039_西の二人が戻る前に
律は一人、西の階段へ走った。
短剣を持つ男は追いつこうとしない。通路の壁際を走り、律との間に同じ距離を残している。
高架の上では、監視役の武器先が手すりの隙間を移動していた。
二人とも、まだ撃たない。
律が振り返るたびに柱へ隠れ、前を向けばまた動き出す。
改札側では、長槍役が一段踏み込んだ。
哲史の盾へ穂先を当て、そのまま横へ押す。哲史が西へ寄れば、改札前の柱へ戻される向きだった。
射撃役も柱の間を北へ移る奈緒と千景へ矢を向ける。
「律、戻らなくていい」
哲史は長槍を盾で外しながら言った。
「西の二人を連れて、そのままホームへ行け」
律の足が一度だけ遅くなった。
「分かった」
すぐに速度を戻す。
短剣役も、律に合わせて走り出した。
「千景、奈緒を北へ」
「はい」
千景は小盾を上げたまま、奈緒の前へ入る。
奈緒は律のいる西を見た。
迎えに行けば、律を追っている二人とここにいる二人が改札前で合流する。
敵が待っている形だった。
「律、聞こえてる」
奈緒は西へ走らずに言った。
「そっちは任せる」
「うん」
東から光矢が飛ぶ。
千景の小盾へ当たり、表面を削った。
盾を下げる前に、二射目の照準光が奈緒の脚へ伸びる。
千景は柱の陰へ半歩下がった。
奈緒も同じ方向へ動く。
哲史だけが、その場に残った。
長槍役は、離れていく奈緒たちを追わなかった。
穂先を哲史へ残し、射撃役へ顎を向ける。
射撃役が柱の北側へ移る。
二人の間に、改札三つ分の幅ができた。
哲史が長槍を追えば、射撃役が奈緒を撃つ。射撃役へ向かえば、長槍が横から入る。
大階段で盾役を失っても、残る二人は役割を崩していない。
長槍役が穂先を引く。
次は胸ではなく、哲史の右脚へ来た。
盾を下げれば、その上から射撃役が撃てる。
哲史は脚を引き、槍の柄で穂先を叩いた。
反撃には出ない。
律の報告が来る前に踏み込めば、西の二人まで戻ってくる。
まず四人を、二人と二人に分ける必要があった。
◇
西の階段は、ホームへ向かって二度折れていた。
律は最初の踊り場まで上がり、手すりの隙間から下を見る。
短剣役が角へ着いた。
すぐには入ってこない。
白い霧が階段の下半分に残っている。足を踏み入れれば、律に位置を知られる。
男は腰から細い刃を抜いた。
律が弓を上げる。
投射刃が先に飛んだ。
身体を手すり側へ寄せる。
一本目が胸の前を通り過ぎた。
二本目は、階段の壁に当たって向きを変えた。
律の左腕を掠める。
薄い損傷表示が開いた。
弓を引く腕は動く。
律は男の身体ではなく、前にある手すりの支柱を狙った。
矢が当たり、金属音が階段へ響く。
男は次の刃を投げず、角の外へ退いた。
律は上へ走る。
左腕の表示が、視界の端で一度だけ点滅した。
出血はない。弓を引く動作にも補正は掛かっていない。
それでも、同じ場所へもう一度受ければ腕が止まる。
短剣役を倒そうと踊り場へ残れば、高架の監視役が上から入る。
二人とも倒す必要はなかった。
三人から離しておけばいい。
頭上から足音がした。
監視役が高架通路を渡り、ホーム側へ先回りしている。
霧には触れていない。
律は踊り場の壁へ身を寄せ、高架の手すりを見上げた。
一瞬だけ、武器先が見える。
すぐに消えた。
律は階段を上がり切らず、残り三段で止まった。
ホームの屋根と、低い長椅子。その先に古い車両がある。
車両の向こうは見えない。
安全圏の境界は、改札の南から階段の下へ近づいている。
このまま北へ走れば、二人をさらに引ける。
だが、車両の向こうに別の敵がいれば挟まれる。三人が西階段へ来る前に進みすぎれば、今度は律が合流できない。
ここが、三人から離れすぎず、二人を改札から遠ざけられる最後の場所だった。
下の角から、短剣役の靴先が出た。
上の手すりには、監視役の影が残っている。
「西、二人とも私についてる。短剣が下、高架に一人」
律は車両の方を見た。
「ホームの奥は、まだ見てない」
◇
「東は二人」
奈緒が答えた。
律の報告が来るまで、哲史は長槍役を押し返していなかった。
盾で受け、槍の柄で穂先を外す。前へ出ようとする動きだけを止め、同じ二段を行き来している。
長槍役も無理に踏み込まない。
哲史をここへ留めれば、西の二人が律の戻る場所を見つける。
互いに倒し切らず、時間を使っていた。
射撃役は奈緒たちの柱を変えさせていた。
一射目を柱の左へ。
