048_四人で一位まで
長槍の男は、突いたあとの一歩を大きくしていた。
戻す腕を狙われる前に、身体ごと間合いを離す。槌の男がその横を埋め、哲史が追う場所へ武器を振れるようにしている。
哲史が足を止めると、長槍はまた伸びた。
逃げているだけではない。
哲史を中央へ残し、後ろの射手が働ける時間を作っていた。
西から小盾の男の退場表示が出たときも、二人は崩れなかった。槌が斜め前へ出て、長槍がその後ろへ入る。長い武器の間隔を入れ替え、哲史を西へ向かせない。
哲史は槌の先を見ながら、背後の足音を聞いた。
奈緒たちは動いている。
追ってくる足音はない。
槌が横へ動いた。打つためではなく、哲史の盾を押して通路の縁へ寄せる動きだった。
哲史は柄へ槍を当てた。
男の両腕に力が入る。その後ろから長槍が伸びた。
哲史は槍で槌を受けたまま、盾の下端を上げた。
長槍の穂先が盾を削り、脇腹へ浅く入る。
損傷表示。
哲史は身体を外へ向け、二人の間から一歩離れた。
――二人とも、こっちは見てる。
肩と脇腹に傷がある。押し合えば、武器の重さも二人ぶんだった。
けれど、右の柱の横が見える。
通路の中央より、長槍が引く場所は狭い。槌が回り込むには、柱を越えなければならない。
哲史は右へ槍先を振った。
長槍の男がそちらを警戒し、右側へずれる。哲史を通路の外へ出さないため、柱の手前を取った。
哲史はさらに右へ行くように、腰を向けた。
槌の男が先回りする。
その足が柱の向こうへ入ったとき、哲史は左へ出た。
長槍だけが前に残る。
男はすぐに突いた。近づくための一歩を狙った、低い一撃だった。
哲史は足を引かなかった。
盾を低く当て、穂先を床へ送る。その上を跨ぐ。
――引くなら、後ろ。
男の後ろ足が動く。
哲史も一歩。
槍を戻す男の肘が柱へ近づく。男は身体を横へ開いて、肘の場所を空けた。
そこに胸があった。
哲史の穂先が届く。
男は柄で受けようとしたが、長い武器を横へ回すには柱が近すぎた。片手を離して、短く持ち直す。
その手が戻る前に、哲史は盾を肩へ当てた。
胸の傷へもう一度、槍が入る。
「戻れ!」
槌の男が柱の外を回りながら叫んだ。
長槍の男は、戻れなかった。
哲史が前にいる。後ろには柱。武器を放して横へ出ようとしたところを、短い刺突で止められた。
九つ目の撃破表示が開いた。
哲史は穂先を引きながら、槌の方へ身体を向けた。
足を揃えて止まり、そこから構え直す必要がなかった。
抜いた槍は、もう次の相手の胸を向いている。
前腕の傷が熱い。呼吸も深くなっていた。
それなのに、慌てる感じがない。
――ここで待てる。
男が槌を持ち上げようとする。
哲史は手元へ穂先を向けた。
振りかぶれば、その前に当たる。
男は大きく上げるのをやめ、槌を腰へ寄せた。
「弓、落とした。腕、当たったけど射てる」
律の報告が届いた。
哲史には、声の方向が分かった。
左後ろ。遠くない。
奈緒の返事も聞こえた。千景の足音が続く。
哲史は振り返らなかった。
槌の男が、先にそちらを見た。
西の床に律の弓があり、階段の手前に千景の小盾がある。奈緒はその内側で、男の動きを見ていた。
男は味方の表示へ目を走らせた。
残っているのは、自分だけだった。
◇
槌の男は北へ下がった。
背後の柱を使えば、四人を同時に相手にせずに済む。弓の射線を切り、先に来た英雄王をもう一度止める。
前の試合では、味方の最後の矢が当たった脚を打った。
今は、その矢が来ない。
男は哲史の脚を見る。
傷がない。
上半身にはいくつも表示が出ているのに、踏み替える足は一度も止まらなかった。
柱の横へ回る。
哲史は追いかけず、半歩だけ外へ開いた。
槍先が、柱を回った先にある。
男は足を止めた。
右から出ても、届く。
反対へ回れば西の弓に見える。
槌を身体の前へ立て、男は正面へ踏み込んだ。
柄で槍を弾く。勢いをつけて振れば手を狙われるなら、近づいてから短く打つ。
哲史の槍が外へ流れた。
男は盾の下へ槌を送った。
哲史の身体が横へずれる。
槌の頭が盾を掠め、男の前を通り過ぎた。
かわした距離が小さい。
次を振れる間がない。
男は柄を引きつけた。哲史へ肘を当て、盾ごと押し返そうとする。
哲史は肩を入れた。
肘が胸に触れる前に、腕の内側へ身体が収まる。
男は息を呑んだ。
また近い。
さっきまで一歩外にいた相手が、武器を戻すたびに身体のそばへ来る。
槌を引く腕へ槍が触れた。
前腕に損傷表示が開く。
男は手を離さず、哲史の足へ石突を落とした。
哲史の右足が、男の踵の外へ移った。
重い武器が空振りし、男の腰が下がる。
哲史は、その下がった肩へ盾を添えた。
男の背中が柱に触れた。
片足を引き、横へ抜けようとする。
槍がそこへ来る。
男は槌の柄で受けた。木と金属が擦れ、穂先が胸の手前で止まる。
受けられた。
そう思った瞬間、哲史の右手が前へ滑った。
穂先を押す力が消える。
男の柄が外へ動き、胸の前が開いた。
