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FICTA/REWRITE ―打ち切り漫画の英雄王は技名を叫ばない―  作者: Pemo


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038_戻る場所を見ている

 千景が盾の向きを変えた。


 東の射撃役へ正面を残したまま、奈緒と一緒に西へ走る。


 哲史は二人を見なかった。


 盾役の足元へ槍の石突を振る。


 男は大盾を下げた。


 その面へ、哲史は自分の盾をぶつける。


 押し切ろうとはしない。衝突した瞬間に身体を右へずらし、槍の柄を大盾の左縁へ当てた。


 盾役が東へ向き直る。


 長槍も哲史の右を塞ぐため、同じ側へ一段動いた。


 西側が空く。


 奈緒と千景は、改札の柱を越えた。


 保守通路へ入る。


 千景は律の霧を踏まないよう、排水溝から半歩離れた。奈緒もその足跡を追う。


 高架下へ着く前に、東から光が走った。


 射撃役が二人の移動に気づいていた。


 千景は振り返り、小盾を上げる。


 一射目が盾の縁を叩いた。


 二射目の照準は高い。


 奈緒の肩へ向いている。


 千景が右足を止めかける。


 ここで身体ごと向き直れば受けられる。だが、その一歩で保守通路を塞ぐ。奈緒も後ろで止まり、二人はまた哲史が前を開けるのを待つことになる。


 千景は足を進めた。


 奈緒は千景の盾を直さなかった。


 階段の上で、弦が鳴る。


 律の矢が射撃役の前の柱へ当たった。


 石片が散る。


 相手は身を引き、放ちかけた矢を柱の裏へ向けた。光が奈緒の肩から外れ、高架の床を掠める。


「今」


 律が言った。


 千景は奈緒を先に階段へ入れた。


 三人が上がる。


 濡れた段の一つで、千景の踵がわずかに外へ滑った。


 奈緒は、その一歩だけを選んだ。


 着地する位置が、わずかに内側へ補正される。


 千景の足裏が、段の中央へ収まった。


 止まらない。


 千景は高架通路へ出ると、そのまま大階段の裏側へ下り始めた。


 奈緒は階段の上で、初めて正面の配置を裏から見た。


 盾役と長槍役の間は、正面から見たときより広い。長槍が引くための空間だった。


「哲史、槍の後ろが空いてる」


「見えた」


 哲史は相手の穂先ではなく、引かれる柄を見た。


 長槍役が千景へ向き直るには、その空間へ一歩下がる。


 そこへ盾役も退けば、二人は重なる。


 長槍役も、それに気づいた。


 千景と哲史を交互に見て、退く足を一度止める。前へ出れば哲史。後ろへ下がれば千景と段の上でぶつかる。


「盾、東へ抜けろ。俺が後ろを止める」


 声は崩れていなかった。


 盾役が従い、大盾を哲史へ向けたまま身体だけを東へずらす。


 千景へ片手剣を振るためではない。


 二人で同じ側へ退き、射撃役のいる柱列まで戻るつもりだった。


「後ろ!」


 長槍役が叫んだ。


 盾役が肩越しに振り返る。


 哲史の槍が、大盾の縁を下から跳ね上げた。


 男は盾を戻そうとする。千景の鉤剣が、その右手の片手剣へ掛かった。


 長槍役が千景へ向きを変える。


 盾役も東へ退こうとした。


 二人の足が、同じ段へ重なる。


 盾役の目が、足元へ落ちた。


 長槍の石突が自分の踵へ触れている。


 大盾を戻す腕に、初めて力が入った。濡れた取っ手が手袋の中で滑る。


 哲史は前へ出た。


 大盾が下がる前に、穂先が喉元へ届く。


 退場表示が開いた。


 盾役の身体に青い格子が走り、そのまま光へ崩れる。


 哲史の撃破表示が、四人全員の視界に開く。


 律の名前の横に点は増えていない。


 矢は誰にも当たっていない。


 それでも、自分が見つけた階段を三人が通り、その先で一人を倒した。


 画面に残らなくても、その撃破までの道は律が見つけたものだった。


 長槍役は助けようとしなかった。槍を横へ振って千景を近づけず、そのまま東の柱列へ下がる。


「追うな。西を使われた。二人を戻せ!」


 退きながら、まだ見えていない仲間へ呼びかける。


 声は冷静だったが、槍を握る両手はさっきより離れていた。短く持てば哲史に入られる。その記憶が、握りを元へ戻させなかった。


