047_今度は離れない
右の剣が槍先を払った。
哲史は盾を左の剣へ向けた。
来なかった。
右の剣が、払ったところから返ってくる。
肩に衝撃が入った。損傷表示が開き、哲史は一歩下がる。
二刀の男は追わず、右を下げた。左の切っ先だけが前を向いている。
右、左ではない。
哲史が槍を出すと、今度は左が触れた。右は動かない。盾で押さえようとすれば、空いている剣が反対から来る。
男の背後では、長槍が哲史の足元を狙っていた。槌は盾を持つ側へ回っている。
間に入るには、三人のうち誰かを動かさなければならない。
哲史は中央の柱へ寄った。
男がその反対側へ回る。柱を盾代わりにされないよう、進む先を塞いだ。
「律、弓は?」
奈緒の声が聞こえる。
「北の柱から中央へ移った。こっちを狙ってる」
律のいる西の床で、矢が長椅子へ刺さった。
小盾の男が中央を渡る。東から西へ。律を南へ追い出し、射手がその先を狙う。
前の試合で、三人を倒した動きだった。
「千景、西へ。南の階段から渡る」
「はい。律さん、長椅子の南へ寄ってください」
奈緒と千景が東の階段を上がった。
哲史の後ろを横切るには、北の射手から見える中央を通る必要がある。
「いま渡る」
奈緒が言った。
哲史は二刀の男へ槍を突いた。
男が右で払う。
哲史はそこで止めず、盾を前へ運んだ。左の剣が盾の縁を叩く。胸へ引きつけて受け、そのまま半歩、北へ押した。
男の背中が射手との間に入る。
千景が奈緒を連れて中央を渡った。
槌の男が前へ出る。
哲史は盾を引き、槍を槌の前の手へ伸ばした。男は武器を横へ立てて受け、前進を止めた。
「西へ下りました」
千景の声。
小盾の男は西の床を走り、長椅子の南へ回った。
その先に、千景がいた。
男の盾が急に上がる。
鉤剣が縁を叩き、男は横へずれた。律を追っていた剣が千景へ向き直る。
律は長椅子を越えて逃げ続けず、一本北の柱へ弓を向けた。
射手が、律から千景へ照準を移した。
その動きを、哲史は二刀の男の肩越しに見た。
奈緒たちは、西へ着いた。
長槍の男がそちらへ顔を振る。
哲史は右へ足を置いた。
二刀の男が左の剣を出した。哲史の槍へ触れ、下へ流す。
右は残っている。
哲史はその右手へ、盾の上端を見せた。
男の肘が引かれる。
右の剣を盾へ重ねる気はない。自分が左を振ったあとに、そこへ出すつもりだ。
――待ってるのか。
哲史は槍を引かず、柄を手の中で少し送った。
長くなる穂先を見て、男の左肩が開いた。
右の剣が、まだ来ない。
なら、その前へ入れる。
足を出す。
踏み込んでから盾を追いつかせようとしなくても、盾はもう身体の横にあった。
その感覚が戻った。
肘を引く。足を置く。槍を返す。
ひとつずつ命じていた動きが、同じ息の中で終わる。
――間に合う。
男が右の剣を突き出す。
哲史は盾で止めなかった。切っ先の外へ胸をずらし、盾の縁を男の前腕へ滑らせる。
左の剣が戻る。
その軌道の内側へ、右肩を入れる。
怖くないわけではなかった。
肩を切られた感触は残っている。少しでも足を余らせれば、今度は胸へ入る。
けれど、余らない。
頭に浮かんだ位置へ、靴底が着く。
男の胸が近づいた。
近すぎると感じる前に、槍の持ち方が変わっていた。
穂先が脇腹へ入り、すぐに戻る。
男は左の剣を自分の胸へ引きつけ、哲史を押し返した。身体を開けば二撃目が来ると分かっている。
哲史の盾が男の右腕へ触れた。
引いた剣へ、もう片方を重ねさせるつもりはなかった。
ただ、右へ逃げる一歩を止める。
男が左足を引く。
そこへついていくと、槍を引く動きのまま自分の腰も回った。
――まだ先がある。
次の突きが、男の左腕の下へ通る。
