040_戻る場所を変える
短剣役が階段を上がってきた。
律はホームへ出る。
低い長椅子の裏へ屈み、排水溝へ霧を流した。
白い帯が、階段の上から車両の手前まで伸びる。
高架から下りた監視役は、霧の外側に立っていた。
武器先を長椅子へ向ける。
短剣役が階段から出る。
二人は左右へ分かれた。
片方を射れば、もう片方が距離を詰める。
監視役は長椅子の右を見ている。
短剣役は左から回り、律が弓を向けた側と反対へ入ろうとしていた。
合図はない。
高架と下の通路で律を追う間に、二人は互いの速度を合わせていた。
律は霧の揺れと、その外の人影を見る。
右に監視役。
左の霧には、短剣役の足が触れている。
場所は分かる。次に何をするかまでは分からない。
弓を片方へ向ければ、その瞬間にもう片方が動く。
律は長椅子の中央から動かなかった。
倒すために残った場所ではない。
二人をここへ置いておくための場所だった。
律は弓を引いたまま、どちらにも放たなかった。
改札側で撃破表示が開く。
射撃役の名前が消えた。
監視役の視線が、表示へ動く。
短剣役も足を止めた。
二人が同時に東を見る。
律はその瞬間に矢を放った。
狙ったのは監視役の身体ではない。
東へ戻るために通る、階段上の柱だった。
矢が当たる。
監視役は反射的に足を止め、手すりの陰へ入った。
短剣役が片手を上げる。
「戻る。こいつは追うな」
二人は律へ背中を向けず、交互に下がった。
律も追わない。
霧が揺れる場所を見てから、目で二人を確かめる。
「西の二人、戻る。私はホーム側」
「そこにいて」
奈緒が答えた。
◇
長槍役は、哲史へ向き直らなかった。
射撃役の退場を見た瞬間、槍を引いて北西へ走る。
西の二人と合流するつもりだった。
退く判断は正しかった。
射撃役を失った以上、柱列に残れば哲史と千景に挟まれる。西の二人まで戻れば、三対三にできる。律を先に落とせていれば、人数では上回れる。
哲史も同じ数を見ていた。
だから、西の二人が戻る前に止める。
千景の鉤剣が柄から外れる。
すぐには追わない。
奈緒の前へ戻り、長槍役と射線の間へ小盾を置く。
哲史が柱の反対側から回った。
長槍役は二人の位置を見る。
前には哲史。
右には千景と奈緒。
西から仲間が戻る道だけが開いている。
そこへ走れば助かるのではない。
哲史たちも西階段を目指している。
先に角へ着き、長槍の間合いで通路を塞げるかどうかだった。
穂先を哲史へ向け、後ろへ下がる。
「二人とも戻れ。西階段で合流する」
通信へ呼びかけた。
答えはない。
哲史が槍の間合いへ入る。
長槍役は先に突いた。
胸ではなく、前へ出た脚を狙っている。
哲史は盾を下げた。
穂先を外へ流す。
長槍役はすぐに引かず、柄を横へ振った。
盾の側面へ当たる。
哲史の身体が柱へ寄った。
その横を抜けようとする。
千景が動いた。
長槍役は振り返らず、石突を後ろへ突く。
鉤剣へ当たった。
金属音が鳴る。
千景の手が外へ弾かれる。
長槍役は、そのまま走る。
「西、応答しろ!」
走りながら呼ぶ。
返ったのは律の矢が柱へ当たる音だった。
仲間が戻り始めたのか、まだ律と向き合っているのかは分からない。
長槍役は振り返らない。
角を取れば、どちらでも立て直せると判断した。
哲史は盾を柱へ当て、身体を止めた。
槍を短く持つ。
逃げる相手の背中を狙わない。
西へ出る角まで先に走る。
長槍役が角を曲がった。
哲史の盾が前にある。
足が止まる。
後ろから千景が来ていた。
長槍を横へ構える。
二人を同時に近づけないため、通路いっぱいに振る。
哲史は盾で受けた。
衝撃が腕へ入る。
浅い損傷表示が開く。
それでも、盾を下げない。
長槍役は押し切れないと判断し、反対へ柄を返した。
目だけが西階段へ動く。
あと数歩。
