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「エメラインお嬢様、少し宜しいでしょうか」
ジェレミーは扉を軽くノックし、中にいるであろうエメラインに声をかけると、くぐもった声で返答があった。
ランドルフとクリフォードが振り返ったジェレミーに首肯すると、ジェレミーは
「お嬢様に、お客様がお見えなのですが」
と扉の向こうに伝えた。
返事はあれども是とも否とも聞き取りづらく、ジェレミーは恐る恐ると言った様子でそっと扉を押し開いた。
「お嬢様……」
「んー?」
ランドルフとクリフォードが、ジェレミーと扉の隙間から中の様子を伺うと、扉から最も離れた窓に近い位置に重厚な机があり、山のように書類が積まれていた。少し突いたら雪崩のように崩れてしまうのではないかと思うそれが机の左右にあり、その間にメガネをかけた小さな顔があった。
顰めた顔で書類を見、思案するエメラインは彼らに気づいていないようだ。使用人に声をかけられた程度のことは理解しているかもしれないが。
エメラインは先日の夜会よりも更に簡素な服を身につけ、恐らく化粧などしていないのであろう、目の下には濃い隈が見られた。相変わらず“痩せぎす”と言った印象が強く、そのせいで随分やつれているように見受けられる。
いや、気のせいでなければ先日よりも頰が痩けているような――とクリフォードには感じられた。
机から少し離れた所にあるソファーには何枚かの毛布が畳まれており、その前のテーブルには軽く食べれるような食事を摘んだ形跡がある。
もしかしたら、ほぼこの部屋で仕事をし続けているような状態ではなかろうか。
呆然としているランドルフの背後からクリフォードが「エメライン嬢……」と思わず言葉を発すると、エメラインは様子がおかしいと思ったのか、睨みつけていた書類から顔を上げた。
そして、薄ら煩悶の様子を見せているジェレミーと、その背後のランドルフとクリフォードを順番に見、瞠目している。
「やあ、エメライン嬢。突然伺って本当にごめんね」
クリフォードが話しかけると、ランドルフも小声で「すまない」と謝罪の言葉を発する。
目の前の状況が把握できていないのか、唇を半開きにして呆けていたエメラインは二人の言葉にハッと我に返った。
「はっ、あっ、いいえっ。わたくしこそ、こんな状態で申し訳ありません。いらしていた事も承知しておりませんで……」
と、慌てて立ち上がると、その動作の振動で書類の山から数枚パラリと滑り落ちた。
そのエメラインの様子を見、ランドルフがこちらに気を使わなくて良いと手で制止する。
「こちらは子爵の執務室だろうと思うが、君は子爵の業務を手伝っているのか?」
「手伝い……はい、左様でございます」
「もしかして、こちらで寝泊まりしているの?」
クリフォードがソファーの毛布を尻目に尋ねた。
一瞬言葉に詰まったエメラインは「書類が溜まっているときは、そのようなことも……」と濁す。更に「家の者、領民のためにも、滞らせる訳にはいきませんので」と、付け足した。
その様子を見て、クリフォードはランドルフと目を合わせる。
「いや、立ち入ったことを尋ねて失礼した。手伝いの邪魔をしてしまったこともすまない。私たちは君に会うために訪れたのだが、どうやら正攻法ではそれが叶わない様子だったので彼に無理を言ったのだ」
ランドルフはジェレミーに目をやった。
「わたくしに会いに……? 何かご用事でもありましたでしょうか?」
エメラインはきょとんとした表情を見せた。
全く身に覚えがない様子である。
「単刀直入に聞くのだが……君は私たち――クリフォードと私が、君に贈り物や手紙を送ったことを知っているか」
エメラインは、ランドルフの言葉に呆然として反応ができない様子だったが、暫くしてようやく言葉を絞り出した。
「……手紙、でございますか? え、贈り物……?」
エメラインとランドルフの間に挟まれる形となっているジェレミーは彼らのやり取りを聞き、状況が何となく理解できたのであろう、眉間に皺を寄せ悲痛な表情を見せている。
エメラインは二人の様子とジェレミーの様子を交互に確認し、何かを察した表情で小さくため息をつくと、深々と頭を下げた。
「当家の諸問題にお二人を巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません。日を改めてお詫びに伺って宜しいでしょうか」




