025_上位の名前
表示の向こうで、落ちた戦鎚も消える。
奈緒が選んだ鉤剣の一動作は、もう終わっていた。
「一人!」
千景が鉤剣を大盾から外した。
大盾の向こうまで出た哲史と、横に残った千景。奈緒はコンテナの右角にいた。
敵は四人になった。
だが、誰も戦鎚のいた場所を見ていなかった。
「盾、中央。槍、内側!」
大盾役が哲史へ向き直った。
長槍役は空いた戦鎚の位置へ入らず、防護柵の内側を押さえる。鎖鎌役は千景の外へ回り、弩役はコンテナの角へ照準を下ろした。
四人が、別々の相手を見ている。
奈緒はコンテナの陰へ肩を引いた。
中央の哲史が、大盾の向こうへ隠れる。
ここから一歩進まなければ、次に盾が開く瞬間を見られない。
「千景、コンテナ側へ戻って。弩を防いで」
奈緒は角へ足を出した。
弩役の照準が止まる。
「《ドリフト・カット》!」
千景が奈緒へ向いた。
コンテナ沿いの道は、まだ開いていた。そこを二歩、帰還加速で詰める。
「小盾の左上で、矢を外へ流して」
奈緒が新しく選んだのは、その小盾の角度だった。
千景の左腕が上がる。
矢が盾へ当たった。
傾けた面を滑り、奈緒の外側へ飛ぶ。
次の音は、横から来た。
「《テンション・チェイン》!」
鎖の重りが、小盾の縁へぶつかった。
奈緒の補正は、矢を流す一動作で終わっていた。矢を逸らした盾の向きが、そのまま鎖鎌役へ開いている。
鎖鎌役は、その角度を待っていた。
重りが盾縁を越えたところで、腕を引く。
鎖が外縁へ掛かり、千景の左腕を横へ引いた。
千景は鉤剣を鎖へ向ける。
「《アース・ステーク》!」
防護柵の内側で、長槍役の後ろ足が止まった。
穂先が、盾を引かれた千景の胴へ向く。
千景は足を引いた。
その後ろに奈緒がいる。
右へ逃げる幅は、長槍役の身体と槍で塞がれていた。帰還加速で速く動けても、その身体を抜けて奈緒の反対側へ出ることはできない。
鉤剣の向きを戻すより、突きが先に届いた。
青い格子が千景を包む。
小盾が、奈緒の目の前から消えた。
「千景!」
奈緒はコンテナの角へ足を引こうとした。
弩役はもう、次の矢をつがえていた。
矢を防いだ小盾が鎖へ引かれる間も、高所の一人は奈緒への射線を取り続けていたのだ。
哲史が奈緒へ向きを変える。
大盾役が踏み込んだ。
硬い盾面が哲史の盾へぶつかる。押し返すより先に、大盾役の身体がコンテナ側への進路へ入った。
哲史の槍が、大盾の横を叩く。
盾が開きかける。
弦の音の方が早かった。
矢は障害物を曲がらず、奈緒が角へ引き戻そうとした肩の先へ直進した。
青い格子が視界を分けた。
奈緒の声が途切れる。
哲史の後ろから、二人分の足音がなくなった。
◇
大盾役は、哲史から離れなかった。
哲史が右へ足を出せば、盾も右へ動く。
盾の向こうから長槍が出た。
哲史は自分の槍の柄で穂先を外す。横へ逃がした長槍の下へ踏み込み、大盾役の足元を狙った。
高所で弦が鳴った。
矢が、哲史の後ろの舗装へ刺さる。
弩役は正面の大盾ごと射抜こうとしていない。哲史が後ろへ離れ、残る四人を一人ずつ相手にできる距離へ戻るのを待っていた。
いまは四人だった。
それでも、正面の盾と横の槍を切り離すだけの場所がない。
哲史は大盾へ肩を入れた。
盾の下端が浮く。
哲史は持ち上がった大盾を押し続けず、右へ足を送った。
自分の盾の外へ、鎖が回る。
「《テンション・チェイン》!」
重りを回収する腕が引かれる。
鎖が盾の縁へ掛かった。
鎖鎌役が体重を後ろへ乗せる。
「取った。槍、入れ!」
哲史は逆らわなかった。
盾の握りを放し、引かれる側へ左腕を抜いた。
鎖に吊られた盾だけが、鎖鎌役へ飛ぶ。
「うおっ!」
相手が両腕を上げる。
