050_動き出せる瞬間
槌を使っていた男は、第三試合の映像を止めた。
画面の中で、敵の英雄王が槍を引いている。
その左奥には、こちらの射手。柱の向こうには小盾役。最後の戦いで五人がまだ揃っていた時刻だった。
「ここで弓を戻さなきゃよかったか」
射手が言った。
小盾役は首を振った。
「戻してなきゃ、俺がもっと早く落ちてる」
「でも、前の援護がなくなった」
槌役は返事をせず、映像を少し戻した。
弓の向きが変わる。
英雄王の足が動く。
再生を止めた。
「もう入ってる」
長槍役が椅子を寄せた。
「俺、そっちを見たのは一瞬だぞ」
「分かってる」
槌役は通常速度で再生した。
小盾役が律を追い、射手がその先へ照準を送る。
そこで止めると、第二試合とよく似た配置に見えた。
「ここまでは、同じだよな」
小盾役が画面へ指を近づけた。
「弓を下がらせる。こっちの弓が移動先を見る。英雄王は前の三人で止める。後ろの二人が助けに来るなら、中央を渡るところを射る」
射手が頷く。
実際に、その瞬間を待っていた。
「渡ってきたのも見えた。けど、撃てなかった」
再生が進む。
英雄王が二刀役を押した。二刀役の背中が射線へ重なる。
槌役はそのとき、援護のために前へ出た。進んだ手元へ槍が来て、柄を横に立てて受けている。
映像の中の自分を、男は黙って見た。
痛いところを狙われて足を止めた間に、二人が中央を横切った。
「俺が止まったところだ」
槌役が言う。
「ここを無理に進んでいれば、変わったかもしれない」
「手に入るぞ」
二刀役が答えた。
「そのあと振れるか?」
槌役は自分の前の手を見た。
重い武器を振り直すためには、その手が要る。刺されても気にせず進むという答えを、次の試合の約束にはできなかった。
「……分からん」
再生を戻す。
前へ出なければ、後ろの二人が渡る。
前へ出れば、槍が手元へ来る。
英雄王は三人に囲まれながら、どちらにも同じ構えで対応していた。
「渡り終わるまで、突っ込んでこなかったんだな」
長槍役が言った。
それまで彼は、英雄王を中央へ釘付けにできていたと思っていた。
こちらの三人が前進を止めている。だから、後ろの二人が仕事を終えればいい。
画面を進めると、その後ろで敵の護衛役が小盾を上げた。
「戻らせてない。こっちへ来てる」
小盾役の声が低くなった。
あの場では、自分の前に護衛役が現れたことしか分からなかった。英雄王の槍がどこを押さえていたかまでは、見えていない。
「俺、一対一で足止めできればいいと思ってたんだけど。弓もそこに残るんだよな」
男は画面の端にいる律を指した。
逃げ続けると思っていた相手が、長椅子の近くで向きを変えている。
自分が護衛役へ剣を向けると、その外から射てる位置だった。
射手は口を開きかけ、閉じた。
弓を戻さなければよかったという最初の言葉を、もう一度は言えなかった。
戻さなくても、小盾役を落とされる。
残った弓と護衛がこちらを向けば、前の三人も同じ形ではいられない。
「前だけ見てたら、先に後ろがなくなったか」
射手が言うと、小盾役は頷いた。
「だから、戻してくれたのは助かった。そこで俺も一回、引けばよかった」
誰もすぐには答えなかった。
敵の動きが揃う前なら、小盾役を引き戻す時間はあったかもしれない。
ただし、逃がすためには前の三人も下がることになる。
五人を揃えて待ち構えたこちらが、四人に押し返される。
槌役は画面を進めた。
英雄王の足が、右へ動いた。
小盾役を追う鉤剣。援護へ向く弓。長槍役の視線がわずかに動いたとき、英雄王は二刀役へ踏み込んでいた。
二本の剣が同時に盾へ重ならないよう、二刀役は右を残している。
英雄王は左の剣に流された槍を引き戻さず、柄を送った。伸びた穂先に合わせて二刀役の左肩が開く。
右の剣が出たときには、その切っ先の外へ胸がずれていた。
盾の縁が前腕へ触れ、戻る左の剣の内側へ肩が入る。
「間、変えたんだけどな」
二刀役が言った。
「前と同じ受け方なら、二本目を当てられた」
誰も、その選択を責めなかった。
第二試合で何が起きたかは、五人とも覚えている。
同じように剣を重ねれば、また両手を塞がれる。だから変えた。
画面を戻す。
