいくつもの指輪でギラギラしている。
(その割には自身の飾りつけには余念が無いようじゃないか)とクリフォードは目を細める。隣のランドルフと見ると目が合い、同様の考えでこちらを見ていたようだった。
「新しいドレスを誂えるのも、その、難しい状況でして」
「では、妹君も欠席なのか? 王家主催の王太子の生誕会でもある夜会を?」
子爵は一瞬押し黙る。顔を白黒させ、どのように返答をしたら良いのか考えあぐねているようだ。
「……いえ、キャスリンは、その、出席を……」
訝しげに子爵を見ると、額の吹き出した汗をハンカチで拭っている。
「妹君のドレスの心配は無いのか?」
「は、いえ、その……」
「ええ! 私のドレスはもう準備ができておりますの! お姉さまはお仕事が大事なので出席されないのですわ。そうですわよね、お父様」
「ああ、まあ」
晴れやかな笑顔でキャスリンが会話に口を挟む。
子爵からキャスリンに目を移すと、満足げな表情で見つめ返され、ランドルフは思わず目を背けた。
つまり何か。
エメラインの夜会用の準備は金がないからできない。
また、家の仕事をさせるからそもそも出席させるつもりがない。
しかしながら妹君は万全の体制で夜会の準備をし出席させる、と。
クリフォードは膝に置いていた拳を思わず握り締めた。
この家はどうなっているんだ?
「エメライン嬢のドレスは僕たちが手配しよう」
怒りを含んだ声色でランドルフが言葉を吐き出す。
「いえいえ、そのような訳には……その、本人も夜会より仕事がしたいと強く申してまして」
「……本人が?」
「は、はい! 本人の強い希望なので……その」
「え、お二人からのドレス、私欲しいわ!」
突然、キャスリンは立ち上がり、興奮した様子で二人にドレスを強請る。
予想もしなかった話の流れに、ランドルフもクリフォードも呆けた表情を隠しきれない。
「……君はドレスの用意はできているのでは無かったか」
「キャンセルしますわ!」
「そ、そうですな、もしキャスリンに贈って頂けるならば」
「……いや、キャンセルは不要だ。私たちが妹君に贈り物をすることはない。エメライン嬢の話をしているのだ」
ランドルフは吐き捨てるように言うと、徐に立ち上がった。クリフォードも同様に腰を浮かす。
目の前の三人も慌てて立ち上がった。
そしてランドルフが「失礼する」と不快な声色で言い捨て、二人は振り返りもせずに玄関に向かった。
不快の原因となった三人は追いかけてくる様子もなく、執事に見送られ、今こうしてステュアート公爵家で反省会をしている。
「ドレスを贈りたいが、あの様子じゃ妹に取られそうだなぁー」とランドルフはソファーに身体を預けた。
「いや、ピンクじゃなきゃ大丈夫じゃない? なんかあの子、ピンクにこだわりがあるみたいだし」
ランドルフはクリフォードへの返事とも、そうでないとも取れるような唸り声を発した。
それぞれの思いを巡らせていると、ふとノックの音が聞こえた。
「坊っちゃま、ダンフォード家のお嬢様がお見えです」
執事のセバスが、ダンフォード侯爵家令嬢レベッカの来訪を告げた。




