022_残った一本
一方、高所へ上がった弩役は、開けた五番側から奈緒を見下ろした。
「《ドリフト・カット》! 荷台側、射線を取った!」
弩へつがえた矢の両側で、風が細く流れる。横から吹く風に矢が流されにくくなるだけで、障害物を避けて曲がるわけではない。
それでも、いまは五番から奈緒まで遮蔽物がなかった。
長槍役は安全圏入口の中央に立った。
「《アース・ステーク》! 安全圏入口を押さえる!」
後ろ足へ土色の光をまとわせ、舗装へ固定する。固定されたのは足だけだ。両腕で構えた長槍の穂先は、入口の左右へ動く。
奈緒は五人の位置を順に見た。
三番の細い道には鎖が張られている。千景は身体ごと通過できない。
五番の広い道は開いている。だが、高所の弩役から奈緒と入口の両方が見える。
哲史は大盾と戦鎚を受けている。霧を作るには、五番を見て水を出す一瞬が必要だった。
弩役が、奈緒へ照準を下ろした。
「千景、三番は敵が塞いでる。五番から私のところへ戻って」
「五番へ向かいます」
「哲史、五番の剣より敵側だけ霧にして。高所の弩役から、五番の入口を隠して」
「分かった」
千景は、すぐに五番へ走らなかった。
哲史の正面では、大盾役が盾を押し込み、戦鎚役が次の一撃を持ち上げている。
ここで千景だけが離れれば、哲史は水を出すために五番を見られない。
千景は大盾の上端へ鉤剣を深く掛けた。
腰を落とし、盾面を外側へ引く。
大盾役は硬くなった足場で踏ん張り、両足を動かさなかった。
だが、腕と盾の向きは固定されていなかった。
大盾が外へ開く。
哲史の正面に、半歩だけ下がれる空間ができた。
哲史はその半歩を使った。
大盾の横へ槍の柄を差し込み、大盾役の上体を戦鎚側へ押す。
二人の肩がぶつかった。
「《インパクト・ウェイト》!」
戦鎚役は、それでも鎚を振り下ろす。
落ちる瞬間、鎚頭の重さが増した。
哲史は盾を斜めに上げる。
重い鎚頭が盾面を滑り、また舗装へ落ちた。
戦鎚役が鎚を持ち上げ直す。その一瞬だけ、哲史の視界が五番へ通った。
哲史は五番を位置の目印にし、その向こう側――高所通路との間へ、細かな水滴を散らした。
水滴が光を受けた。
高所の弩役は、それを見た。
奈緒から照準を外し、五番へ走る千景の先へ弩を向け直す。
三番を塞いでいた鎖鎌役も動いた。
千景が五番へ向きを変えたのを見て、倉庫壁へ張っていた鎖を解く。鎖を回収しながら、広い車路へ追ってくる。
大盾役と戦鎚役は、哲史に五番を見せまいと間を詰めた。
水滴は落ち続けている。
まだ、射線は切れていない。
奈緒には、弩役が照準を止める瞬間と、千景が五番の角へ届く瞬間が見えていた。
哲史が早く風を広げれば、弩役は霧の外へ照準を変えられる。
遅ければ、矢が千景より先に五番へ届く。
奈緒が選ぶのは、哲史が風を横へ払う一動作だけだった。
千景の左足が、五番の手前へ着く。
弩役の指が、引き金へ掛かる。
「今」
哲史が風を広げた。
奈緒の補正が、その一動作の時刻だけを合わせる。
横へ走った風が、落ちかけていた水滴を細かく砕いた。
白い霧が、高所通路と五番の入口の間へ広がる。
倉庫街全体は隠れない。
大盾役も戦鎚役も見えたままだった。
霧が切ったのは、弩役から五番へ通っていた一本の射線だけだった。
弩の弦が鳴る。
矢が霧へ入った。
千景は五番の剣を目で確認する。
その先の車路も見た。
荷台の外周は奈緒まで開いている。
背後から、鎖鎌の重りが飛んできた。