そこまで下がれば、上から戻る二人と挟める。
千景の鉤剣が、その石突へ掛かる。
今度は奈緒の補正がない。
千景自身の動きだった。
長槍役が柄を引く。
鉤は外れない。
一度目の動きを見て、千景が深く掛けていた。
哲史が盾を押す。
長槍役の背中が壁へ触れた。
武器を放せば横へ逃げられる。
男の指が開きかける。
哲史の槍が先に伸びた。
肩へ一撃。
男は身体を傾け、避けた側へ出ようとする。
そこには千景がいる。
鉤剣を外した千景が、小盾で出口を塞いだ。
哲史は槍を引く。
二度目の穂先が喉元へ届く。
退場表示が開いた。
男の身体に青い格子が走った。長槍が床へ落ちる前に、身体と一緒に光へ崩れた。
◇
「三人落ちた」
監視役は改札前へ戻り、撃破表示を見た。
盾役。
射撃役。
長槍役。
残っているのは、自分と短剣役だけだった。
短剣役が西階段を見る。
「上に弓がいる」
「下には三人来る」
階段は二人が並べる幅もない。
上には律がいて、下から哲史たちが近づいている。
先に律を倒そうと上がれば、背後を取られる。
下の三人へ向かえば、律の弓を背中に受ける。
監視役は武器を下げた。
「中央は捨てる。東の連絡路へ行く」
「あの弓に誘われた?」
短剣役が聞く。
監視役は首を振った。
「道は合ってた。あいつも、本隊も、最初は改札へ戻るつもりだった」
哲史が通信を入れたあと、律だけが進路を変えた。
偽物の足跡を追ったわけではない。
四人が、途中で合流する場所を変えた。
「次は、離れた一人だけ見ても駄目だ」
監視役は西階段の上と下を順に見た。
「戻す側も見ないと、また分けられる」
短剣役は一度だけ階段を見上げた。
律は長椅子の陰で弓を構えている。
追ってこない。
二人の退路を空けたまま、西階段だけを取っていた。
「行くぞ」
二人は改札前を離れ、東の柱列へ走った。
哲史は追わなかった。
奈緒と千景を西階段へ通す。
自分は最後尾に残り、撤退する二人が戻らないことを確かめる。
安全圏の白い境界が、改札前の柱へ届いた。
哲史も階段を上がる。
◇
奈緒がホームへ出ると、律が長椅子の裏から立ち上がった。
左腕に、薄い損傷表示が残っている。
千景がすぐに近づく。
「腕は動きますか」
「動く。掠っただけ」
律は弓を持ち替え、左手を開いた。
指は全部動いている。
「二人は?」
奈緒が聞く。
「東へ行った。もう階段の下にはいない」
「奥は?」
「車両の手前まで。向こうはまだ」
見た範囲と、まだ見ていない範囲を分けて答えた。
奈緒は一度頷いた。
最後に哲史が階段を上がった。
四人が、北ホームで並ぶ。
敵が見張っていた改札前には、誰も戻らなかった。
律は下の階段を見た。
「戻らなくて、よかった?」
奈緒も改札側を見る。
「戻る場所を変えただけ」
律はホームを見回した。
自分が先に確かめた長椅子。
霧を流した排水溝。
三人が上がってきた階段。
それから、四人が今いる場所。
「ここまで、見えてた」
「うん。だから来られた」
奈緒が答える。
撃破数の表示には、哲史の三が並んでいた。
律、奈緒、千景は零のまま。
それでも三人の誰かが欠けていれば、三つの撃破は一つも成立していない。
哲史が正面を止めたまま待ったこと。
奈緒が射撃役を先に選んだこと。
千景が奈緒の前を離れず、長槍を二度外したこと。
律が戻らず、敵二人を西へ残したこと。
撃破表示には、その順番までは残らない。
四人には分かっていた。
北側で、金属音がした。
古い車両の向こう。
先に安全圏へ入っていた別のチームが動いている。
車両の窓を、一つの影が横切った。
続いて二つ。
哲史は盾を上げた。
「まだ試合は終わってない」
千景が奈緒の前へ入る。
律は霧を車両の手前まで伸ばした。
奈緒は四人の位置を見て、北を示す。
四人は同時に、次の地形へ向いた。




