002_二人だけの五人チーム
残りの三人は、本当にいなかった。
数日後。FICTA登録施設の接続区画で、哲史は改めて五つの枠を見た。
埋まっているのは二つだけだ。
今泉哲史――ハウ・ズリア・シルヴェルト。
藤代奈緒――マリ・クルーシェ・クエレブレ。
「原作者ご本人が、選手――DANCERになるのは珍しいですね」
登録担当者の言葉に、奈緒は曖昧に笑った。
「ほかに、やってくれる人がいなかったので」
「そこまで正直に言わなくていいだろ」
哲史が言うと、白い床に細い光が走った。
視界が一度、暗くなる。
次に目を開けたとき、鏡の中には奈緒の原稿で見た英雄王が立っていた。
左腕には盾。右手には槍。背中の保持具には、番号を刻まれた抜き身のショートソードが六本。腰には、それより長い両手剣まで下がっている。
腕にかかる重さも、武器を支える筋力も、さっきまでの哲史のものではない。
だが、どの武器を先に使えばいいのかまでは、頭の中へ入ってこなかった。与えられたのは英雄王の身体であって、答えではないらしい。
向かいにいる奈緒も、もう私服姿ではない。
そこにいるのは、ハウの隣で戦場を見つめていた龍姫マリだった。
原稿の中で、ハウの動きを見続けていた人物だ。いまは白い床の同じ線に、奈緒自身の足で立っている。
「重くないの?」
「重い」
哲史は槍を一度だけ持ち替え、盾を半歩前へ出した。腰をひねらず、石突が背中の剣へ触れない角度で穂先を返す。
次に、視界の端へ並んだ装備表示を見た。
一番から六番まで、魔法装填なし。
「何も入ってない剣を、六本も持ってるのか」
「使い捨てるから。原作でも、投げたり、足場に刺したりしてたでしょ」
「まともに読んだのは昨日が初めてだ」
「そうだった」
哲史は背中へ手を回さず、声だけを出した。
「三番、パージ」
乾いた音が一つした。
三番の剣だけ、保持具の固定が外れる。飛び出してはこない。哲史が柄をつかむと、初めて抜けた。
短剣を逆手に持ち替え、盾の内側へ隠す。槍を脇に挟み、今度は腰の剣へ右手を移す。
過剰に見えた武器が、動きを確認するたびに一つずつ役割を持ち始める。
「初めてなんですよね?」
登録担当者が聞いた。
「はい」
「嘘つかなくていいですよ」
「じゃあ、二回目です」
「いつ」
「いまので」
奈緒が小さく息を吐いた。
「そういうやつなんです」
登録を終えた二人は、そのまま訓練用亜空間へ移された。
正面を、円形の標的が速度を変えながら左右へ往復している。隣の区画では別の参加者が火球を放ち、標的ごと壁を赤く染めた。大きければ、多少狙いがずれても当たる。
哲史の視界には、五つの基礎能力が並んでいた。
火、水、風、土、雷。
その下に、位置、範囲、発動までの時間を指定する表示が浮かぶ。
火を生む力はハウのものだ。
どこに、どれだけ、いつ生むかは哲史が決める。
「火球を標的へ当ててください」
哲史は、標的を狙わなかった。
左右へ二度振れた軌道を見る。次に中央を通過する時刻を取り、何もない空間へ、親指ほどの火を置いた。
一秒後、標的の方から火へ入った。
表面が焦げ、細い煙が上がる。炎が消えたあとも熱は残り、金属の軸を伝って反対側の接合部まで温度表示が上がっていった。
映像だけの燃焼ではない。
哲史は、標的より先に次の座標を見た。
「風も使っていいですか」
「いまは火の試験です」
「なら、これも試験項目にしてください」
風の表示を開く。
残った煙を押せば、相手の視界を塞げる。床を土で一段持ち上げれば、回避方向も選ばせられる。そこへ水を薄く広げ、雷を落とす位置を固定することもできる。
「待って。組み合わせる前に約束」
奈緒が割り込んだ。
「派手な火球は禁止。技名も、長い溜めも、意味のない光もなし」
「使えるのに?」
「ハウは、必要のないことをしない。勝つのに要らない火を、見栄えのためだけに大きくしたりしない」
「原作者権限か」
「作品のルール」
奈緒は譲る気がなかった。
