042_三人でようやく
角盾の男は、剣を握る右手を一度開いた。
手首の損傷表示がまだ残っている。
出口から飛び出してきた男の槍は、盾の前ではなく、自分が剣を出す場所へ来た。あのとき反撃を急いでいたら、手を失っていた。
その男が、今は長槍の内側へ入ろうとしている。
角盾の男は踏み込みかけ、止めた。
槍の穂先だけが、こちらへ戻った。
見ている。
長槍を相手にしながら、剣が届く位置を外している。
「突くな。柄を横にして離せ」
角盾の男は味方へ言った。
「こいつ、入ってくる」
長槍の男が持ち方を変える。穂先で倒すのをやめ、長い柄で哲史との距離を保った。
哲史の足が止まった。
止まったのは、半歩ぶんだけだった。
盾が柄の上へ乗る。哲史は押し下げるのではなく、盾を滑らせて相手の前の手まで近づいた。
長槍の男が指を外した。
その手を槍先が裂く。
男の喉から声が漏れた。長槍が片手になり、先端が地面へ落ちる。
角盾の男は横から剣を入れた。
哲史の肩が沈む。
避けた頭の上を剣が通ると思ったとき、盾の下端が男の膝へ当たっていた。
前の足が折れた。
哲史の槍先が喉へ上がる。
男は角盾を引き戻した。
間に合わない。
硬い衝撃音がした。
左から飛んだ弩の矢が、哲史の脇腹へ当たっていた。槍先が喉を外れ、男の肩を深く削る。
角盾の男は尻から地面へ落ちた。
肩に開いた表示を見ている暇はなかった。哲史が槍を引く。次の一突きが来る。
男は盾を頭まで引き上げて、砂利を蹴った。
穂先が盾を叩き、顔のすぐ横へ抜けた。
「離れろ!」
自分でも驚くほど大きな声になった。
長槍の男が傷のある手で柄を持ち直し、哲史の腰へ押しつけた。突くのでなく、横から押す。角盾の男はその間に立ち上がり、三歩も後ろへ退いた。
「寄るな。二人とも同じ側に立つな」
弩の射手も木箱から降り、左へ移動した。
今までの射点では、哲史が長槍の男を寄せるだけで射線が切れる。もっと外へ開かなければ撃てない。
哲史がその移動を見た。
槍の石突で長い柄を跳ね上げ、押さえを外す。追ってこない角盾には構わず、奈緒たちがいる木箱へ身体を向けた。
走れたのは二歩だった。
長槍が足元へ伸びる。
哲史は踏み越えた。しかし外へ開いた弩の射手が、その着地を狙っていた。
盾を左へ回す。
矢を受けた腕が落ちた。
肩、上腕、脇腹。重なった損傷表示の中で、盾の戻りが明らかに遅くなった。
「哲史!」
木箱から奈緒の声がした。
哲史は顔を向けなかった。
「出るな。南も見ろ」
奈緒の横で、千景が盾を返した。
通路側の敵が鋼材へ進んでいた。千景がここを離れれば、奈緒の背中まで射線が通る。
角盾の男が剣を構え直す。
哲史の左腕はもう高く上がらない。長槍が右を塞ぎ、弩は左から狙える。ここで待っていても、次は盾が間に合わない。
男は盾の裏で息を吐いた。
「足を止めてくれ。俺が入る」
長槍の穂先が低くなる。
哲史は、それを見て前へ出た。
角盾の男の呼吸が止まる。
こちらへ来る。
長槍を避けて退くのでなく、剣を持つ自分へ。
角盾を斜めに構えた。槍を外へ流せば、右の剣が届く。今度は距離を詰めさせない。
哲史の槍先が、盾の外を叩いた。
男は盾を押し返す。
穂先から力が消えた。
哲史が握りを緩め、槍を盾の縁に沿って滑らせていた。狙いが胸から膝へ落ちる。
男は前の足を引いた。
それを待っていたように、哲史の右足が間へ入る。
盾と盾が近づいた。
男は斬るはずだった剣を下げ、押し返すための支えにした。喉を守る位置から、剣が消える。
