021_剣を置く場所
哲史の指は、三番の刻印に触れたままだった。
「三番と五番を、帰り道の入口に一本ずつ置く」
奈緒が、原稿の中のショートソードと哲史を交互に見た。
「剣が、通れる道を教えてくれるの?」
「違う。剣は何も教えない」
哲史は三番から指を離し、六本のうち離れた位置に描かれた五番を指した。
いま使える六本は、番号が振られただけのショートソードだ。
「俺たちが先に帰り道を二本選ぶ。その入口へ三番と五番を置く。試合中に誰かが『三番』と言ったら、三人とも同じ入口を見られるようにする」
「その入口までの道が塞がれたら、私は戻れません」
千景が先に、できないことを確かめた。
「三番の剣があっても、剣までの間に敵が立っていれば通れません。剣の先が奈緒さんへつながっていない場合も同じです」
「そこは今までどおり、お前と奈緒が見る。番号は、別の入口を同じ道だと思わないためだけだ」
奈緒は書きかけの戦場図へ視線を戻した。
三人分の見え方を文章にすれば、また長くなる。試合中にその文章を読む時間はない。
だが、三人の視線を同じ物へ向けられるなら、道の状態だけを確かめればいい。
「じゃあ哲史、接続したら三番と五番を置いて。千景は、置いたあとに両方の道を私のところまで実際に走って。私は二人の報告と番号を戦場図に合わせる」
「分かった」
「はい」
「剣を置いただけで安心しないでよ。通れるかどうかは、そのたびに見るんだから」
「お前が最初に安心しかけただろ」
「だから確認したの」
奈緒は作業机の端末を操作し、接続訓練の地形一覧から物流区画を選んだ。
「話だけで分かったことにするより、一度置こう」
哲史がポッドへ向かう。
三人の足元が、白い光へ変わった。
◇
接続訓練区画には、二階建ての倉庫と積み込み用の荷台が並んでいた。
奈緒は荷台の裏へ立つ。
そこから前方へ出る道は二本あった。
一つは、倉庫の壁とコンテナ列の間を通る細い道。壁に沿って進み、角を一度曲がれば奈緒のいる荷台裏へ戻れる。
もう一つは、荷台の外側を大きく回る積み込み車路。道幅は広いが、頭上の通路から全体を見下ろせる。
「三番、パージ」
哲史の背中で、金属の留め具が一つ外れた。
剣は飛ばない。
哲史は右手を背中へ回し、保持機構から三番の柄を引き抜いた。そのまま倉庫壁とコンテナの間まで歩き、細い通路の入口へ剣先を下ろす。
舗装の継ぎ目を選び、三番を地面へ刺した。
「三番は、倉庫壁沿いの細い道」
奈緒が言う。
哲史と千景が、三番の剣と通路の先を見てから頷いた。
「五番、パージ」
もう一つ、保持機構が外れる。
哲史は五番も手で抜いた。荷台の外を回る車路まで運び、広い道へ入る角へ刺す。
「五番は、荷台の外を回る広い道」
三番と五番は、離れた二つの入口へ立った。
どちらも光らない。奈緒の視界へ地図を送ることもなければ、通路の奥に敵がいるか調べることもない。
ただ、三人が目で見られる場所に剣がある。
「千景、まず三番の入口から私のところまで走って。戻れたら、次は五番から同じことをして」
「三番から確認します」
千景は帰還加速を使わず、三番の横から走り出した。
右肩を倉庫壁へ向けたまま細い道を進む。コンテナの端を越え、右へ曲がる。荷台の裏へ出るまでに、身体を横へしなければ通れない箇所が一つあった。
千景は奈緒の前で止まった。
「三番は奈緒さんまでつながっています。狭いですが、倉庫の壁が高所からの射線を切ります」
「次は五番から、もう一度私のところまで」
