036_見えない場所を任せる
二回目は、東の道に誰もいなかった。
哲史は走り込まず、南の角から槍を先に出した。
北東の角に盾が見える。
そのさらに後ろから、矢が飛んできた。
哲史が盾で払う。
奈緒は倉庫の南壁へ身を寄せた。千景もその前に残る。
相手は二人を重ねて押してこない。弓に道を狙わせ、こちらが進む分だけ撃つつもりだった。
律は西へ走った。
水槽は同じ場所にある。だが、前回使った角の手前へ木箱が移されていた。
向こうからは、脚だけでも覗ける高さだ。
律は箱へ近寄らず、霧を先に流した。
箱の横で白さが乱れる。
すぐに槍の穂先が飛び出した。
律は水槽の後ろへ屈んだ。
穂先が石の縁を叩く。
「西の水槽、槍が一人。私は隠れてる」
「戻れるか」
哲史から返る。
「戻れる。でも、門をまだ見てない」
槍の男が木箱から出てきた。
水槽のどちらへ律が動くか、先を向けて待っている。
律は逃げなかった。霧を水槽の両脇へ広げ、石の陰で弓へ矢をつがえる。
男が西の外壁側へ回った。
律は反対へずれた。
石の水槽が二人の間にある。見えなくなった男の靴が、霧の中で止まった。
「西はすぐ通れない。門を見るの、少し遅れる」
「分かった。東から進む」
奈緒が答えた。
律は弓を引いた。
水槽の端から半身を出し、見えた男の膝を狙う。
男は足を引いた。
矢が石畳を叩く。律はもう、倉庫側へ走っていた。
男が槍を返すより先に、木箱の陰へ滑り込む。
通路へ白い霧を残した。
男は追いかけ、途中で速度を落とした。さっきの矢が、どこから次に来るか分からない。
律は振り返らず、箱の北側から門を覗いた。
弓の女は東の柱にいる。
門の西半分には、誰もいなかった。
◇
哲史は、飛んでくる矢に合わせて盾を動かしていた。
一射を受けるたびに歩幅を変え、盾役との距離を詰める。
盾役は剣を前へ出さない。
前回より低く腰を落とし、脇を締めている。哲史の盾で視界を隠されないよう、斜めに立っていた。
哲史の槍が、盾の下へ入る。
男は盾を下げず、脚だけを退いた。
そこへ、奈緒と千景が角から出た。
弓の女の視線が動く。
「奈緒さん、私の後ろへ」
千景が小盾を上げた。
矢が当たる。千景は壁から離れず、奈緒の歩幅に合わせて進んだ。
哲史の盾には、次の矢が来ない。
哲史が槍を引き、盾役の剣へ柄を当てた。
男は握りを固める。
哲史は一度だけ、柄を押した。
男の肘が内へ入る。その動きに合わせて、盾を持つ左腕が上がった。
男は顔の前を塞がれると思い、頭を横へ逃がした。
哲史の盾は、そこまで上がらなかった。
下縁が男の剣を押さえる。
空いた上から槍が伸びる。
男は盾を引き上げた。だが、穂先はその上縁を越え、喉元へ迫っていた。
男は顎を上げた。
避け切れないと分かった瞬間、息を呑む音がした。
退場表示が浮かぶ。
「奈緒、東角まで来ていい」
哲史は相手の消えた場所へ立ち、門の弓へ盾を向けた。
奈緒は走った。
千景が横につく。西へ偵察に戻る必要はない。
「奈緒」
律が呼んだ。
「聞こえる。東角へ行くところ」
「門の手前、西の柱に隠れられる。でも、くぐると東の弓に見える。槍は私の後ろ」
奈緒は門へ目を向けた。
弓の女の姿は見える。西の柱の足元は、まだ倉庫の壁に隠れていた。
「律は、その柱まで行ける?」
「行ける。先に西の柱へ行く」
「お願い。弓を押さえたら、みんなでくぐろう」
奈緒は哲史の肩を見た。
哲史はもう、門へ向いている。
「弓を頼む」
「ああ」
哲史が倉庫の角を越えた。
弓の女は、つがえかけた矢を落とした。
腰の短剣を抜きながら、柱を盾にする。
槍が柱の外側へ回った。
女は穂先から離れようと、倉庫側へ退く。そこで哲史の盾が迫り、足が止まった。
前には盾。横には槍。
女は短剣で柄を払った。
哲史が槍を引く。
女は追わずに、門の東へ跳んだ。そこなら柱を挟んで逃げられる。
空いた門の西側へ、奈緒と千景が入った。
律が西の柱の陰から、門の外を覗く。
「この先、外壁まで空いてる」
律が先に門を抜け、奈緒が続く。
千景は門の内側を向いたまま、一歩ずつ下がった。
倉庫の西角から、槍の男が出てくる。
律は矢をつがえた。
狙ったのは身体だった。
男は弓を見て、倉庫の角へ戻る。矢が角を掠め、石を削った。
「哲史、私たちは出た!」
奈緒が呼ぶ。
哲史は槍を引き、盾を弓の女へ向けたまま下がった。
女は短剣を握ったまま追えなかった。
哲史が門を越える。
四人目の通過を知らせる音がした。
残り時間は、十二秒あった。
◇
接続が切れても、律はしばらく椅子に座っていた。
指を開き、弓を握っていた手のひらを見る。
奈緒が声を掛ける前に、律の方から顔を上げた。
「私が言ったとき、もう走ってた?」
「東角へ? うん。門のことを聞きながら走ってた」
律は頷き、もう一度手のひらを見た。
「よかった」
奈緒は隣へ座った。
終わり際の映像を開くと、四人が門を出る順番が映った。
律が先に西の柱へ着く。
奈緒と千景が出る。
最後に哲史。
倉庫の西を確かめている間も、哲史は東で戦っている。千景は奈緒のそばから離れなかった。
「水槽で襲われたとき、呼んでくれて助かりました」
千景が言った。
「私、見に行こうとしていましたから」
「来なくてよかった。あそこ、狭い」
律は西の通路を指した。
「二人だと、弓を引けなくなる」
「では、戻れなくなったら呼んでください」
「うん。そのときはお願い」
奈緒は再生を止めた。
地図には、確かめていない建物の中が白く残っていた。
それでも四人は門を通れた。自分が走っている間に、律はその先へ着いていた。
「一緒にやってほしい」
奈緒は律へ言った。
「試験だけじゃなくて、大会でも」
律はすぐには答えなかった。
哲史を見て、千景を見る。
千景が頷いた。
「よろしくお願いします」
「次の練習、いつなら来られる?」
哲史が聞く。
律の肩から、少し力が抜けた。
「木曜。夜なら」
奈緒は予定表を開いた。
「私、大丈夫。千景は?」
「七時以降でしたら」
「俺もそれでいい」
三人の予定が埋まる。
律は自分の端末を膝から上げた。
「登録、ここでできる?」
「うん。招待を送るね」
奈緒がチームの画面を開く。
募集していた枠へ、瀬尾律の名前を入れた。
律の手元に通知が届く。
内容を最後まで読んでから、指を置いた。
空いていた枠が、一つ埋まる。
「よろしく」
律が言った。
奈緒は笑って、四人になった画面を見せた。
律は端末を少し傾け、自分の画面と並べた。
同じ四つの名前を確かめると、鞄から原作の端末を取り出す。
「原作のことで、聞いてもいい?」
「もちろん。どの場面?」
律がページを開く。
奈緒は覗き込み、椅子をもう少し近づけた。