鎖のたわみを抑える風で、重りの軌道はぶれにくくなっている。だが、千景を追って曲がるわけではない。
千景は小盾の面を斜めに向けた。
重りが盾へ当たり、広い車路の外側へ流れる。
鎖鎌役が入口の中央へ入ろうとする。
五番側は、三番より幅がある。一人が中央へ立っても、荷台寄りには千景が身体を通せる隙間が残った。
千景は鎖鎌役の身体を通り抜けなかった。
隙間へ肩を入れ、自分の足で五番の横を抜けた。
そこから帰還加速に入る。
能力が速くしたのは、守護対象である奈緒へ戻る千景自身の移動だけだった。
荷台の壁は消えない。
千景は広い車路を走り、荷台の角で身体を傾け、実際に左へ曲がった。
奈緒が見える。
千景は奈緒の前まで戻ると、自分の右足を前へ出して減速した。
帰還加速が身体を自動で止めたわけではない。
左腕を上げ、小盾を高所へ向ける。
霧を抜けて遅れてきた弩の矢が、小盾へ当たった。
千景が盾をひねる。
矢は奈緒の左へ逸れ、荷台の側面へ刺さった。
「戻りました」
「次は安全圏へ行く」
奈緒は霧の向こうと、安全圏入口を見比べた。
千景を追ってきた鎖鎌役は、五番側から荷台の角へ回ろうとしている。
哲史はまだ大盾と戦鎚の前にいる。
長槍役は、安全圏入口で穂先を左右へ振っていた。
「千景、私の右から来る鎖鎌役の追撃を、一度止めて」
「はい」
「哲史、長槍の穂先を入口の外へ向けて。大盾と戦鎚は追わないで」
「長槍だけ崩す」
哲史は戦鎚役が鎚頭を持ち上げる前に、自分の盾を大盾へ当てた。
腕と肩を使い、大盾役を戦鎚役の側へ押す。
二人の間隔が広がる。
哲史は倒しにいかず、中央の荷台を回って奈緒たちへ走った。
残った霧が薄くなる。
大盾と戦鎚は、すぐには哲史を追えなかった。互いの武器と身体が重なった位置から、向きを変え直さなければならない。
鎖鎌役が荷台の角から現れる。
重りが奈緒へ向いた。
千景は小盾で重りを受けず、外側へ流した。続く鎖へ鉤剣を掛け、荷台の角へ引っかける。
鎖鎌役は前進を止めた。
鎖を引けば、荷台の角が支点になる。外すには一度、鎖を緩めなければならない。
その時間に、哲史が安全圏入口へ着いた。
長槍の穂先が哲史の胸へ向く。
哲史は槍を槍で受けなかった。
長槍の柄へ盾の縁を当て、倉庫壁側へ押す。
長槍役は両腕で押し返した。
後ろ足は土の補助魔法で舗装へ固定されている。正面からの押し合いには強い。
だが、横へ踏み直せない。
哲史が穂先を倉庫壁側へ押すほど、長槍役の身体と反対側の荷台との間が開いた。
一人分の幅ができる。
「通れ」
哲史が最初に安全圏へ入る。
盾で長槍を外へ押したまま、奈緒がその背後を抜けた。
千景は鉤剣を鎖から外し、最後に一人分の幅へ滑り込む。
三人が安全圏の内側へ入った。
直後、境界の光が強くなる。
大盾と戦鎚は、入口まで追わなかった。
『最終戦線』の五人は別の入口へ向きを変え、長槍役を先頭に安全圏へ入る。
どちらのチームも、相手を全滅させていない。
安全圏の外側が白く閉じた。
◇
接続が切れる。
物流区画へ残した三番と五番も、薄くなった霧も、亜空間と一緒に消えた。
作業部屋の端末へ結果が出る。
『予選通過』
哲史、奈緒、千景の登録欄の横へ、同じ文字が並んだ。
「三番が塞がれたとき、三人とも五番がどこか分かってた」
奈緒が、予選映像の五番を指す。
「五番までの道が開いているかは、私が見ました」
千景が続けた。
「奈緒さんが五番を選んで、哲史さんが高所から五番へ通る射線を霧で隠した。三人の役割が別でも、使っていた入口は同じでした」