千景は前方へ戻り、五番の剣を目で確かめた。
今度は広い車路を走る。荷台の外周に沿って左へ曲がり、積み込み口を二つ越えて奈緒のところへ戻った。
「五番もつながっています。入口は広いので、一人に立たれても反対側を通れます。ただ、高所通路から奈緒さんまで見えます」
奈緒は二つを順に復唱した。
「三番は狭い。壁が射線を切る。五番は広い。高所から見える」
「同じに見えてる」
哲史が答える。
「私も同じです」
千景も答えた。
奈緒は訓練設定を切り替えた。
床のレールが動き、コンテナ一つが三番の細い通路へ滑り込む。倉庫壁との隙間は、人一人が身体を横へしても通れない幅まで狭くなった。
同時に、高所通路へ射撃標的が現れる。
五番から奈緒までの道は開いていた。だが、高所の標的から五番の入口と荷台裏の奈緒まで、遮る物がない。
哲史と千景は前方へ戻った。
哲史の正面には、訓練用の大盾兵が出現する。
射撃標的が奈緒へ弩を向けた。
奈緒は三番を見る。
コンテナが道を塞いでいる。千景は通れない。
次に五番を見る。
道そのものは奈緒までつながっている。しかし千景が五番へ入れば、高所の標的は千景と奈緒を同じ射線へ置ける。
「千景、三番はコンテナで塞がってる。五番の入口から、私のところへ戻って」
「五番へ向かいます」
「哲史、五番の剣より敵側へ水を出して。私が合図したら風で広げて、高所の射手から五番の入口を見えなくして」
「分かった」
大盾兵が哲史へ踏み込む。
哲史は盾を正面から受け止めず、自分の盾を斜めに当てた。大盾兵の力が横へ流れる。哲史は空いた足元へ槍の柄を入れ、相手の身体を一歩押し返した。
できたのは、一歩分の間だけだった。
哲史は五番を目で確認する。
哲史は五番を位置の目印にして、剣より高所側の空間へ細かな水滴を散らした。
水滴は落ち始める。
まだ霧にはならない。
千景が五番へ向かう。射撃標的の弩も、千景の動きを追って角度を変えた。
奈緒には、哲史の風が早すぎれば千景の到着前に霧が薄くなり、遅すぎれば矢が先に五番へ届く誤差が見えていた。
直すのは、哲史が風を横へ広げる一動作だけでいい。
弩の照準が五番の入口で止まる。
千景の右足が、五番の手前へ着く。
「今」
奈緒が、哲史の動作の時刻を選んだ。
哲史が風を横へ払う。
その一動作が、水滴の落下と重なった。
空中に散っていた水が細かく砕かれ、五番の入口と射撃標的の間へ白い霧が生まれる。
霧が覆ったのは、通路一本分の射線だけだった。
千景は五番の横まで自分で走った。荷台の外周が奈緒まで開いていることを見てから、帰還加速へ入る。
広い車路を進み、荷台の角を実際に曲がる。
奈緒の前まで戻ると、千景は自分の両足で減速した。左腕の小盾を上げ、高所通路へ向ける。
霧を抜けてきた訓練用の矢が、小盾の表面で横へ逸れた。
「五番の道が開いていたから戻れました」
千景が、薄くなっていく霧を見た。
「霧が作ったのは帰り道ではありません。射手から見えない時間です」
「長くは持たないな」
「長くしなくていい。千景が曲がり角へ入るまで隠せれば足りる」
奈緒は三番と五番を見比べた。
番号剣が道を選んだわけではない。
奈緒が使える道を選び、哲史と千景へ別々の動きを頼んだ。その二人が、同じ五番を見て動いた。
「これを、次の公式大会で使う」
◇
次の公式大会。予選。
接続先は、訓練区画より広い物流地区だった。
倉庫の間にコンテナが三段まで積まれ、積み込み用の荷台と大型車両が車路を分けている。頭上には金属製の通路が渡されていた。