千景が盾を向ければ、二射目を右の床へ落とす。
命中を急いでいない。奈緒と千景が同じ柱に留まらないよう動かし、哲史から離している。
西の二人が戻れば、四方向から改札前を囲める。
敵の作戦は、まだ成立しかけていた。
それが終わった。
奈緒は射撃役を見る。
「射撃から落とす」
長槍を先に追えば、射撃役が奈緒と千景を柱へ縫い止める。
射撃役を残したままでは、哲史も背中を向けられない。
哲史は西へ一歩下がった。
合流を急いだように見せる。
長槍役の視線が、哲史の肩越しへ動いた。
西階段までの距離を測っている。
哲史がもう一歩退けば、背中を向ける前に届く。
そう判断したときだけ、相手は前へ出る。
「行かせるな」
長槍役が前へ出る。
西の二人が戻るまで、四人を同じ場所へ集めておきたい。
穂先が哲史の盾へ届く。
哲史は受けずに、さらに半歩退いた。
長槍役がもう一段下りる。
射撃役は哲史を狙わなかった。
照準光は奈緒の胸元に残っている。
千景が柱から柱へ動く。
奈緒を背中へ隠し、長槍の横へ近づく。
射撃役は千景の役割を見ていた。
奈緒を直接狙う一射のあと、次を千景の進行先へ置く。
小盾で受ければ足が止まり、避ければ奈緒との間が開く位置だった。
千景は避けなかった。
盾の上端で受け、衝撃に合わせて身体を沈める。
足だけを前へ運ぶ。
盾の表面に三つ目の傷が増えた。
射撃役の口元が固くなる。
止められていないと気づいても、狙いを奈緒から外さない。
千景を倒すために連射すれば、その間に哲史が長槍へ入るからだった。
長槍役は気づいていた。
石突を横へ振る。
千景は鉤剣を出さず、小盾で受けた。
衝突音が鳴る。
腕を押し戻されても、奈緒の前から離れない。
「右へ出ます」
千景が言った。
奈緒は頷いた。
射撃役の指が弦から離れる。
光矢が飛ぶ。
千景は小盾を上げた。
一射目が中央へ当たる。
二射目は、その下を通った。
奈緒の足を狙っている。
千景は盾を下げず、右脚だけを前へ出した。
矢が脛の横を抜ける。
長槍役がその足へ突いた。
千景の鉤剣が動く。
奈緒は、返る刃だけを見た。
鉤が槍の柄へ触れる時刻を選ぶ。
早すぎれば、長槍役は柄を引いて避ける。
遅ければ、穂先が千景の脚へ入る。
奈緒が補正したのは、二人の動きではない。
千景の右手が返る、その一点だけだった。
千景の右手が、その一動作だけわずかに早く届いた。
鉤剣が長槍へ掛かる。
穂先が千景の脚の外へ流れた。
長槍役は両手で柄を引いた。
「下がれ!」
射撃役へ叫ぶ。
哲史は長槍役を突かなかった。
開いた横を抜ける。
長槍役が柄を離せば、すぐ追える。
離さない。
武器を失えば、千景と奈緒の前を止められない。
一瞬の選択で、哲史との間が開いた。
射撃役は柱の陰から出て、北へ走る。
逃げる先にはホームへ上がる中央階段がある。
その手前まで行けば、長槍役と並び直せる。
哲史は追った。
射撃役が振り返りながら矢を放つ。
盾を顔の前へ上げる。
一射が当たる。
哲史は速度を落とさない。
二射目は盾の下へ向いた。
右へ踏み、脚を外す。
射撃役は三射目をつがえず、弓を捨てた。
腰の短剣を抜く。
判断は遅れていない。
柱の狭い側へ身体を入れ、哲史が盾を振れる幅を消す。
短剣を低く持ち、槍の柄へ沿って腕を狙う。
近距離で勝つためではない。
長槍役が追いつくまでの数秒を作る構えだった。
近づかれたあとまで弓へ固執しなかった。
哲史の槍が伸びる。
射撃役は短剣で穂先を払った。
そのまま槍の内側へ入ろうとする。
哲史は槍を引かず、握りを滑らせた。
長く持っていた柄が短くなる。
射撃役の目が、槍から哲史の盾へ移った。
盾が振れないと思っていた。
哲史は面をぶつけず、腕だけを畳んだ。
盾の縁が短剣を持つ手首へ当たる。
手が外へ開いた。
短く持った槍が、胸元へ入る。
損傷表示が重なった。
射撃役の息が詰まる。
それでも短剣を落とさず、哲史の肩へ振る。
刃が防具を掠めた。
浅い表示が開く。
長槍役の足音が近づいている。
射撃役はそれを聞き、もう一歩だけ粘った。
哲史は肩を引かず、盾で相手の身体を柱へ押しつける。
射撃役は後ろへ下がる。
もう一度短剣を上げる前に、穂先が喉元へ届いた。
退場表示。
身体に青い格子が走り、光へ崩れる。
「射撃が落ちた!」
長槍役の声が飛ぶ。
西へ顔を向ける。
戻ってくる仲間は、まだ見えない。




