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扉の向こう側で思わず足を止めてしまった男は、歳の頃は十代前半くらいだろうか。いや、もしかしたら童顔なだけで、もう少し上かも知れない。男性の割には愛らしい顔をしており、女性の庇護欲をそそるタイプであろうと思われた。黒に近い赤毛には緩い癖がついており、見苦しくない程度に整えられている。
簡素な衣服を見るに、男は従僕と思われた。
男は、急に扉が開いたことに戸惑い立ちすくんだあと、ランドルフの身なりを見て高貴な人物と察したのであろう、自身が思う最大限の敬意を持って頭を下げた。
すぐさまランドルフが声をかける。
「君、エメライン嬢のところへ案内したまえ」
慌てた様子の子爵が叫び声を上げる。
「ステュアート卿、お待ちください!」
「ジェレミー、余計なことはしないで! 今すぐ立ち去りなさい!」
「は、はあ」
ジェレミーと呼ばれた男は子爵夫人の声に反応し、その場を去ろうと慌ててその体を回転させた。
「待て。私たちの言うことを聞くんだ」
ランドルフの声に再び静止したジェレミーはその場で目を泳がせ、一体誰に従ったら良いのか考えあぐねている様子である。
「自分たちは公爵家の人間だ。君たちの主人より身分が高いと言うことはわかるな? 自分の言うことを聞け」
「ちょ、ランディ横暴」
「うるせえ!! 俺は今、最高に気が立っている!」
ランドルフの恫喝はクリフォードへのものであったが、耳にした子爵らは青ざめ、動きを止めている。
クリフォードは(あーあ、こうなると手がつけられないんだよなぁ)と小さく溜息をついた。とは言え、クリフォード自身もこの家族の動向は奇妙であると思っており、エメライン自身の言葉を得たいとは考えていた。
また、なぜこの家族が頑なにエメラインに会わせまいとするのか、エメラインは今どこで何をしているのかと疑問は尽きない。
「もう一度言う。私たちをエメライン嬢のいるところまで案内したまえ」
ランドルフの背後にいるクリフォードにはランドルフの表情は見えないが、ジェレミーの怯えた様子から察するに、青ざめるほど険しい表情を向けられているのであろう。
ジェレミーは子爵や夫人、キャスリンへチラチラと視線を送り反応を見るが、結局ランドルフに従うのがベストであると判断したのか、
「こ……こちらでございます」
と、廊下の先を促した。
「ジェレミー!!」
キャスリンが悲痛な叫び声をあげ、ジェレミーはびくりとキャスリンを振り返る。
そこにランドルフが「子爵、良いな?」と、同意を示すよう子爵を睨みつけた。
「はっ……はい」
「お父様っ!!」
項垂れる子爵を咎めるキャスリンを無視し、ランドルフとクリフォードはジェレミーの後に続いた。
子爵らは、ランドルフとクリフォードの後を追うように思われたが、暫くして歩を進めつつクリフォードが後ろを振り返ると、三人は歩みを止め顔をつき合わせていた。表情をなくした様子で何か話し合いをしているようである。
追ってくる様子がないことを確認し、クリフォードはランドルフと共に屋敷の奥へと進んで行く。
いくつかの扉を通り過ぎたところで、ランドルフはジェレミーに質問を投げた。
「エメライン嬢は自室におられるのか?」
「いいえ……旦那様の執務室にいらっしゃいます」
「主人の執務室に? 一体何をしているんだ?」
ジェレミーは言い淀んだ後、ポツリと言葉を吐いた。
「お仕事を、されています……」
「仕事? 主人の執務室で? 何の仕事を」
「……」
ジェレミーは話を続けて良いのか逡巡しているように感じられた。
足を進めつつ暫く待つと、またポツリと言葉を発した。
「お嬢様は、子爵家の業務の全てを取り仕切っておられます」
ジェレミーの言葉に、ランドルフは少し後方で追従していたクリフォードに目を向ける。クリフォードはジェレミーの言葉に驚愕したのか、瞠目しつつランドルフを見返した。
「エメラインお嬢様は、本当に、素晴らしい方なのです。屋敷の全ての働き手は皆、お嬢様をお慕いしています」
ジェレミーは「私はお嬢様を、心から尊敬しています」と言い、扉の前で足を止めた。
「お嬢様はこちらです」