 射撃役も一つ奥の柱へ移った。


 千景は二人を追わず、奈緒のところまで戻った。


「怪我はありませんか」


「ない。千景は?」


「大丈夫です」


 小盾には矢の痕が二つ残っている。鉤剣は、まだ千景の右手にあった。


 前なら、あの西通路を確かめる役も千景だった。


 その場合、射撃役が奈緒へ向きを変えた瞬間に、戻るか進むかを選ばなければならない。


 今日は戻る必要がなかった。


 律が西を見ている間も、千景は奈緒の前にいる。


 哲史も大階段を離れずに済んだ。


 三人の誰かが仕事を増やしたのではない。


 今まで空いていた場所に、四人目が立っていた。


「追わなくていい」


 奈緒が言う。


 哲史は階段の上まで進み、退いた二人と北のホームを見比べた。


 律は保守階段の手すり際に残っていた。


 奈緒たちが自分の横を通ったあとも、すぐには動かなかった。


「律、道、使えた」


 奈緒の声が届く。


 律は一度だけ強く頷いた。


 下げていた弓を持ち直す。


「次も見る」


 声は短かった。


 けれど、昨日の試験で「よかった」と言ったときより早く、もう次の道へ身体が向いていた。


 奈緒は、その背中を呼び止めなかった。


 見つけた道が使われたかを、もう律は確かめ終えている。


 次に必要なのは、四人が先へ進む道だった。


     ◇


 高架通路のさらに上に、一人いた。


 壊れた案内板の裏へ伏せ、保守階段を見下ろしている。


 律が最初の角へ来たときから、監視役はその姿を見ていた。


 手元の投射器なら届く。


 ただし、霧の中へ下りれば足を知られる。ここから撃っても、手すりと階段が邪魔になる。


 監視役は武器を上げなかった。


 律が大階段の裏を見た。


 三人が、その報告を受けて西へ動いた。


 盾役が消えるまで、かかった時間は短かった。


 最初に見つけたとき、監視役は律を一人で離れた射手だと思っていた。


 だが、律は大盾の男の背中へ矢を向けなかった。敵を倒せる位置より、三人が通れる位置を選んだ。


 放置すれば、同じことがもう一度起きる。


 ここで倒しに下りれば、霧に足を触れた瞬間に気づかれる。逃げる律を追っている間も、残る三人は止まらない。


 なら、律自身ではなく、律が戻る先を使う。


 監視役は、東へ退く仲間ではなく、柱列の手前に残った短剣役へ合図を送った。


 二本の指で目を示す。


 次に律を指し、最後に改札前を示した。


 短剣役が頷く。


 正面を守る配置は、もう崩された。


 なら、別の道を見つける一人が、どこへ情報を持ち帰るかを見る。


     ◇


 安全圏の表示が更新された。


 北のホーム跡へ寄っている。


 白い境界線が、改札前広場の南端からゆっくり進み始めた。


 北のホームから、新しい撃破表示が二つ上がる。


 別のチームが先に安全圏へ入っている。


 目の前の二人を倒してから動く時間はなかった。


 東の長槍役も、それを分かっている。


 安全圏へ近い柱を順に取りながら、哲史たちと同じ速さで北へ下がっていた。逃げ切ろうとはせず、こちらが西へ折れれば横から刺せる距離を残している。


「東の二人は、柱列の奥」


 哲史が言う。


 長槍役と射撃役は並んでいない。柱を二本挟み、互いに援護できる距離を保っている。


「正面からホームへ行けば、また止められる」


 奈緒は西側を見る。


「律、次の道を見られる?」


「見る」


 律は保守階段を下りた。


 来た道を途中まで戻り、線路脇へ折れる。排水溝は北へ続いていた。


 霧を細く伸ばす。


 ホームへ上がる階段まで、白い帯が線路脇を這った。


 誰も触れない。


 律は弓を構えたまま、最初の角から先を覗く。


 古い作業灯。


 倒れた柵。


 ホームへ続く短い階段。


 人影はない。


 律はすぐには戻らなかった。


 階段の上を半分だけ見た。ホームの屋根。その奥に、伏せられる低い長椅子。さらに先は、停車した古い車両に隠れている。


 全部を見ようとすれば、あと十数秒かかる。


 安全圏の境界は、もう改札の南半分を白く閉じていた。


 律はそこで確認を切った。


