049_四人で取った総合一位
保存した画像を、奈緒は一度だけ開き直した。
四人の名前。その横に並ぶ、生存の表示。
小さくなった画面でも、文字は読めた。
「撮れてる?」
律に聞かれて、奈緒は端末を傾けた。
「うん。送るね」
「私にもお願いします」
千景が自分の端末を取り出す。その隣から哲史が覗き込み、奈緒は笑って画面を少し持ち上げた。
「哲史にも送るって」
「いや。もう一回見たかっただけ」
そう言われて、すぐに画面を閉じられなくなった。
四人で同じものを見ている間に、結果画面の表示が更新された。
総合結果。
奈緒は画像を閉じ、そちらを開いた。
一番上に、見慣れた作品名があった。
英雄王と囚われの龍姫。
総合一位。
「……一番上だ」
律が言った。
奈緒は頷いた。頷いてから、二位の欄まで目を動かした。第三試合の結果を、もう一度開いてしまったわけではない。
三試合分の順位と撃破数が横に並んでいる。
六位、二位、一位。
四、十二、十四。
「勝ったんですね」
千景の声が、今度は少し高かった。
「最後の試合も、大会も」
「うん」
奈緒が答えると、千景は椅子の背へ身体を預けた。大きく息を吐き、その途中で笑った。
「すみません。いま、急に」
「私も」
奈緒は端末を両手で持ち直した。
勝った、と口にしたい。さっきも言った。もう皆、知っている。
それでももう一度言いたかった。
「優勝だね」
哲史が頷いた。
「四人で取れたな」
律の端末が短く鳴った。先ほど送った画像が届いている。
律は総合結果と画像を見比べてから、画像の方を指で広げた。
「こっちも好き」
四人とも、生き残っている。
奈緒はまた頷いた。
千景が総合結果の画面を指で広げた。
「哲史さん、二十三です」
個人の撃破数だった。
四、九、十。試合ごとの数字を足すと、そうなる。
奈緒は既に一度数えていたのに、改めて聞くと、隣にいる哲史の顔を見てしまった。
「最後の十人も、途中で数えてなかったの?」
「七人までは覚えてる。そのあと、前にいる相手を見てた」
「二刀の人を倒したとき?」
「ああ。その向こうの槍が来そうだったから」
律が自分の端末で第三試合の結果を開いた。個人の欄を辿り、画面の途中で指が止まる。
「十人倒して、まだ立ってたんだ」
戦っている間には、それぞれの敵がいた。
追ってくる小盾。こちらへ向く弓。柱の向こうを通る槌。
哲史がその何人を引き受けているか、全部を数えながら自分の相手を見る余裕はなかった。
律は画面から顔を上げた。
「最後、そっちを向いたら、槍の人もいなくなってた」
「弓を見ててくれたからな」
「でも、あんなに早いとは思わなかった」
哲史は答えかけ、少し考えた。
「俺も、最後は続けて行けると思った。あそこからなら、槌が戻る前に届くって」
奈緒はその言葉を聞きながら、第二試合の最後を思い出した。
自分が倒れたあと、画面の向こうで一人だけ戦っていた背中。脚を打たれ、それでも小盾の男へ槍を届かせていた。
今回は、その背中を戦場の同じ高さから見ていた。
「私たちも、そこまで残れたね」
千景がゆっくり頷いた。
「最後の人を倒したとき、私、まだ盾を上げていました。どこかから矢が来る気がして」
「私も弓を下げるの、遅れた」
律が言った。
「終わったって出たのに、柱の後ろを見てた」
奈緒にも覚えがあった。
四人の表示を確認して、それから何か言わなければと思った。けれど、次に移る場所も、警戒する相手も、もうなかった。
何も伝えなくていいことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
千景が端末を傾け、画像を保存する。
「これ、今日の日付で残しておきます」
「私も」
律がすぐに続いた。
奈緒は、保存済みの画像の名前を変えた。
日付の後ろへ、四人で初優勝、と入れる。
打ち終えた文字を見て、また頬が緩んだ。
千景と三人で取った優勝もある。その画像も残っている。
そこへ一枚増えた。
今度の画像には、律がいた。
「奈緒、そこ、誤字」
隣から哲史が指を寄せた。
優勝の前に、余計な文字が一つ入っている。
「……見ないで」
「見せてただろ」
奈緒は画面を自分の方へ戻した。
律が笑い、千景も口元へ手を当てた。
指で余計な文字を消す。今度は確かめてから保存した。
◇
飲み物を買いに行こうと言い出したのは、哲史だった。
立ち上がった千景が一瞬だけ足を止める。哲史も歩き出しかけたところで止まった。
「座ってる? 買ってくるけど」
「いえ。少し歩きたいです」
千景は膝を軽く曲げ伸ばししてから、今度は普通に歩いた。
律がその横へ並ぶ。
「分かる。ずっと座ったら、帰りたくなくなりそう」
「それは、疲れているからですか?」
「それも。あと、終わっちゃったから」
奈緒は二人の後ろを歩きながら、その言い方が妙にしっくりきた。
次の試合に間に合わせなくていい。
