閑話 詠唱を止めろ
※私が書いてた『白金皇装』原作の展開・能力に触れる回です。
募集文を書きかけた奈緒が、別の画面を開いた。
「五人で戦うところ、これが好きで」
世界大会の試合映像だった。再生位置は終盤。城壁に囲まれた街を上から映す画面に、残存四チームと出ている。
哲史は椅子を寄せた。
「白金皇装か」
「知ってる?」
「名前は。使ってるやつとは、まだ当たってない」
画面の中央に、白い髪の青年がいた。
テオドリック・シルシュ・ホルスヴェルグ。その姿を借りた選手が、剣を下げて石橋の入口に立っている。
選手紹介には、世界ランキング一位の表示があった。
その背後を四人が走る。武器を構えた二人と、荷物を抱えた二人。逃げる速度の違う五人が、橋の手前でひとまとまりになった。
『あと一回、収縮をしのげばいい。ただし、ここからが厳しいですよ』
解説者の声に合わせ、奈緒が表示を指した。
「残り三チームで最終収縮まで行くと、特殊勝利を狙えるの。でも、臣民を倒されると、対応する護衛まで退場になる」
「二人まとめて落ちるのか」
「うん。だから、この編成はあまり見ない」
哲史は映像へ目を戻した。
橋の向こうには門があり、その奥から銃声がした。
テオが剣を立てる。弾かれた弾丸が、橋の欄干に白い傷をつけた。臣民の一人が頭を下げ、壊れた荷車の陰へ滑り込む。
その臣民へ、右の屋根から別の弾が来た。
護衛が割って入る。肩に小さな表示が浮かんだ。倒れず、臣民を荷車の奥へ押し込む。
「門と屋根、別チームだな」
哲史が言うと、観戦画面が切り替わった。
屋根の射手は、門の射手へ照準を向けていなかった。
『白金を先に落とす。橋へ出すな』
敵側のチーム音声だった。
門の内側でも、剣を持った選手が身を低くする。銃撃に合わせて飛び出すつもりらしい。
テオはまだ橋へ入らない。
荷車の陰から臣民が手を伸ばした。橋の入口へ、小さな煙幕を転がす。
白い煙が欄干を覆った瞬間、五人が動いた。
先頭の護衛が盾を上げる。その背へ臣民が続き、もう一人の臣民をテオと残る護衛が挟む。
門から剣士が出た。
テオが前へ出る。相手の剣を押さえ、肩をぶつけて門柱へ追い込んだ。
そこで、屋根の射手が走った。
煙の上を回り込み、橋を横から見下ろせる位置へ移る。
「あ、そっち――」
奈緒の指が止まった。
テオも顔を上げていた。押さえつけていた剣士を離し、橋へ戻る。
間にいた護衛が盾を返す。
最初の二発は防いだ。三発目に合わせ、門の銃口が火を噴いた。
盾の裏側で、臣民の胸に青い格子が走った。
その身体が消える。同時に、盾を持った護衛にも格子が広がった。
テオが伸ばした手は、消えていく盾の縁をすり抜けた。
直後、背中へ剣が入った。
奈緒が息をのむ。
テオの負傷表示が増えた。彼は振り返りながら斬り返し、追撃を止める。そのまま後ろへ下がり、残る二人を門柱の陰へ入れた。
『ケルベールも退場! 残る護衛はニーナ、臣民は一人です!』
画面の端で、別のチームの表示が消えた。
残存三チーム。
テオたちの三人と、門の二人、屋根から迫る二人が残っていた。
奈緒の膝の上で、両手が重なる。
世界一の選手でも、身体は一つだった。
門の二人を押し返せば、屋根側から弾が来る。屋根へ向き直れば、門の剣士が臣民へ踏み込む。
ニーナが剣を振って、その足を止めた。
テオは門の射手を狙った。門柱から身を出し、銃口が動くより先に間合いへ入る。
射手が銃を捨てた。
腰の短剣を抜き、刃を受ける。一撃で膝をついたが、倒れきらず、門の内側へ転がった。
「仕留めないんだ」
「戻らないと、後ろが死ぬ」
哲史が答えるより早く、テオは戻っていた。
ニーナの剣を抜けてきた敵の腕を斬る。空いた左手で臣民の襟をつかみ、門柱の裏へ引いた。