 昨日なら、見えていない場所を残したまま戻ることに迷ったかもしれない。


 今日は、哲史が言った。


 四人が動けるところまででいい。


 ホームの奥は見ていない。


 それでも、四人が階段まで行けることは分かった。


 後ろを振り返る。


 高架下の最初の角まで見える。さっき通った霧が薄く残っているだけだった。


「西の階段、ホームまで空いてる。後ろは最初の角まで見た」


「分かった。そっちへ行く」


 奈緒が返す。


 律は来た道を戻り始めた。


 その頭上を、監視役が移動する。


 霧に触れない高架上。濡れていない中央だけを選び、手すりの内側を歩く。


 短剣役は、律が振り返ったあとで柱の陰から出た。


 霧が薄くなった通路へ入り、白さの残っていない壁側を進む。


 律の報告は正しかった。


 確かめたとき、そこには誰もいなかった。


 短剣役は律を射程へ入れていた。


 腰の投射刃へ手を掛ける。


 監視役が高架の上から、手のひらを下へ向けた。


 待て、という合図だった。


 短剣役は刃を抜かなかった。


 律が改札へ戻るなら、その先に本隊がいる。西の階段へ進むなら、四人は別の場所で合流する。


 一人を傷つけるより、四人が集まる場所を知る方を選んだ。


 律が一度だけ振り返る。


 短剣役は柱へ肩を寄せ、足を止めた。


 追っているようには見せない。


 律がまた前を向くと、二本先の柱まで走る。


 直接追わず、見失わない距離だけを詰めていた。


     ◇


 奈緒と千景が西へ移り始める。


 哲史は二人の少し前に立ち、東の柱列を見ていた。


 長槍役の穂先は、まだこちらを向いている。


 射撃役は柱の間を一つ北へ移った。


 逃げる動きではない。


 二人とも、時間を稼いでいた。


 盾役を倒されたあとも、配置を捨てていない。


 西にいる二人が仕事を終えるまで、哲史たちを同じ場所へ留めようとしている。


 哲史は西の高架へ視線を上げた。


 手すりの間から、武器の先が見える。


 律の歩みに合わせ、ゆっくり動いていた。


 狙っている。


 距離はあるが、撃てない距離ではない。


 武器先が一度、律の胸元で止まる。


 撃たない。


 哲史は一歩だけ西へ動いた。


 監視役の武器も動く。


 律ではなく、哲史の移動先へ先回りした。


 狙いがぶれたのではない。


 律と哲史の間にある場所を見ている。


 次に律が角を曲がると、照準はその身体を追わなかった。


 改札前の柱へ向いた。


 哲史は東を見る。


 長槍役が半歩前へ出ている。


 射撃役も、奈緒ではなく西の柱へ狙いをずらした。


 律が戻る線を見ていた。


 長槍役が哲史の視線に気づく。


 穂先が一度だけ下がった。


 見抜かれた、と顔には出さない。だが、後ろの射撃役へ開いていた左手を閉じ、予定より早く前へ出る。


 包囲を完成させる前に、哲史を動かす必要があると判断した。


「律、戻るな。西の階段を上がれ」


 律の足が止まった。


「でも、奈緒たちは」


「千景、奈緒を北の柱へ動かせ」


 千景は理由を聞かなかった。


 奈緒の前へ入り、高架の北側へ向きを変える。


 奈緒も律を迎えに走らない。


「律、階段まで行って。私たちも動く」


 高架の監視役が片手を上げた。


 東の長槍役と射撃役が、同時に向きを変える。


 西の通路では、短剣役が霧の切れた場所を横切った。


 律が振り返る。


 高架の手すり越しに一人。


 最初の角に、もう一人。


「二人ついてる」


「そのまま西へ行け」


 律は弓を上げた。


 監視役は手すりの内側へ隠れる。短剣役は距離を詰めず、律と並ぶように壁際を走った。


 どちらも、まだ攻撃しない。


「道を見てるんじゃない」


 哲史は、律が戻ろうとしていた改札前を見た。


 奈緒と千景がいた柱へ、東の二人が寄り始める。


「おまえが戻る場所を見てる」


 千景が奈緒を北へ動かす。


 哲史は東の二人へ盾を向けた。


 律は一人、西の階段へ走る。


 四人が二つに分かれたまま、敵の包囲も動き始めた。


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