哲史の穂先が返った。
「止めろ!」
長槍が、哲史の右腿へ入った。
踏み込んだ膝が落ちる。
角盾の男は助かったと思った。
まだだった。
哲史は落ちる膝に逆らわず、身体を捻った。槍の後端を地面へ当て、その反動で穂先を押し上げる。
男は顎を引いた。
首元に損傷表示が開いた。
あと少し引くのが遅ければ、そこを貫かれていた。
左から弩が鳴った。
哲史の胸へ矢が入り、それでも槍を持つ手は緩まなかった。男は盾で柄を挟み、身体ごと押さえつけた。
穂先が首の横にある。
押し込まれる。
足を刺した長槍の男が、武器を引かずに哲史を横へ押した。その分だけ槍の角度がずれた。
角盾の男は剣を突き出した。
哲史の身体に、青い格子が走った。
槍先が止まる。
男はすぐには剣を引けなかった。
格子の向こうで、哲史の目がまだ自分を見ていた。肩でも胸でもない。盾を引き戻すために開いた肘の下を、最後まで見ていた。
身体と武器がほどけた。
男は二歩下がった。
何もいなくなった場所へ、盾を向けたまま。
「落ちたぞ」
長槍の男の声で、ようやく息が入った。
「……表示、見てる」
返した声が掠れた。
首の損傷を確かめる。肩にも手首にも表示がある。三人で出口を押さえ、既に傷のある相手を囲んだ。味方の矢が一発遅れていれば、さっきの転倒で終わっていた。
最後に腿を刺しても、止まらなかった。
「あの槍で、横へ押してくれてなかったら」
男は言いかけ、口を閉じた。
長槍の男も、自分の手に残る損傷表示を見ていた。
「まだ二人いる。左の箱」
弩の射手が告げる。
角盾の男は頷いた。ただし、もう先頭には立たなかった。長槍の穂先と弩の向きを確かめ、二人の間から木箱へ向き直った。
◇
哲史の表示が消えたとき、奈緒は木箱へ手をついていた。
千景の盾が南を向いている。
北からは角盾と長槍が来る。弩は西へ開いたまま、木箱の横を通す位置を探していた。
「北の箱へ移ります。私が先に出ます」
千景が言った。
残っている道は、木箱の列に沿って北へ走ることだった。ここにいれば三方向から角度を取られる。
奈緒は頷いた。
千景が鉤剣を右へ出し、北から来る長槍の先を牽制する。その間に奈緒が次の箱へ走る。
通路側の弓が鳴った。
千景は奈緒の背中へ小盾を向けた。
長槍が前へ出る。
千景は鉤を掛けた。柄を外へ引き、長槍の男を箱へぶつけようとする。
男は踏ん張らず、手を滑らせて武器を長く持ち直した。千景がさらに引くには、奈緒と反対の方向へ身体を開く必要がある。
千景は鉤を外した。
その瞬間、北から角盾が押し込まれた。
脚の損傷表示が揺れる。千景は一歩で止まれず、木箱へ背を当てた。小盾の外から剣が伸びる。
「千景!」
「止まらないでください!」
千景は小盾を突き返し、角盾の男を箱の端へ押した。
奈緒の走る線が、一度だけ空く。
奈緒はそこを通った。
背後で、千景の表示が消えた。
止まれば、千景が空けた道まで失う。
奈緒は次の箱を回ろうとした。だが西へ移った弩の射手は、その箱の端を既に見ていた。
奈緒は身体を引き、矢を箱へ受けさせた。
北側に長槍が回ってくる。
南には角盾。
奈緒は箱の反対側へ回り込んだ。足を止めず、相手の盾と箱が重なる側へ出ようとする。角盾の男は追いかけず、出口を狭めるように横へ動いた。
長槍の穂先が、逃げる先に置かれる。
奈緒の前で、最後の隙間が閉じた。
◇
六位。
四撃破。
結果の表示が出ても、奈緒はしばらく指を動かせなかった。