変えたことで生まれた間へ、敵が入ってくる。
「……これ、見てから?」
射手が聞いた。
二刀役はすぐに答えなかった。
椅子に座ったまま、右手を少し引いた。
第二試合では、盾へ両方の剣を重ねてしまった。どちらかを動かそうとしても、もう片方の邪魔になる。
今度は違った。
右は自由だった。相手が左の剣へ触れたあと、盾を押し出す瞬間に突けばよかった。
「最初は当たったんだ」
二刀役が言った。
「肩。俺の右が」
槌役が交戦の頭へ戻す。
そこでは確かに、英雄王が損傷表示とともに一歩下がっていた。
二刀役は画面を見つめた。自分の選択が間違っていたわけではない。それを確かめて少し楽になり、続けて再生された動きに、口を結んだ。
次には、右を待たれた。
振らなければ、伸びてくる槍へ対応しなければならない。
振れば、その腕の外へ入られる。
「肩を切ったあと、もう一回同じように来ると思ってた」
「来なかった」
「ああ」
二刀役は自分の右手を膝へ戻した。
「最初の一回で、残した方を見られたのかもしれない」
断言する声ではなかった。
けれど、別の説明を出す者もいなかった。
知っていた対策を避けたのなら、最初から肩は切られない。
切られたあとで変えたのだとすれば、次にこちらが変えるまでの間に、もう届いている。
「次は先に右を振るか」
長槍役が言った。
二刀役は頷きかけ、止めた。
「それもやる。でも、それだけ覚えて入るのは、やめる」
画面の中で、英雄王の槍が二刀役の脇腹へ入った。
二撃目を防ごうと左の剣を引く。その手は正しかったはずだ。引かなければ、そのまま胸へ来た。
引いたところで、敵の盾が右腕へ触れた。
逃げようとする足が止まり、次の槍が左腕の下へ通る。
二刀役は映像を止めなかった。
自分が消えるまで見た。
消えた直後、救援へ踏み出そうとした長槍役へ、既に穂先が向いていた。
槌役は第二試合の記録を開き、同じ相手との交戦へ移した。
英雄王の槍が伸びる。引かれる。盾が射線を塞ぐ。
このときも速かった。
倒すまでに三人を失った。最後の一撃へ入る際、自分の槌が間に合わなければ、小盾役も倒されていた。
それでも、この映像には次の攻撃を入れられる瞬間がある。
ほんの短く、足が置き直される。
第三試合では、その足で既に次の相手へ向かっていた。
小盾役が、自分の膝の上で手を握った。
「前で三人使えば、今度も止められるって思ってた」
槌役は二つの映像を見比べた。
試合の間に、長い時間があったわけではない。
「俺も」
そう答えてから、再生速度を落とした。
第二試合の最後まで進めると、射手が小さく息を吐いた。
自分が消える直前に放った矢が、英雄王の脚へ届くところだった。
「これ、当たってなかったら?」
槌役は答えなかった。
当たった脚へ自分の槌が入る。その間に小盾役が詰める。それでも小盾役は腹を刺され、二人でようやく相手を止めている。
映像の中の小盾役が、立ち上がろうとして一度膝をついた。
自分が腕を伸ばし、引き上げる。
「どっちか、落ちてたと思う」
小盾役が言った。
「俺は、もう一回刺されたら終わりだった」
槌役は頷いた。
勝ったあとだから見ないで済ませたところを、第三試合の敗北に引き戻された。
この時点で、余裕はなかった。
長槍役が身を乗り出す。
「こっちと同じ向きの場面、三戦目にある?」
槌役は記録を切り替えた。
角度を揃え、槍を戻すところを並べる。
武器の長さは変わっていない。盾も同じだった。
だが、足を置き直していた場所に、今度は敵がいない。
「俺、ここで一回引けると思った」
長槍役が指したのは、自分が柱を背にする直前だった。
英雄王は槍を引きながら進んでいる。長槍役が柄を戻し切ったときには、もう胸の前へ盾が届いていた。
「速くなった、だけじゃないな」
男は画面へ近づいた。
「俺が次を出せる前に、構えが終わってる」
槌役は、最後に自分へ向けられた穂先を思い出した。
味方が倒れた。だから、その直後を叩こうとした。
振りかぶる前に、手元へ穂先が来た。
死角から殴り込まれたときとは違う。
目の前にいる。武器も見えている。
それなのに、自分が動き出せる瞬間が、見つからなかった。




