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「何だよあれぇー」
ランドルフがドスンと音を立ててソファーに沈み、頭をのけぞらせ天井を仰いだ。
「家族ぐるみかよぉ〜」と唸るようにソファーの上で悶えているランドルフに、クリフォードは苦笑し「本当に驚いたな」と返す。
やつれたエメラインが気になりつつも、長居して邪魔をするのも得策ではないと判断したランドルフとクリフォードは子爵の執務室を後にした。
エメラインに会い、知りたいことの確認を取ることはできたため、そのまま退散することにしたのだが、子爵家の玄関に向かう途中で申し訳なさそうな表情の執事に呼び止められた。
曰く、子爵らが『誤解無きよう、説明をしたい』とのこと。
再び応接室へと戻った二人は、子爵から釈明という名の言い訳を聞かされることになった。
子爵の言としては、『全てエメラインが望んでいること』だという。
エメラインは若年から聡明な令嬢で、幼い頃から望むだけ教育を受けさせたところ才覚を表すようになったとのこと。
気まぐれに執務を手伝わせてみたところ手腕を発揮し、やがて大半を自分に任せろと言い始めたというのだ。
「私に仕事をさせないようになりましてね。困ったものです。そうこうしている間に、エメラインでないと業務が滞るようになってしまった……当主としてお恥ずかしい話ですが」
そこに夫人やキャスリンが口を挟んだ。
「つまり、今の状況はエメラインのわがままを聞いた結果なのです」
「そうなのですわ! お姉さま、本当に困った方で全部自分で把握しないと気が済まない人なのよ」
ペラペラと、言い訳には随分口が回ると呆れた二人であった。
しかし彼らが言うところの“ご説明”を聞いている中で、屋敷の中にエメラインの味方がいる様子が感じられたことは僥倖であった。
「そういえば、見たか? あの侍女」
「ああ。憤ってる様子が丸わかりだったな」
彼らはランドルフとクリフォードに注視していて気づかなかっただろうが、会話の際に新しい茶をテーブルに置いた侍女は、夫人の『エメラインのわがままの結果』と言う発言に一瞬だけ手を止める。
さり気なく様子を見ると、言葉に反応したのか目に小さな怒りの炎が宿っていることに二人は気づいた。
手を止めたことも、その時に憤怒の感情が瞳に見られたこともほんの一瞬のことだったのだが。
「それに執事もな」
クリフォードは帰途につく馬車に乗り込んだ際のことを思い出した。
「お嬢様を、どうか……どうかよろしくお願いします」と深々と頭を下げた、あの執事。
頭を下げる前、その執事は平静を装ってはいたが忍涙の様子は否めなかった。
あの様子を見るに、彼の言うところの“お嬢様”は姉を蔑ろにするキャスリンではなく、静かに執務室で業務をこなすエメラインのことではないのか。
恐らく、彼らはエメラインを正当に評価している者たちなのだろう。
そのように、かの屋敷にはどの程度かはわからないがエメラインの味方はいるらしいと二人は安堵した。
「それより、あの夫人だよ……ヤバくないか?」
ランドルフの言わんとしていることを察し、クリフォードは首肯する。
子爵夫人はエメラインと瓜二つであった。恐らく夫人は嘗て相当美しかったはずだ。今現在のエメラインのように。
ただ、エメラインが穢れを知らない天使のような容姿であるのに対し、夫人は所謂隠微な妖しさを持つ毒婦のように感じられた。
「自分の子供と変わらない年齢の男に、あの妙に媚びた目はないだろう」
ランドルフは思い出したのか、心配になる程青ざめている。
「あの感じは妹君に似ているよね」
「それ! ホントきっしょく悪い。血は争えないな」
「姉妹であまり似てないなと思っていたけど、夫人を介するとまあ血のつながりはあるのだろうと納得できるよね」
「まあな。でも、妹君は夫人に似ている要素は少ないようだが、子爵にも全く似てないな」
「髪の色も妹君以外はブロンドだしな」
エメラインもだが、子爵も子爵夫人も髪の色はブロンド、キャスリンだけ茶である。
子爵は風貌は“良き父親”と言った雰囲気の小男なのだが、時折見せる表情に何とも言えない曲者の片鱗があり、二人にとって“油断のならない人物”と言った印象が強まった。
様々な言い訳も納得できるものではなかった。息女が優秀で仕事をしたがろうが、当主ならば自ら調整し主導すべきであろう。客人に会わせず疲労の色が見られるまで放置するとは一体どういうことなのか。
「しかしあの状況……道理で彼女、痩せすぎているよな」
「あと、やつれていると言うか、心配になる隈の濃さだったよね」
憂慮を秘めた吐息が二人から漏れる。
「それはそうと、イライアスの成人祝いには出席させない様子には驚きだったな」
「まさか王太子の成人祝いにね……若い子息・息女は必ず出席させるよう招待状が届いているだろうに」
「招待状というより召状に近いよなアレ」