「剣は置いただけだ」
「置いたから、同じ場所を見られたんでしょ」
「だから置いた」
奈緒が少し笑った。
「勝ったみたいに言わないの?」
「予選を通っただけだ」
「そうですね」
千景は通過者一覧を開いた。
『最終戦線』の作品名も残っている。
「向こうも、予選で私たちの動きを見ています。本戦でも、二本を置いたあとに道を確認しましょう」
本戦接続の案内が表示された。
予選で使った三番と五番を回収して持ち越すわけではない。
別の試合へ接続すれば、登録装備は開始状態から再構成される。
哲史の背中には、番号付きの六本が開始時の状態で揃う。
「もう一度、置き直す」
三人が本戦接続を選んだ。
◇
本戦の開始区画では、二棟の倉庫の間を高架通路が横切っていた。
哲史の背中には、番号付きのショートソードが六本ある。
奈緒を残す場所は、高架脚と荷台に挟まれた空間。
そこへ戻れる候補のうち、三人は二本だけを選んだ。
「三番、パージ」
哲史は三番を手で抜き、倉庫壁沿いの通路入口へ刺した。
千景が壁沿いを走る。通路は途中で一度曲がるが、崩れた荷物を回れば奈緒まで戻れる。
「三番は、倉庫壁沿い。奈緒さんまで通れます」
「五番、パージ」
哲史は五番を高架下の広い通路へ運んだ。
入口へ刺す。
千景は五番から高架脚の外側を回り、奈緒の前まで走った。
「五番は、高架下の広い道。こちらも奈緒さんまで通れます」
「三番は倉庫壁沿い。五番は高架下。今は二本とも私までつながってる」
三人が同じ二本を確認する。
高架の反対側。
積み上げられた資材の陰から、鎖鎌役がその様子を見ていた。
予選でも、哲史は六本のうち二本だけを離れた入口へ置いた。
奈緒は番号を呼び、千景は五番から奈緒へ戻った。
本戦でも同じだ。
三番と五番は攻撃する相手へ向けられていない。二本とも、奈緒へ戻る別々の通路の入口にある。
大盾役と戦鎚役が、中央の車路へ姿を見せた。
「《フォートレス・スタンス》! 正面を止める!」
大盾役の足元と盾面へ、予選と同じ土色の光が走った。
「《インパクト・ウェイト》!」
戦鎚役が、千景へ向けて鎚を振り上げる。
「前の二人が来る」
奈緒の声で、哲史と千景が正面を見る。
大盾役は哲史へ向かい、戦鎚役は千景が横へ抜ける側へ回った。
哲史と千景は二人を迎えるため、五番の入口を背にして中央の車路へ出た。
長槍役は、次の安全圏に近い通路へ向かう。
高所へ上がった弩役が、奈緒から哲史へ照準を動かした。
「《ドリフト・カット》! 高所、射線を取る!」
奈緒は二人への攻撃と、安全圏側の長槍を見る。
鎖鎌役だけが、正面へ出なかった。
資材の陰から高架下へ入る。
五番の剣へ近づいた。
鎖鎌役は、鎖へ風をまとわせなかった。
鎖鎌を左手へまとめる。
空いた右手で、地面に刺さった五番の柄を握った。
一度引く。
剣先が舗装の継ぎ目へ掛かった。
鎖鎌役は右足を剣の横へ置き、柄を左右へ揺らす。緩んだところで、もう一度上へ引いた。
五番が抜ける。
剣は何も知らせない。
哲史は大盾役を見ている。
千景は戦鎚役の踏み込みを見ている。
奈緒は二人と長槍役を見ている。
鎖鎌役は五番を右手に持ち、数歩先の別の通路まで運んだ。
見た目は同じように広い、高架下の入口だった。
だが、その奥は崩れた壁で塞がれている。奈緒のいる高架脚の裏まではつながっていない。
鎖鎌役は、崩れた壁へ続く通路の入口で剣先を下ろした。
自分の手で、舗装の継ぎ目へ刺す。
五番の剣が、奈緒へ続かない通路の入口へ刺し直された。