哲史はもう一歩、左足を置いた。
――ここまで来れば。
盾の重さが、男を柱へ残す。
槍を短く持つ右手に、柄の節が触れる。そこがちょうどよかった。
腕を伸ばし切らずに、穂先が届く。
男が最後に槌を引いた。
哲史はその手を見ていた。手首へ盾を寄せ、柄を引く方向を塞ぐ。
一撃。
男の胸に表示が開く。
哲史は呼吸を吐き、槍を戻した。
男は柱から身体を剥がそうとした。その足が動く前に、二撃目が入った。
青い格子が走った。
男の目が、哲史の顔へ上がる。
最後まで、そちらは息を乱して飛び込んでこなかった。
自分が逃げる側へ、先にいた。
槌が身体と一緒に消える。
哲史は槍を引き、次の方へ顔を向けかけた。
勝利の表示が出た。
足が止まった。
◇
槍の重さが、急に手へ戻ってきた。
哲史は穂先を下げた。
盾を持つ肩が痛い。呼吸が喉を通る音も、よく聞こえる。
屋根の下へ落ちる雨垂れが、ひとつ床を叩いた。
こんな音がしていたのか、と思った。
「哲史」
奈緒が呼んだ。
振り返る。
三人とも、そこにいた。
千景は階段の手前で、小盾を下ろしかけていた。律は弓を構えたまま表示を見ている。奈緒は二人の間で、味方の名前を順に確かめていた。
四つとも残っている。
自分の名前もあった。
奈緒が口を開き、何も言わずに一度息を吸った。
それから、哲史の方へ歩いてきた。
「取れたね」
「うん」
哲史は答えた。
奈緒の顔が、ようやく笑った。
その笑顔を見てから、一位になったのだと分かった。
千景が小盾を下ろす。
「終わったんですね」
誰に確かめるでもなく言い、傷めた脚から少しだけ重さを抜いた。奈緒が手を伸ばすと、千景はその手を借りて中央の通路へ上がった。
律も西の階段を上がってくる。
弓を持つ腕に表示が残っていたが、口元は緩んでいた。
「四人、いる」
律が言った。
奈緒が大きく頷く。
「うん。みんないる」
哲史は槍を持っていない左手を上げかけた。盾がまだついていて、途中で止まる。
それを見た奈緒が笑った。
律も、少し声を出して笑った。
哲史は盾を下ろし、右手で槍を立てたまま笑い返した。
もう次の相手を探さなくてよかった。
◇
待機室へ戻っても、奈緒はしばらく一位の表示を閉じなかった。
十四撃破。
哲史に十。千景に二。律に二。
奈緒は三人の欄を見てから、自分の零を見た。
西へ渡ると伝えたとき、哲史が前へ出て射線を切ってくれた。千景が小盾を引き外す一動作も、指先に感覚が残っている。
どこで自分が動いたかを、今度は一つずつ思い出せた。
「鉤、ちゃんと掛かりました」
千景が言った。
「最初に外されたので、同じように返されると思っていました。あそこで向きを合わせてもらえたのは、助かりました」
奈緒は頷いた。
「千景がもう一度出してくれたから。私だけじゃ、あの瞬間を選べなかった」
律は椅子に座り、弓を持っていた手を開いていた。
「戻る途中に千景がいた」
「はい。今度は間に合いました」
「うん。だから、弓を見続けられた」
哲史は三人の会話を聞きながら、右手の指を軽く曲げた。
槍の感触はもうない。
さっきは、握りを変えようと考える前に手が滑っていた。引いた足で身体を返すと、次の突きが出た。
どうすれば同じように動けるのか、説明しようとすると途切れた。
最後に何人倒したかさえ、表示を見てから数え直した。
「哲史、さっき何か違った?」
奈緒に聞かれ、顔を上げる。
「分かる?」
「うん。槍を戻してるのに、止まってなかった」
哲史は少し考えた。
「最初の試合は、武器を持ったまま次の動きをするのが、少し遠かったんだと思う」
「遠い?」
「ここへ行きたいって思ってから、盾をどけたり、足を置き直したりしてた。さっきは、それがもう終わってた」
哲史は空いた掌を見た。
「見たところへ、そのまま動けた感じ」
奈緒は頷いたが、すぐには次を聞かなかった。
哲史自身、まだ言葉を探していた。
「周りも、よく見えた。相手を追ってるのに、その後ろで誰が動いたか分かった。……ずっとじゃないけど」
「最後は?」
「聞こえてた。律も千景も。奈緒がどっちにいるかも分かった」
哲史が三人を見る。
「振り返らなくてよかった」
奈緒は、中央の通路を横切ったときの哲史の背中を思い出した。
本人に全部見えていたわけではない。自分たちの声を聞き、そこを任せて前を向いていた。
それで、あんなふうに動ける。
奈緒は胸の中に残る熱を確かめるように、手を握った。
勝てた。
次も一緒にあの動きを見たいと思った。
三試合の記録が並んだ。
第一試合、六位、四撃破。
第二試合、二位、十二撃破。
第三試合、一位、十四撃破。
チームの撃破数は合計三十。そのうち二十三が哲史だった。
奈緒は総合結果へ進む前に、第三試合の欄をもう一度開いた。
四人の名前と、生存の表示が並んでいる。
「これ、残しておこう」
奈緒が言った。
千景が頷き、律が椅子を寄せる。
哲史も二人の肩越しに、同じ画面を覗き込んだ。




