第六話 暴かれた真実(3)
2 まさかの被弾
一方、警察の捜索隊も船舶を使って東の行方を探っていた。
だが、あまり芳しくない状況だった。上空から支援していたヘリは、燃料切れで追尾しきれないまま基地に戻ったことに加えて、肝心の東からの信号も途絶えたため、彼がどこへ行ったのか把握できなかったのだ。
「まだ東は見つからんのか?」と水上警備艇の作戦室で陣頭をとっていた、警視が苛立ちながら訊いた。
「はい、まだ手掛かりなしです」と通信士が答える。どうやら数艇の船舶で捜索を試みているが、発見の一報は来ていないようだ。それでも、諦める訳にはいかない。
「よし、何でもいいから怪しいものを見つけ次第報告しろ。そのことを全船にも伝えるんだ!」と警視の指示が飛んだ。
それを受けて、警官たちは引き続き追跡作業に取りかかるのであった。
「げ、厳鬼、何をやってるんだ?」そうしてタンカー内部では、金光が声を震わせ叫んでいた。
そこで仮面男は、ゆっくりと話し始めるも、
「金光さん、貴方の計画は国家を揺るがす大犯罪だ」と相手が予想もしないであろう答えを口にする。
途端に、金光は驚いた顔を見せる。明らかに厳鬼と異なる声質と物言いで、ただちに別人だと感じたに違いない。
「何? さっきも声が変だと思ってはいたんだ。誰だ? お前は!」と次いで奴の焦り声が、聞こえてきたところで、漸く素顔を明かす時が到来したか。男はゆっくりと顎紐を解き、仮面を外した。
すると、その場には――眼光鋭く金光を見据える、東の勇姿!――やはり彼が、厳鬼に成り済ましていたのだ。
「き、きさま! どうやって? 厳鬼はどうした」忽ち金光は、怒髪天を衝いたようで、けたたましく叫んでいた。
続いて桃夏も、「東さん?……」と驚愕した表情で呟いた。
然すれば、奴の要望に応えるべく、このからくりを話してやろうぞ。
「何故私がこの場にいるのか? それは、ボートが衝突する前に私と厳鬼は辛くも海へ飛び込み難を逃れたのだが、その後も奴を捕まえようとしたため海中で揉み合う羽目になった。ところがその戦いの最中、図らずも奴の仮面を剥ぎ取り、一瞬の隙が生まれことで奴の姿を見失い逃げられてしまったのだ。私は続けて追うことも考えてはみたものの……それより金光権郎! お前の、次の一手を知ることの方がもっと重要だと思い、奪った仮面をつけて厳鬼に成り済まし探りに入ったという筋書きだ。その結果、以前の潜入捜査からこのタンカーがお前たちの基地だと薄々勘付いて侵入したにせよ、まんまとこちらの策に嵌り、思いも寄らない真実を私に聞かせようとは……。国家転覆を企てるスパイめ! この東九吾が、絶対に許しはしないぞ」とここまで言ったなら、さらに確りと奴を見据え、「金光権郎、内乱罪及び賭博、並びに薬物使用等々で逮捕する」と告げると同時に、東は雄雄しく近づいていった。
「むっ、むううっー!」それに対して金光は、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。己のミスから全てを暴露してしまい、どうつくろうべきか分からないと言わんばかりの様相か。それでも、東から逃げることだけは心得ているみたいで、後退りを始めた。
……が、その時、突如強烈な打撃音がした!? 桃夏の腕から起爆装置が叩き落されたのだ。彼女が、東たちのやり取りに気を取られた隙を狙われ、攻撃されていた。
ならば、それを仕掛けた者は……言わずもがな、正真正銘の厳鬼だ! 奴が知らぬ間に忍び寄り、彼女の持つ装置を蹴り上げていた。――たぶん、外海と繋がっている船底の潜水艦ドックから侵入したと思われる――
しかも桃夏に向かって、さらなる攻めに及んだか! 彼女を銃で撃とうとした。……が、弾かれる金属音が鳴った! 流石にこの動きは、彼女も警戒していたのだろう。そうはさせじと、すぐさま回し蹴りを見舞って奴の銃を弾き飛ばす。これで両者とも素手になった故、後はお決まり通り肉弾戦へと縺れ込んでいた。
〈たおー!〉桃夏が左右のパンチを放てば、厳鬼は正拳で応戦し、〈おりゃー!〉逆に奴が前蹴りを出すと、彼女はかかと蹴りで迎え撃つ。2人の息を飲む戦闘の始まりだ!