屋根の射手は、もう撃っていた。
テオが臣民を突き飛ばす。
一発が脇腹へ入った。それでも剣を上げ、次の弾を弾く。
屋根から降りていた敵のもう一人が、門柱の反対側へ回り込んだ。
臣民が顔を上げる。
手にしていた短い刃を突き出した。敵の腹へ届く。その腕をつかまれ、引き寄せられた。
ニーナが駆け寄る。
テオも踏み出した。
敵は臣民の身体を盾にして、刃を振り抜いた。
青い格子が、二人を奪った。
ニーナの切っ先が、敵へ届く寸前で消えた。
奈緒が口元を押さえた。
門前に残ったテオは、左脇をかばっていた。
背中にも傷がある。剣を握る右手だけは下がらない。
『単独になりました。皇装の条件には入っています』
解説者の声が少し低くなった。
『ただ、あの負傷で扱えるか』
「……一人でも、まだあるんだ」
哲史がつぶやいた。
奈緒がうなずく。
「最後まで守ろうとして、一人になったときだけ。最初から臣民を見捨てたら、出ない」
テオの視点が映った。
発動の選択。その直後、目の前に文字が開く。
兄弟皇装。
画面の隅に、解説用の表示が重なった。
兄弟皇装、九十八パーセント。全出力二倍。三分後、強制退場。
創世皇装、二パーセント。全出力五倍。六分後、強制退場。
奈緒は数字より先に、その下へ現れた詠唱を見ていた。
「これ、原作だと、お兄さんたちが言うところ」
テオが顔を上げた。
「二剣を門に」
門の剣士の表情が変わった。
『詠唱を止めろ!』
叫び終える前に踏み込んでいる。
喉へ突き出された剣を、テオは外へ流した。身体を半分だけ開き、敵の肩を門柱へぶつける。
「我らが血を鍵に」
銃声。
テオが膝を折った。顔のあった場所を弾が抜ける。
下げた剣を返し、追ってきた刃を受ける。傷のある脇腹が縮み、口の端がわずかに引きつった。
声は止まらなかった。
「皇統よ、白金の証をここに――」
屋根側の二人も走ってきた。
前に剣。横に銃口。
テオは門柱を蹴った。
前へ出ていた剣士の背後へ回る。射手が引き金にかけた指を止めた。その一瞬、剣士が首をひねる。
「――|《皇装》」
石畳へ、二本の剣が突き立った。
細身の剣と、大剣。
その柄を握る二人が、白金の光の中に立っていた。
ペルセドリック。メレアドリック。
テオの足元から白金がせり上がる。
脛を覆い、胸を閉じ、剣を握る指へ届く。大剣から散った金色の火花が鎧を走り、細身の剣を伝っていた青白い雷がテオの刃へ移った。
二人の兄の姿が、光へ溶けた。
敵の剣士が、門から飛び退いた。
テオの剣が振られた。
受けた剣ごと、敵の身体が門柱へ叩きつけられる。
青い格子がはじけた。
残り二分五十九秒。
奈緒は息を吐くのを忘れていた。
哲史の肘が、膝から離れた。
「今の足、もう一回見たい」
「え、今?」
「あとでいい。続けて」
奈緒が再生画面へ伸ばしかけた手を戻す。
門の射手は逃げていた。短剣を収め、石の階段を駆け上がる。
もう一組も左右へ散った。
『三分だ! 距離を取れ!』
敵側の音声が、息で乱れていた。
テオが追う。
橋から門へ、一歩で距離が縮んだ。着地した足の下で石畳が割れる。
次の一歩が出る前に、身体が横へぶれた。
傷のある左側へ体重が落ちたのだ。
射手が振り返って撃つ。
テオは剣で弾をそらしたが、追いつけなかった。階段の上へ敵が消える。
『負傷は消えていません。出力が上がったぶん、踏み込みの負担も大きい』
解説者が続ける。
『三分もつとは限りませんよ。操作を誤れば、その前に安全停止です』
「普通の人だと、動いただけで退場することもあるって」
奈緒が言った。
哲史は、テオの足を見ていた。
次に走り出したとき、歩幅が変わった。
右足で強く蹴り、左足は浅く置く。階段の角を曲がるところでは、壁へ手をついた。手甲が石を削り、その抵抗で身体の向きを変える。