三人は、最初の安全圏から遠すぎない荷台裏を奈緒の位置に選んだ。
哲史と千景が前へ出たあとも、奈緒までつながる道を二本だけ残す。
「三番、パージ」
哲史は解除された三番を背中から抜き、倉庫壁とコンテナ列の間へ運んだ。
細い通路の入口へ剣を刺す。
千景は三番から倉庫壁に沿って走った。途中に倒れた荷物があったが、壁との間には身体を通せる幅が残っている。荷物を回り、奈緒のいる荷台裏まで戻った。
「三番は通れます。倉庫壁沿いの細い道です」
「五番、パージ」
哲史は五番を、荷台の外側へ開いた車路の角まで運んだ。
剣を刺したあと、千景が広い車路を走る。荷台の外周を回り、奈緒へ戻った。
「五番も通れます。荷台の外を回る広い道です。高所通路からは見えます」
「三番は倉庫壁沿い。五番は荷台側。今はどちらも私まで通れる」
奈緒が復唱する。
「同じだ」
「私も同じ二本を見ています」
|《龍環》の開始形は変わらない。哲史と千景が前へ出て、奈緒が後ろに残る。
違うのは、千景が戻る二本の道を、三人が同じ番号で呼べることだけだった。
三人が前へ動こうとしたとき、コンテナの向こうから五人が現れた。
肩にあるのは、魔物の爪痕を刻んだ隊章。
『最終戦線〜現代に魔物が現れたけど、強すぎない?〜』。
第13話で哲史たちが倒した、同じ五人だった。
ただし、武器は一つも同じではない。
大剣は大盾へ、片手斧は戦鎚へ替わっている。残る三人が持つのも、鎖鎌、弩、長槍だった。
「前は、大剣と斧だったよね」
奈緒が五人の装備を見た。
「原作では、戦う魔物に合わせて装備を替える部隊です」
千景が答える。
「今回は魔物じゃなく、私たちに合わせたんだと思います。哲史さんを正面へ残して、私の帰り道と奈緒さんを別々に狙える装備です」
五人は哲史一人へ集まらなかった。
大盾と戦鎚が正面へ出る。
鎖鎌は倉庫側へ離れ、弩は高所通路へ向かった。長槍は次の安全圏へ通じる入口へ走る。
哲史は盾を上げた。
「来るぞ」
「《フォートレス・スタンス》! 正面を止める!」
大盾役の足元へ、土色の光が走った。
硬くなったのは、両足の下にある舗装と盾の表面だけだった。魔法が盾の向きを固定したわけではない。
大盾役は自分の腕で盾を前へ押し出した。
哲史の盾とぶつかる。
哲史は槍を盾の横から入れたが、穂先は硬化した盾面を滑った。
その右から、戦鎚役が踏み込む。
「《インパクト・ウェイト》!」
鎚頭が頂点を越え、落ち始めた瞬間だけ、灰色の光を帯びた。
重さが増す。
振り下ろす速さや方向を魔法が変えたのではない。戦鎚役が狙った場所へ、重くなった鎚頭が落ちてくる。
哲史は盾の中央で止めず、盾面を傾けた。
鎚頭が金属を滑り、舗装へ叩きつけられる。
地面が割れた。
持ち上げ直すまで、戦鎚役の両腕が下がる。
千景が大盾の上端へ鉤剣を掛けた。外へ引き、大盾役の視界をずらす。
その間も、千景は後方を見ていた。
鎖鎌役が三番のある細い通路へ回っている。
鎖鎌役は剣へ触れなかった。
千景が倉庫側を何度も見たことから、そこを通さなければいいと判断しただけだった。
本人が三番の入口へ身体を入れる。
「《テンション・チェイン》! 倉庫側を塞ぐ!」
左右の手で鎖を広げると、鎖の周囲へ細い風が走った。風が減らしたのは鎖のたわみだけだった。
一直線に近づいた鎖を、鎖鎌役が倉庫壁からコンテナまで張る。
三番の通路は、鎖と鎖鎌役の身体で塞がった。