待機室の椅子に座り直した哲史が、自分の右膝へ手を置いていた。傷はない。二度ほど曲げ伸ばししてから、結果画面へ顔を上げる。
「抜けたと思ったんだけどな」
軽く言おうとして、少しだけ息が混じった。
奈緒は頷けなかった。
相手の肩を削ったところも、最後に首へ届きかけたところも見ていた。あそこまで戦えて、それでも四人は残れなかった。
「私、最後の弩を止められなかった」
律が言った。
左腕を見て、それから手を膝へ戻す。
「出口の先、もう少し見てから戻ればよかった?」
「見てたら、あそこで撃たれてた」
哲史が答えた。
「弩が向いた時点で戻って正解だ。俺も、あの三人がいるのは聞いてた」
千景が結果画面の横に、記録を開いた。
「出口から先を見ましょうか」
「その前。小屋に着いたところから」
奈緒は言い、椅子を寄せた。
四人で小さな画面を覗き込む。
斧の男が車両から出てくる。哲史が角へ下がる。律の矢で射手が引き、千景が男の退く先を塞ぐ。
奈緒はそこで再生を止めた。
「このとき、律に弓を見てもらってた」
「見てもらわないと、俺が撃たれる」
「うん。だからそこは必要だった」
少し進める。
斧の男が離脱し、哲史が壁へ戻る。律も合流する。四人の視線が、車両側へ揃っていた。
「ここからも、同じ相手を見てる」
奈緒が画面を指した。
敵の足音が東へ動く。哲史が盾を見せ、射手が矢を放つ。その間、律は南へ弓を向けたままだった。
「次の円が出てから、出口を見に行ってもらった。でも北で戦ってる音は、その前から聞いてた」
律が少し身を乗り出した。
「斧を倒したあとなら、見に行けた。小屋の角までなら、すぐ」
「その間、南の弓を誰が見るか決めてなかった」
奈緒は自分の声を聞いた。
四人で敵を倒すことはできた。倒したあとも、四人で同じ場所を見続けていた。
律が先に出口を見ていれば、必ず通れたとは限らない。既に敵がいたかもしれないし、別の道へ向かっても撃たれたかもしれない。
それでも、次の円が出るまで何も確かめない必要はなかった。
「俺と千景で南を見てれば、律は動けるな」
哲史が言った。
「奈緒が先に呼んでくれ。俺、あのときは東を回った足音の方を見てた」
千景が頷く。
「見ている相手が変わるとき、こちらからも伝えます。律さんに同じところを見続けてもらわなくて済むように」
律は一度だけ画面を戻した。
哲史が槍を返し、角盾の男が地面へ落ちる場面だった。
「この人、一回目で倒せそうだった」
「左の弩が間に合った」
哲史も画面へ顔を近づける。
「次は起きたあと寄ってこなかった。槍も突かずに押してきた。あれで、戻る方を切られた」
自分が倒れた映像を見ながら、哲史の指が空中で槍の握りを変えた。
奈緒はその手を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
悔しくないわけではない。
哲史は画面が止まっても、指を握ったままだった。
残るチームの戦いが、小さくした観戦画面の中で終わった。
第一試合の結果が揃い、第二試合までの案内が出た。
奈緒は記録を閉じ、律へ向き直った。
「次は、戦っている間に出口も見たい。その間の正面は、私たちで見る」
「見る場所が変わる前に、言う」
律が答える。
「うん。戻ってきてからじゃなくて、向こうで分かったところから教えて」
千景が椅子を引き、哲史も立ち上がった。
六位の表示は、まだ残っていた。
奈緒はそれを消す前にもう一度見た。それから、第二試合の準備を進めた。