そのときには、哲史の左手は槍を握っていた。
盾の消えた場所へ、長槍が入る。
哲史は両手の槍で柄を上へ跳ね上げ、その下を進んだ。後ろ足を固定した長槍役は、突いた身体を引けない。
「待っ――」
長槍役の肩だけが後ろへ逃げた。
哲史の石突が、前の膝を打った。
膝が曲がる。
胸へ返る穂先の前に、大盾が割り込んだ。
「固定を解け! 下がれ!」
長槍役の足元から光が消える。
哲史は大盾を突かなかった。穂先を引き、柄を盾の内側へ滑り込ませる。
大盾役は味方をかばうため、盾を横へ伸ばしていた。
その手首へ、哲史の槍が下から当たる。
硬い盾面は割れない。
持っている腕が、跳ねた。
哲史は大盾の内側へ入り、肩で相手の胸を押した。踏み直す足へ自分の足を掛け、上体を横へ崩す。
大盾役がコンテナへぶつかった。
槍を握る哲史の右手が、柄の後ろへ滑る。
「鎖、来い!」
鎖鎌役が盾を振り落とし、鎌を手に駆け込んできた。
哲史は大盾役へ返しかけた穂先を止めず、その腕だけを外へ開いた。
鎌が柄へ噛む。
哲史は槍を引かず、相手の握る手へ押し込んだ。鎌を握った拳が胸へ戻され、鎖鎌役の息が詰まる。
その足首へ、返した石突が届いた。
鎖鎌役が片膝をつく。
大盾役も、まだコンテナから肩を離せていなかった。
高所で、弩役が立った。
弩の先が、大盾役と鎖鎌役の間を往復する。哲史へ照準を戻すたび、味方の身体がそこへ押し込まれていた。
「射線を空けろ!」
哲史は膝をついた相手を越えず、コンテナへ寄った。
頭上で弦が鳴る。
矢が鎧の腿を貫き、脚の損傷表示が開いた。
頭と胸は、コンテナの陰へ入っていた。
哲史は傷めた右足を後ろへ置き、左足で身体を支えた。
長槍役が迫る。
今度は足を固定していない。突いてから下がり、哲史が届く前に間合いを取り直す。
哲史は一度目を槍で流した。
二度目には、同じ角度へ槍を置かない。
相手が引く柄へ穂先を沿わせ、握り直す指を切った。
長槍役の片手が離れる。
「まだ来る! 盾!」
戻ってきた大盾が、二人の間へ入った。
哲史は横へ出ようとした。
右脚へ体重が移り、膝が落ちる。
その高さへ、鎖鎌の重りが走った。
哲史は柄で受けず、穂先を低く置いて鎖を舗装へ押しつけた。張った鎖の上へ左足を乗せる。
鎖鎌役が引いた。
動かない。
哲史は大盾の下端へ石突を差した。
持ち上がった盾の内側へ、左肩を入れる。
大盾役の顔が見えた。
相手は口を開いたが、声より先に息が漏れた。
哲史は槍を短く持ち替えた。
その一撃を、大盾役は盾で受けられなかった。
盾を傾けたまま、身体を前へ投げ出す。
槍の穂先が肩へ入り、損傷表示が開いた。それでも相手は下がらず、哲史の右脚へ膝を押し当てた。
鎖鎌役が、張っていた鎖を緩める。
哲史の左足の下で鎖が弛んだ。相手を押し返すために足を置き直せば、傷めた右脚で二人の重さを支えることになる。
哲史は大盾役の肩から槍を抜いた。
長槍役が、傾いた大盾の上縁を越えて穂先を通してくる。
哲史は槍の柄で外した。
大盾役がさらに身体を寄せる。長槍役は切られた手を柄へ押しつけ、外された穂先を引いた。
哲史の石突が、大盾役の顎へ向いた。
その寸前、二度目の突きが脇から入った。
青い格子が、槍と胸の間を埋めた。
哲史の視界で、四人が遠ざかった。
大盾役は、コンテナへ手をついたまま膝を折った。
「……落ちたか」
長槍役が頷いた。切られた手を柄から離し、胸へ抱える。
高所の弩は、まだ哲史のいた場所へ向いていた。
結果の表示が出てから、弩役がようやく指を引き金から外す。
息を吐く音が、下の三人にも聞こえた。
鎖鎌役は返事をせず、足元に落ちた哲史の盾を見ていた。
◇
ポッドの蓋が開いた。