哲史は五つの表示をもう一度見た。何でもできる身体で、目立つ使い方だけを禁じられる。
簡単な勝ち方を先に潰された、とも言える。
「その方が面白い」
奈緒が目を瞬いた。
「嫌じゃないの?」
「使えないより、使えるのに使わない方が考えることが増える」
哲史は槍を構え直した。
「次は、お前の方を試せ」
奈緒がマリの右手を上げる。
登録担当者が端末を操作し、標的が三つに増えた。
哲史は一つ目を槍で払い、返した石突で二つ目を打つ。最後の一つへ盾を当てようとする。
その途中で、身体から細かなずれが消えた。
踏み込む足の角度。槍を握る指の圧。盾の縁の高さ。息を吐く時刻。
力が増えたわけではない。
哲史が選んだ動きから、細かな誤差だけが削られていく。
だが三つ目へ盾を当てる瞬間だけ、わずかに遅れた。標的は盾の縁をかすめ、背後へ抜けた。
「いま、どこを直した」
「右足と、左肩と、槍の握り。それから盾の角度と呼吸」
「最後に盾が遅れたのは?」
「見えてた。でも、足も肩も、その前からずれてたから」
「足と肩がずれたままでも、一つ目と二つ目には当てられた。三つ目を逃がしたのは、盾の遅れだけだ」
奈緒の眉が寄る。
「ほかのずれは、直さなくていいの?」
「全部直そうとするな」
奈緒は反論しなかった。
納得した顔でもなかった。
昨日めくった原稿と同じだった。
石突も、盾も、踏み込みも。奈緒には全部のずれが見えている。だから、その一撃を決めるものと、残してもいいものを分けられない。
大会ロビーへ入ると、巨大な参加者一覧が頭上に開いた。
二十チーム。定員百人。
実参加者、九十七人。
欠けた三人は、すべて哲史たちの枠だ。敵は最大九十五人。味方は奈緒一人しかいない。
「本当に二人で来たんだ」
声をかけてきたのは、女騎士姿のDANCERだった。
頭上には《フレアクラウン》のチーム名。周囲にいた選手も、『英雄王と囚われの龍姫』という作品名を見てざわつく。
「それ、打ち切りになった漫画だよね」
「だから何」
奈緒がすぐに返した。
「描かれた能力まで消えるわけじゃない」
「能力が残っても、三人分の目と手は戻らないでしょ」
笑いが広がった。
正しい指摘だったので、哲史は黙っていた。
「蓮、見て。二人チーム」
呼ばれて振り向いた男だけは、笑わなかった。
選手表示には《フレアクラウン》、IGNIS。その下に本名の高城蓮と、担当キャラクターであるカイル・アーデンの名が出ている。
カイルは、人気漫画『火を点けるだけのハズレ職|《火種師》だと勇者パーティを追放された俺、実はあらゆる炎を支配できたので辺境で最強ギルドを作る』――通称『火種師』の主人公だ。
競技に興味のない哲史でも、IGNISの選手名は知っていた。彼が前へ出ただけで、周囲の選手が自然に会話を止める。
「馬鹿にしてるわけじゃない」
IGNISは二人の空いた枠を見た。
「二人では、索敵も交代も足りない。撃破を取れても、生存順位を伸ばすのは難しい。降下地点くらいは競合を避けた方がいい」
脅しではなく、忠告だった。
「教えてくれるのか」
「試合が始まるまでは敵じゃない」
そう言って、IGNISは仲間のもとへ戻った。
笑っていた選手たちも、その一言で口を閉じる。五人が離れていくとき、誰も隊列を乱さなかった。
「感じ悪い」
奈緒が言った。
「最後のやつはまともだった」
「その前」
「あれも計算は合ってる」
「どっちの味方なの」
「二人しかいない方」
転送開始の音が鳴った。
床が消え、眼下に初戦のマップが広がる。
左に森林。中央に市街地。右に畑と植栽帯。
安全地帯を示す三つの円は、収縮するたび右へ寄っていた。
「森林」
奈緒がすぐ左を示した。
「隠れられるし、最初は安全そう」
「市街地に降りる」
「なんで。二人なら、戦闘は避けた方がいいって言われたばかりでしょ」
哲史は森林の広さと、そこから市街地へ抜ける道の数を見た。
隠れやすい。燃料も水もある。最初の収縮までは安全に見える。
だからこそ、選ぶチームは多い。
「森は、これから混む」




