044_あと三人
次の相手は、倉庫の間の広い道にいた。
最初に見えたのは二人だった。片方が片手剣、もう片方が両手持ちの斧。道の向こうにある荷車の陰で、こちらの進路を見ていた。
律は壁から顔を戻した。
「正面に二人。左の上にも弓。右の路地から、もう一人来る」
「左の上は、どこ?」
「倉庫の外階段。踊り場」
奈緒は壁沿いに目を動かす。階段を上がる扉まで、射手の足が見えた。その下には、小盾を持つ別の男がいた。
五人。
正面を止め、右から押し、上から射る。
北へ通るには、荷車の前を越えなければならない。
「右は私が見ます」
千景が奈緒の前へ出た。
律は左の階段へ弓を向ける。哲史は正面の二人を見た。
剣の男が先に動いた。斧はその半歩後ろ。剣を受けた腕へ、斧を落とす間隔だった。
哲史は剣を受けなかった。
切っ先の前へ槍を伸ばす。剣の男が足を止め、槍を払う。そこで斧が前へ出た。
哲史はもう一歩下がる。
斧が届かない。
二人は並びかけた足を戻し、また半歩の差を作った。
その動きを、哲史は見ていた。
剣が来る。
哲史は盾を出した。今度は受けると見せ、刃が触れる直前に盾を傾けた。
剣が滑る。
男の腕が外へ流れ、後ろにいた斧の男の前を塞いだ。
哲史は二人の間へ踏み込んだ。
槍は短い。剣を戻す男の肘の下へ、穂先が入った。脇の表示が開く間に、盾が顎の下を押す。
男は首を引いて倒れまいとした。
足が前に残った。
哲史はその足の外へ自分の靴を置き、肩から押した。男が斧の側へ傾く。振り上げていた斧が、味方を避けて止まった。
槍の二撃目が、剣の男を退場させた。
斧の男は、格子が消える前に下がった。
援護の間隔が短すぎた。
両手を離して柄を長く持ち、哲史が近づく前に刃を横へ振る。今度は味方が邪魔になる距離に入らない。
哲史の盾が刃を受けた。
衝撃で上腕に損傷表示が開く。斧の男が目を細め、二度目を返そうとする。
哲史は、刃を盾で押した。
男が引く方向へ押した。
思ったより速く斧が戻る。柄が腹へ近づき、男の肘が折れた。
哲史の槍が前の手を突いた。
斧が落ちかける。男は片手を放して後ろへ跳び、腰の短い刃へ手を伸ばした。
哲史は追いついていた。
男の腰が回るより先に、盾を胸へ当てる。壁へ押しつけず、その手前で止めて穂先を入れた。
男は刃を抜けないまま、格子に包まれた。
「前、二人落ちた。離れろ!」
階段の射手が叫んだ。
右の路地にいた男が、千景へ向けた武器を引く。階段下の小盾も、北へ退き始めた。
射手だけが踊り場に残った。哲史を射てば、二人が下がる時間を作れる。
弓を引き、階段の手すりから身体を出す。
律の矢が、胸の端を捉えた。
射手は扉へ戻ろうとした。傷は浅い。手すりへ身を沈めれば、次は射られずに済む。
律が二射目を放った。
射手はしゃがんだ。
それを見た律は、追い射ちのためにその場へ留まらなかった。外階段の下へ斜めに走り、手すりの隙間を下から見た。
上で敵が顔を出す。
さっきの壁際に、律はいなかった。
「下!」
小盾の男の声は間に合わなかった。
律の三射目が、胸の傷へ重なった。射手が倒れ、青い格子が手すりにかかる。
階段下の男は、小盾を律へ向けた。
右から逃げた仲間は既に倉庫の角を曲がっていた。自分もそちらへ走るか、北の荷車を越えるか。
哲史が北側へ回り込んでいた。
男は小盾を戻した。律の矢が右肩を掠める。走るには、二人のどちらかへ背中を向けなければならない。
男は哲史を選んだ。
剣を低く構え、小盾で槍を受けて抜けようとする。
哲史が槍を突く。
男は小盾を外へ返した。
穂先が、盾に当たる前に止まった。
返した盾の内側へ、哲史の盾が重なる。男の左腕が自分の胸へ押しつけられた。
剣を出す。
哲史は剣の側へ半身になった。切っ先を脇へ通し、その腕の外から槍を短く突き込む。