男は息を詰め、哲史の手首へ剣を落とした。穂先を抜かせないための攻撃だった。
哲史は肘を畳んだ。
剣が盾を削り、その下から槍が返る。
青い格子が男の顔へ走った。
哲史は、その向こうにいる長槍を見ていた。
長槍の男は、救援のために前へ足を置きかけている。
穂先を向けると、その足が止まった。
「……右を残したんだぞ」
二刀の男の声が、格子の向こうで消えた。
哲史は八つ目の表示を見なかった。
長槍の後ろで、槌の男が息を吸い直していた。
◇
西の床では、千景と小盾の男が長椅子の端を挟んでいた。
男は律を追うのをやめ、千景を押し込もうとしている。柱の内側に奈緒がいると分かれば、そこへ剣を届かせる道も見える。
千景が盾を上げる。
男は小盾をぶつけず、その下から膝へ剣を伸ばした。
千景の足に損傷表示が開いた。後ろへ引くが、そこには奈緒がいる。
奈緒は柱へ身体を寄せた。
「千景、左へ下がれる」
千景が半歩左へ動く。
男は追った。剣を引き、今度は奈緒へ切っ先を向ける。
鉤剣が小盾の縁へ掛かった。
男は盾を斜めに返した。鉤を滑らせ、千景の腕を外へ流す。
千景は腕を戻した。
男の小盾が胸の前へ戻る。その瞬間、縁がわずかに浮く。
「次の鉤、返す向きだけ合わせる」
奈緒は千景の手元へ意識を絞った。
剣を出す時刻は千景が決める。
掛かった鉤を返す一動作、その角度だけを深くする。
千景の刃が再び小盾へ伸びた。
男は先ほどと同じように盾を返そうとして、止まった。
鉤が外れない。
盾の縁を深く捉えた千景が、男の左腕を長椅子の側へ引いた。
剣の男は、武器を持つ右手で千景の腕を狙った。
千景の小盾が受ける。
男の右肩へ、律の矢が当たった。
男は声を上げ、肩を引いた。盾を捨てて北へ逃げれば、長椅子の反対側からまた戦える。
その道へ、律が次の矢を向けていた。
男は北へ出ず、千景へ剣を返す。
千景は鉤を外し、小盾で刃を受けた。
痛めた脚に体重が乗り、奈緒の目には足が揺れて見えた。それでも千景は剣を振り急がず、男の傷のある肩が戻り切らないところへ刃を送った。
一撃目で男が長椅子へ膝をつく。
二撃目を避けようとした顔の前へ、千景の小盾が出た。
男が退場した。
千景の撃破欄が二になる。
奈緒は息を吐いた。
そのすぐ横で、律が北へ動いた。
「次の柱へ行く。弓を見る」
「こっちは千景と動く」
奈緒が返した。
律は一人だけ遠くへ離れなかった。西の床を柱一本ぶん進み、中央側の端から弓を構えた。
敵の射手は、北の通路にいた。
小盾の男を助けるために、律と千景の両方が見える位置へ出ている。小盾が退場したあとも、狙いを千景へ残した。
脚を傷めた盾役を落とせば、奈緒まで射線が通る。
千景は柱の間へ出た。奈緒を次の柱へ通すため、小盾を北へ向ける。
射手が弦を引いた。
律の矢が先に飛んだ。
男は顔を引き、柱へ戻ろうとした。矢が上腕を掠め、弓の向きがずれる。
それでも放った。
千景の小盾へ当たる。
奈緒はその後ろを走り、次の柱へ入った。
射手が律へ向き直る。
律は柱の陰へ戻らず、しゃがんで二射目を放った。
男の腿に矢が入る。
膝が折れ、柱へ寄る足が遅れた。
男は低い床へ降りて姿を消そうとしたが、通路の縁へ手を掛けたとき、律は既に射る位置を変えていた。
柱を半歩回り、その胸を捉える。
射手が最後に返した矢が、律の上腕へ刺さった。
律は弓を落とさなかった。
三射目が届く。
男の身体が青い格子へ変わった。
律は柱へ背を当てた。
「弓、落とした。腕、当たったけど射てる」
奈緒は目の前の律を見た。
前の試合と違って、手を伸ばせば届きそうなところにいた。
「分かった。そこで中央を見て」
奈緒は千景と一緒に通路へ顔を向けた。
哲史が、長槍と槌を北へ押していた。