奈緒は端末の前に立っていた。
千景は隣の椅子へ腰を下ろし、左手を開いたり閉じたりしている。鎖に引かれた外傷は残っていない。それでも、盾を握り続けた腕は重そうだった。
哲史が起き上がると、結果が表示された。
一位。
『最終戦線〜現代に魔物が現れたけど、強すぎない?〜』。
その下の二位に、三人の登録欄が並んでいる。
奈緒は画面を見てから、手元の再生位置を戻した。
高架下へ映像が戻る。
鎖鎌役が五番を抜いていた。
右足を添え、柄を揺らし、手で運んでいる。
奈緒はその場面を止めた。
「剣を置く作戦、失敗だった?」
「違う」
哲史は椅子を引いた。
「三人が同じ入口を見るところまでは使えた。置いたあとも、同じ場所にあると思ってたのが間違いだ」
「道が塞がれてないかは、そのたびに見るつもりだった」
「剣の場所は見てなかった」
奈緒は映像の先へ指を滑らせた。
千景が壁の前で止まる。
自分が、五番は使わないと言っていた。
「戻してから、もう一度やろうとしてたら間に合わなかったね」
「はい。壁の前で、鎖鎌役を待つことになっていました」
千景が左手を膝へ置く。
「次に番号を使うなら、呼ぶ前に、剣が置いた場所にあるか確かめます。私から見えなければ、今回みたいに地形で言ってください」
「長くなったけど」
「曲がる場所は分かりました」
千景は画面の黄色い柵を指した。
「五番だけでは、この柵へ戻れませんでした」
奈緒は指を止めた。
短くするために付けた番号だった。
その番号が違う場所を指したとき、自分は言葉を増やした。千景へ戻る道を伝え、哲史へ水を出す位置を伝えた。
二人へ同じことを叫んだのではない。
してほしいことを、二人に分けて渡した。
映像を進めると、千景が奈緒の前へ戻ってきた。
そこで奈緒は、もう一度止めた。
「ここまでは、直せた」
「ああ」
哲史が答える。
次に開いた最終戦の映像では、戦鎚役が消えた。
奈緒の指が止まる。
大盾は哲史へ向き直り、鎖鎌は千景の外へ回り、長槍は内側に残り、弩は奈緒を見ている。
「一人倒したら、もっと崩れると思った」
「戦鎚が消えても、俺を止める盾は残った」
哲史が四人の位置を順に指す。
「千景に矢を防がせて、鎖で盾を開いて、槍を入れた。倒した一人がいなくても、それはできた」
「矢を外したあとに、盾を戻せませんでした」
千景が言う。
「矢は防げた。相手は、防いだあとの盾を使ったんだ」
奈緒は、傾いた小盾を見た。
自分が選んだ角度だった。
その一動作は間違っていない。矢は逸れた。
だが、矢を外した先にも敵がいた。
奈緒は再生を止めたまま、椅子へ座った。
「二位、か」
前の公式戦は四位だった。
今回は最後の二チームまで、三人とも残った。五番を動かされても、そこで試合を終わらせずに済んだ。
結果画面を見直す。
二位の文字は変わらない。
「悔しい?」
奈緒が哲史を見る。
「最後の槍は、見えてた」
「うん」
「見えてても、身体を通す場所がなかった」
哲史は椅子の下で右足を引き、左足へ重心を移した。
いまは、どちらにも体重をかけられる。
奈緒は少しだけ口元を緩めた。
すぐに続きを見なくなる顔ではなかった。
◇
大会結果の下へ、次の公式戦の案内が出た。
参加予定作品の一覧。
奈緒は結果の映像を閉じた。
「次、見ていい?」
哲史が端末へ椅子を寄せる。
千景も立ち上がり、奈緒の隣へ来た。
奈緒は一覧を開いた。
原作の表紙と作品名が、画面の下へ並んでいる。まだ対戦したことのない名前が、いくつも続いていた。
二位の表示を閉じたあとにも、先は残っている。
奈緒が画面を送る指を止めた。
その参加一覧に、『午前零時の異常対策課』の名があった。