男は二撃目を受ける前に武器を捨て、荷車の下へ潜ろうとした。
哲史は荷車を回らず、片膝をついた。
車輪の間から穂先が届く。
男の身体が青くほどけた。
「一人、東へ逃げた」
律が言った。
「追わない。北へ」
奈緒は地図を閉じた。新しい安全圏は北寄りだ。さっきまで敵がいた荷車の前を、今なら通れる。
哲史は槍を引き、立ち上がった。
奈緒の横へ戻ると、盾を持つ腕を一度だけ伸ばした。上腕に斧の損傷が残っている。
「さっき、受けた?」
「うん。二人とも、引くときに後ろ足が揃うから」
哲史は斧の男がいた場所を見た。
「遠くへ下がられる前に触りたかった」
奈緒もそこを見た。
一度目に二人の攻撃を空振りさせたのは、当たらない距離を測っただけではなかった。武器を戻す腕と、組み直す足まで見ていた。
自分が次の指示を考えている間に、哲史の中ではもう相手の崩し方が変わっている。
「次は、私が受けるところまで言えたらいいのに」
奈緒は小さく言った。
哲史が首を振る。
「北へ行くって言ってくれたから、あいつの前へ回れた。俺、後ろの道は見てなかった」
千景が北の角で止まり、奈緒を呼んだ。
律の表示は二。千景は一。哲史は六。
奈緒は数字を見て、それから三人の背中を見た。
まだ四人いる。
そのまま、次へ行ける。
◇
倉庫の北で、四人は一度足を止めた。
律が細い路地を見に行き、その間に千景が奈緒の足元を確かめた。走ってきた段差で脚を打っていたが、損傷表示は出ていなかった。
遠くで退場表示が続く。
残りは五チームになっていた。
次の安全圏が、駅北側の広場を含んでいた。四人は広場の南へ回る。途中、屋根の向こうで射撃が交わされていたが、近寄らなかった。
律が確認した壁と柱をつなぎ、奈緒が止まる場所を決める。
広場へ着いたとき、残りは三チームだった。
南には低い花壇と柱の列。北には待合所だったらしい屋根があり、東西に支柱が並ぶ。中央を横断する道は広く、遮蔽物はベンチと案内板だけだった。
北東の屋根の下で、誰かが退いていた。
追う剣が走る。
最後の一人が格子になり、残存表示が二へ変わった。
追っていた男は走るのをやめた。
両手に一本ずつ、剣を持っている。
奈緒は、男が止まった足元を見た。追撃の最後まで身体が伸び切っていない。獲物を倒した直後に、次の敵へ向き直れる姿勢でいた。
その横に長槍。西の柱には弓。東には小盾と剣を持つ男、そして両手の槌を下げた男がいる。
「五人。全員、見えてる」
律が低く言った。
向こうもこちらを見ていた。
「南の柱を使う。律は西、千景は私と東。哲史、中央」
奈緒は指を動かした。
ここを勝てば、一位になる。
哲史が槍を持ち直し、柱の前へ出た。
◇
二本の剣は、同時には来なかった。
右の切っ先が槍へ触れ、左が盾の下へ入る。哲史が下がれば右の剣が戻り、その後ろから長槍が伸びる。
哲史は最初の三歩を退いた。
剣の男は追いすぎない。長槍との間隔を保ち、哲史が柱へ寄るたびに横へずれた。北西の弓へ、正面を空けている。
律の矢が飛んだ。
敵の射手が柱へ戻る。
哲史の後退が止まった。
剣の男は、すぐに足を引いた。攻撃を受け損ねた人間の止まり方ではない。
哲史の穂先が右肩へ伸びる。
右の剣で払う。左の剣は返さず、盾の横へ残す。突きに合わせて踏み込む哲史を、そこで受けるつもりだった。
哲史は踏み込まず、槍を引いた。
男の右腕が外へ動いたところへ、もう一度伸ばす。
男は身体を捻って避けた。二度目は左肩。剣を振っていたら間に合わなかった。
男の頬に、浅い表示が走る。
「槍を止めて」
短い声で、長槍を呼んだ。
長槍が哲史の柄へかぶさる。
哲史は槍を下げ、その押さえを外した。剣の男が左を突き出す。盾で受ければ、長槍が上から戻ってくる。
哲史は盾を立てず、左の剣へ斜めに当てた。
刃が滑る。男は流されまいと肘を引いた。