何を直すか、休憩の間に決めなくてもいい。
もう今日は、この結果から動かない。
自動販売機の前で、律はしばらく迷った末に炭酸飲料を選んだ。
取り出し口から拾い上げた缶を見て、千景が言う。
「試合前は飲まないんですね」
「うん。だから、今」
律は缶を持ち上げた。それだけで、少し得意そうだった。
奈緒が冷たいお茶を取り出すころには、哲史は水の蓋を開けていた。
四人で壁際へ寄る。千景がボトルを両手で包み、律が慎重に缶を開ける。小さく弾ける音がした。
「最初、死んだとき」
律が缶の縁を見ながら言った。
「次は戻れるようにしなきゃって思った。でも最後は、戻ろうとしたところに千景がいた」
千景が顔を上げた。
「私も、律さんが見えたので」
「うん」
律は一口飲んだ。
「あれ、よかった」
千景の口元が緩んだ。
説明を足さずに笑うところを、奈緒は初めて見た気がした。
「来てくれたの、見えた?」
律が奈緒へ聞いた。
「千景がそっちへ下りたところは。律は長椅子に隠れてて、最初は頭だけ」
「私からは盾が先だった。あ、もうここにいる、って」
律は缶を持たない手で、自分の肩より少し低いところを示した。
「戻るなら、弓から目を切らなきゃいけなかった。けど、そこで止まれたから、向こうが狙いを変えたのも見えた」
「射手へ向き直られたとき、もうそちらを見なくていいんだと思いました」
千景が言った。
「律さんが見てくれていたので、小盾の人の剣を追えました」
律は返事をせず、一度だけ頷いた。
缶を口へ運びかけて、まだ飲まずに下ろす。
「前は、戻ったら次の場所を見に行くつもりだった」
「今日は?」
「あそこで、もう一回射とうと思った」
奈緒は律の顔を見た。
短い返事だったが、言い終えたあともその場面を思い出しているのが分かった。
小盾の男の肩へ届いた矢。そのあと、逃げる先へ向けられた弓。
律がそこにいたから、千景は追わずに戦えた。
「私、あの人が盾を返したとき、また外されるかと思っていました」
千景が左手を少し上げた。
実際の小盾はない。それでも手首の角度に、相手の盾を引いていたときの形が残る。
「一度外されたあとだったので。掛け直して、また駄目だったら、奈緒さんの前へ戻ろうと」
「戻ろうとしてたの?」
「はい。でも、外れませんでした」
奈緒は指先へ視線を落とした。
あのとき、自分が選んだのは鉤を返す角度だった。
選んだからといって、千景の次の動きまで決めたわけではない。千景が盾を引き、剣を受け、律が射った。
「掛かってから、ちゃんと引いてくれた」
「引けたので」
千景はそう答えて、少し照れたように笑った。
「手応えがあったんです。今なら、と」
奈緒は何度も頷きたくなった。
技の話なら、もっと正確な言い方があるのだと思う。角度や距離や時刻を揃えて、次も同じことができるようにするための言葉が。
けれど今は、その一言が嬉しかった。
千景の手にも、自分と同じ瞬間が残っている。
「奈緒は?」
哲史に聞かれ、奈緒は顔を上げた。
「何が?」
「今日、一番よかったところ」
総合一位の表示、と答えかけて、止まる。
それも本当だった。四人の生存表示も。
けれど、試合の中でも一つ選びたかった。
「中央を渡ったところ」
奈緒は言った。
「前の試合は、律と離れちゃったでしょ。今度は自分から行けたから。哲史が前へ出てくれて、千景が隣にいて、あ、渡れるんだって」
「あそこ、射手は見えてた?」
「哲史の向こうに、少し。だから怖かったけど、止まらなかった」
哲史が頷いた。
「渡り終わったって聞こえたとき、こっちも行けると思った」
奈緒はお茶のラベルへ親指を押し当てた。
自分の移動は、戦いの映像では小さなものだと思う。中央の柱の間を、千景と二人で渡っただけだ。
その向こうで哲史が進むために必要だった。
そう聞いてから思い出すと、同じ場面が少し違って見えた。
律が缶を持ち上げた。
「乾杯しないの」
奈緒は目を瞬かせた。
「……してなかった」
「飲んじゃいましたけど、大丈夫でしょうか」
「中身あるから、大丈夫だろ」
哲史が水のボトルを持ち上げた。
千景も続く。奈緒が慌てて蓋を閉めると、律は待ってから缶を寄せた。
ボトル同士の柔らかな音に、一つだけ金属の音が混じった。
「優勝、おめでとう」
奈緒が言った。
自分たちのことなのに、少し変な気がした。
律が「おめでとう」と返し、千景が笑う。
四人とも、もう一口飲んだ。
「次も出よう」
奈緒が言った。
言ってから、皆の予定を聞いていないことを思い出す。
「あ、日程は、あとで合わせて」
「出る」
律の返事は早かった。
「私もお願いします」
千景が続く。哲史は水を飲み終えてから、ボトルの蓋を閉めた。
「今度は最初から、ああやって動きたいな」
奈緒は隣を見た。
哲史は試合のことを考えている顔だったが、難しそうではなかった。
まだ槍を持っているつもりなのか、空いた右手の指が少し動いていた。