片や金光たち悪も、この時とばかりに反撃に転じた。数発の銃声音を響かせ、潜んでいた数名の子分が、金光を庇いながら東に撃ち込んできたのだ。
とはいえ、そうした攻めは想定済み。ただちに、東は鉄柵へ身を隠し、遅れて甲高い音を耳にする。辛くも逃れられたか。そして無論、今度は彼の番だ。ライフルに物を言わせ、奴らの銃を難なく撃ち落した。その早業には、子分たちも呆気に取られ為す術がない様子だ。次いで奴らは、もう団子状態となって橋から室内へ転がるように逃げ出した。同様に金光も逃げ惑っている。その後を東が、悪は見逃さないとの強い決意で追い迫った。金光を捕えるのも時間の問題か。
「やれ!……あいつをやれ」それでも、まだ金光の抵抗は終わらない? 子分に命令する切迫した声が聞こえてきた。
そのため、子分たちも意を決した態で、突然東に襲い掛かってきたが……無駄なこと。彼はライフルを投げ捨て――飛び道具など使うまでもない――強拳、左右の蹴り、肘膝の攻撃で応戦する。勿論、全てが男たちの攻めより勝っていたのは言うまでもない。連続した鈍い音と呻き声がした後に、全員あえなく床に倒れ込んでいた。
最後に金光が、「クソッ、きさま! わしをこんな目にあわせて」と嘆きつつ、腰を抜かして後ろへよろよろと下がる醜態を曝け出した。
東は、その哀れな中年男を目前にして、「もう、抗っても無駄だ。大人しく観念しろ」と諭す。
どうやらこれで勝負は決まったような、長い戦いも遂に終わる時がきたか?……
だが、そこに思わぬ障害が舞い込む。
「金光、死ねー!」と桃夏が駆けつけてきたのだ。しかも、いつの間にか銃を所持していた。今にも撃ちそうだ!
これには東も慌てた。……としても、黙って見ていられようか。
「止めろ、止めるんだ! 桃夏さん」と叫んだなら、両手を広げ彼女の前に立ち塞がっていた。――金光を護った? この不可解な行動の真意は?――まさしく桃夏のため、彼女のことを思っての断行だった。つまり、殺人だけはさせたくなかったからだ。
ただ、今の桃夏にそんな気持ちが通じる道理もないのだろう。
「どけ! あんたには無関係な話だ。どうしても、この手でこいつを殺る!」と決死の表情で退こうとはしなかった。
けれど、東の方もここで諦める訳にはいかず、なおも一心に説得を試みた。
「駄目だ! 君は人を殺すべきではない。気持ちは分かる。しかし、今さらこんな男を葬ったところで何になるというのだ! 逆に君自身が不義を犯した罪悪感で一生苦しむことになるぞ。それより、この男は司法の手に委ねて罰を受けさせるんだ。必ず、それ相当の償いを課せられるはず……。だから思い留まってくれ。取るに足らない族のせいで、残りの人生を台無しにする必要はないんだよ!」と。
「…………」桃夏は、その東の強い言葉を受け、銃を東越しに金光へ向けた状態で苦々しい顔を見せている。多少なりとも、その心中に迷いが出始めたようだ。
「さあ、銃を渡してくれ。お願いだ、桃夏さん!」さらに彼女の目を真正面から見て、誠意を持って話しかけた。全て桃夏の将来を考えての行いだった。
その熱意の前に……桃夏の面相も、少しずつ穏やかに変わっていくのが見て取れた。そうして彼女は、思案している風に沈黙を保った後、
「いいわ、分かった」と言って、とうとう銃を下ろした。何とか復讐を断念する気になってくれたのだ。
漸く東が、彼女の怒りに満ちた心を説き伏せることに成功したか。彼は喜びとともに、これで桃夏の復讐劇も事なきを得て、完璧なる決着だと安堵した。続いて、肩の力が抜けた様子の桃夏を目前にしながら、彼女にとってはもう用済みとなった銃を受け取ろうと手を伸ばす。
……ところがその時、ただならぬ脅威を目の当たりにする、事はまだ終わっていなかったのだァー!
何と、彼女の後ろに――銃を構え、狙いを済ます――厳鬼の姿を認めたではないか!
そして次の瞬間……
――唐突に銃声が鳴った!――桃夏に向かって、阻止する間もなく、強力な弾丸が放たれたのだ!
げっ、仕舞った! こうなっては東も肝を冷やすしかない。
「危ない! 桃夏さん」と彼は立ち所に大声で警告した。……が、駄目だ、遅過ぎた。もう避けられはしないぞ! ならば……止む無し、最後の手段だ――彼は危険も顧みず、とんでもない強行策に打って出た――彼女の肩を両手で掴み、一瞬で体を入れ替えたのだ! 言わば、己の身を弾除けに差し出したという訳だ。
「くっ!」だが、当然ながらその代償は大きく、忽ち彼は、凄まじい衝撃圧に襲われる。肉は裂かれ、鮮血が飛び散り、そのまま前のめりに倒れ込んだ!
何てことだ……。全く、信じられない。本当に、奴の弾丸を背中に受けてしまったのかァー!
よもや、こんな結末が待っていようとは……
「あ、あずま、さん?」桃夏の悲痛な声が、聞こえてきた。次いで力なく倒れ落ちる東の体を、逸早く彼女は支えてくれたものの、彼女の手には既に真紅の液体が絡みつき、掌を赤く染めていた。明らかに、致命的な銃創だった!
しかも、まだ気を抜けない、窮地は未だ続いている。厳鬼の、さらなる攻撃が迫り来ようとしていた! もう一度の発砲を遂行するため、奴は、銃を構えているのだから……
と思ったが、否、違った。どういう訳か、奴は銃を下げている? そして呆然と立ち尽くし、「もも……」と呟いていた。
「確りして、東さん!」桃夏は彼の体を抱きかかえ絶叫した。
しかし、その甲斐もなく、東は力尽きその場に崩れ落ちた!
疾うに意識が消え失せ、彼の命も、果てようとしていたのだ――