「あれ、壁で止めてる」
奈緒が画面へ顔を寄せた。
「脚だけじゃ曲がりきれないから?」
「うん。さっき一回ずれただけで、もう直した」
階段の先で射手が待っていた。
テオが上がってくる高さへ、銃口を据えている。
白金の兜が見えた。
発砲。
直前、テオの姿が下へ沈んだ。
階段を一段だけ下り、頭を隠したのだ。
弾が石の縁を砕く。その破片と一緒に、テオが飛び込んだ。
射手が銃を立てた。間に合わない。
青い格子が広がった。
残存二チーム。三対一だった敵が、二対一になった。
残り一分四十一秒。
奈緒が小さく声を上げた。
哲史は身を乗り出したまま、画面の端を見た。
残る二人は、門の内側の広場へ逃げていた。噴水を挟み、互いに違う方向を向いている。
どちらかを追えば、もう一人が背中を撃てる。
テオは階段を下りなかった。
城壁の上へ向きを変え、そのまま走る。
『上! 回ってくる!』
射手が銃口を上げた。
白金が胸壁の陰へ消える。
敵の前衛が、広場の出口を振り返った。
収縮の境界が来ていた。街路の奥から、進入できる範囲が狭まってくる。
二人は噴水のそばへ寄った。
テオは飛び下りない。
残り一分。
奈緒が時計を見た。
「待ってていいの?」
「下りたら、また二方向から来る」
哲史の指が、噴水の裏を示す。
「あそこが狭くなるまで待つんだと思う」
残り四十秒。
射手が後退した。収縮に押され、噴水の縁へ背中が触れる。
その横へ、味方の前衛が入った。
城壁の白金が動いた。
『来るぞ、撃て!』
銃声が続く。
テオは真下へ落ちた。胸壁が、落下の途中まで身体を隠す。
射手が狙いを下げる間に、剣が届いた。
前衛が受ける。
刃がぶつかり、両足が石畳を滑った。それでも踏みとどまる。射手へ届く軌道から、白金の剣を押し出した。
テオの左膝が沈む。
前衛の目が、その膝へ落ちた。
『脚だ!』
射手が横へ回る。
テオは膝を伸ばさず、右足で前へ出た。
敵と触れるほど近い。
柄頭が前衛の顎を打った。上を向いた顔の下へ、返した刃が入る。
青い格子。
射手は構え直さなかった。味方が消える場所へ、すでに銃口を向けていた。
哲史の指が椅子の端をつかんだ。
テオの左手が伸びる。
銃身を押し上げた。
発砲音が響く。弾は兜の横を抜けた。手甲の指がひしゃげ、負傷表示が浮かぶ。
射手が銃を放し、短い刃を抜いた。
テオの脇腹へ向ける。
白金の剣が、その腕ごと走った。
最後の青い格子が消えた。
残り十八秒。
勝利の表示が、画面を覆った。
奈緒がようやく背もたれへ身体を預けた。
「……知ってても、息止まる」
哲史は何も言わなかった。
映像の中で、テオが剣を下ろしていた。左腕は上がらず、立っているだけで身体が傾く。
それでも、三分を使い切る前に全員倒していた。
「二倍になれば勝てるって感じじゃなかったな」
「うん」
「最後、銃をつかみに行くのか」
哲史は自分の左手を開いた。指を曲げ、さっき見た位置へ差し出してみる。
奈緒がその手を見て、少し笑った。
「やってみたくなった?」
「あの距離で銃口を上げられるかは、試したい」
「そこなんだ」
奈緒は再生位置を戻した。
門前で、一人になったテオが映る。
「私はここ。原作では、お兄さんたちが一緒に言ってくれるのに。このときは、一人で全部言うんだよね」
哲史は画面を見た。
横から銃口が向く。正面の剣士が、息を吸った口を狙って踏み込む。
その中で、テオは唱え始める。
「……よく言い切ったな」
奈緒がうなずき、映像を止めた。
「最初の足、ここでいい?」
「もう少し前。皇装が出る直前から」
募集文の画面は、後ろに開いたままだった。
奈緒は再生速度を落とし、哲史はもう一度、椅子を近づけた。