哲史の盾が、男の左手から右の剣へ渡った。
二本の刃が一瞬、交差する。
そこへ身体ごと入る。
男は剣を開こうとした。哲史の盾がその内側にあって、腕を戻す幅がない。
長槍が来た。
「右上!」
律の声に、哲史の肩が沈む。
穂先が肩を掠め、損傷表示が開いた。
哲史は剣の男の右足を越えた。男も回る。押し込まれる向きに逆らわず、身体をずらして離れる。
その足運びを、哲史が追った。
半歩先に、盾がある。
男の足が止まった。
槍の穂先が、脇から胸へ入る。
男は右の剣を離し、槍の柄を掴んだ。引き抜かせず、左で哲史の腹を狙う。
哲史は槍を押した。
掴んだ腕が曲がり、男の上体が起きる。左の剣が鎧の端を削ったが、深く入らなかった。
哲史の槍が一度引かれ、短く突き直される。
男の身体に青い格子が走った。
長槍の男が突きを止めた。
いま間に入れば、自分も同じ距離へ捕まる。
「槌、こっちへ。剣で受けるな」
東にいた槌の男が向きを変えた。
小盾の男は千景たちを見たまま残り、弓は西へ開く。
哲史は倒した男を見送らず、中央の案内板へ下がった。肩と脇腹に表示が増えている。相手も何もできずに倒れたわけではなかった。
「七」
律が言った。
声の後ろで、弦が鳴った。
敵の弓が律へ狙いを変えていた。
◇
律は西の柱へ戻った。
矢が柱の角へ当たり、破片が頬を打つ。相手は同じ柱から二度続けて射ない。北西の柱と、その横の長椅子を使い分けていた。
律が射撃役を見ている間に、中央では槌と長槍が開いた。
長槍は遠いところから足を狙い、槌は盾が下がる瞬間を待つ。
哲史は二人を一度に追わなかった。案内板を横へ回り、槌だけが見える位置へ入る。
槌の男は振り下ろさず、柄を短く持って横へ打った。
盾に当たれば、案内板へ身体ごと押しつけられる。
哲史は盾を引き、頭を下げた。槌が板の支柱へ当たり、金属音が響く。
哲史の槍が前の手を突いた。
槌の男は柄を離さず、後ろの手で引き戻す。前腕に損傷が出る。それでも、長槍が援護に入るまでの時間は稼いだ。
哲史が長槍へ向き直る。
「東、盾が来ます」
千景の声。
奈緒の前で小盾がぶつかった。敵は千景を倒そうと剣を振り回さず、盾を当てて柱から押し出す。奈緒が反対側へ逃げれば、北西の弓に見える。
千景は鉤剣を盾の縁へ掛け、横へずらした。
敵の剣が腕を掠める。最初の戦闘の損傷に、もう一つ表示が重なった。
「奈緒さん、次の柱へ。私がつきます」
奈緒が東へ動く。千景は敵の盾を引きながら、一緒に下がる。
敵の射手がそちらを向いた。
律は柱から出た。
放った矢が、射手の肩を捉える。
敵の弓がずれ、奈緒を狙った矢は柱へ当たった。
「弓、肩に当てた。次、右へ下がる」
律が報告した。
中央の哲史が動いた。
長槍の男の前へ出る。男は槌を待って下がるが、哲史は相手の退く足へ槍を伸ばした。
長槍が下がる。
その柄へ、哲史の盾が乗った。
男は押し込まれる前に槍を引く。哲史は柄を追って滑らせた盾を持ち上げ、相手の前の肘を跳ね上げた。
胸が開く。
槌が横から来た。
哲史は肩をぶつけるように長槍の男へ寄った。槌の男は振るのを止めず、高さを下げて哲史の膝を狙い直す。
奈緒から、その刃のない塊が見えた。
「右足、引く位置を合わせる!」
哲史が引こうとしていた足。その着地点を、案内板の台座から外へずらす。
踵が引っ掛からず、槌が足先を通り過ぎた。
哲史は左脚一本で身体を支え、長槍の男へ槍を突いた。
肩口から胸へ損傷が走る。男は柄を横にして耐えたが、哲史はその押し返す力に合わせて盾を外した。
男の身体が前へ出る。
短い二撃目が、胸へ重なった。
八つ目。
長槍が格子へ変わる向こうで、槌の男が後ろへ跳んだ。
傷のある腕で、槌を握り直している。
奈緒は息を吸った。
あと三人。
こちらは、まだ四人。
しかし敵の射手は、もう北西の柱にいなかった。




