019_帰り道は先に決める
地区公式戦の当日。
接続ロビーに開いた登録欄は、白かった。
哲史、奈緒、千景。
三人の名前の横だけが白く確定し、残る二枠は灰色のまま並んでいる。
接続ロビーを見渡せば、周囲は五つとも白いチームばかりだった。
「分かりやすいな」
「なにが?」
「うちだけ二つ足りない」
奈緒が哲史の画面を覗き込んだ。
「見れば分かることを言わないで」
「緊張してるかと思って」
「してない」
返事が少し早かった。
千景は二人のやり取りへ入らず、空中に開いた戦場図を見ていた。
低い建物が並ぶ商業区。
中央を横切るアーケードと、その裏側に伸びる搬入路。北側には高架があり、大小の広場を細い通路がつないでいる。
「前へ出るほど、奈緒さんへ戻れる道が減ります」
千景の指が、開始候補の小広場から前方広場へ動いた。
その間にある道は二本。
アーケードの柱沿いと、閉じた店舗の裏を通る搬入口側。
「公式戦の上位は、奈緒さんを追うより先に、私の帰る道を見ます」
「経験談?」
奈緒が聞いた。
「半分は。もう半分は、前の大会の映像を見れば分かります」
千景は戦場図を閉じた。
登録終了の表示が消える。
『参加 二十チーム』
最後に残った表示が、一度だけ白く光った。
非公式大会と同じ人数だった。
それでも、五つの登録欄を埋めたチームが黙って戦場図を見ているだけで、ロビーの空気は違っていた。
自分たちの装備を見せつける者も、三人しかいない枠を笑う者もいない。
始まる前から、全員が勝つために必要なものだけを見ていた。
足元の床も、周囲の選手も、一斉に光へ変わった。
◇
降下した小広場には、乾いた噴水があった。
奈緒が噴水脇の太い柱へ入る。
哲史と千景は、北へ続く通路の手前に立った。
左のアーケード側では、倒れた売店を挟んで二チームが交戦している。炎が天井近くまで上がり、柱の間を塞いでいた。
いま奈緒と前方広場を結べるのは、右の搬入口側だけだった。
「一本しかないな」
哲史が言う。
「だから、前へ行かない?」
「行く。一本しかないって分かったまま行く」
哲史は盾を上げた。
千景がその右へ並ぶ。
前方広場には、迷路を描いた隊章を付けた五人がいた。
『ダンジョンマスターのススメ〜迷宮防衛の最適解みつけました〜』のチームだった。
原作の防衛者たちは、侵入者を正面から倒すことだけを考えない。通ってほしい道を一つだけ開け、侵入者が入ってから帰り道を塞ぐ。
フィクタでも、その五人は相手を追うより先に、通路と安全圏を取る。
盾と長剣の二人が前。
後ろには弓。残る二人は、左右の店舗前から広場の出口を見ている。
哲史たちを見つけても、五人は距離を詰めてこなかった。
盾役が半歩下がる。
長剣も追わず、二人が広場へ入る幅だけを空けた。
「招待されてる」
奈緒の声が後ろから届いた。
「断るか?」
「もう入ってる」
千景の靴が、広場の舗装を踏んだ。
哲史も続く。
盾役が正面へ出た。
哲史の槍を盾の外へ流し、長剣が左から千景へ入る。
千景は小盾で刃を受けなかった。
手首へ盾の縁を当て、長剣の軌道を哲史の背中から外す。
鉤剣が、盾役の盾上部へ掛かった。
引けば、正面が開く。
その瞬間を待っていたように、弓が奈緒へ向いた。
弦が鳴る。
「戻――」
奈緒が言い切る前に、哲史は右を見た。
広場の端にいた一人が、搬入口へ走っている。
武器は短い槍と小盾。
奈緒を狙っていない。
千景の戻る先だけを見ていた。
「千景、搬入口へ短槍が入る」
哲史が対象を告げる。
短槍役の足元から土色の光が延び、可動式の荷台の右車輪だけを持ち上げた。
地形魔法が変えたのは、荷台が立つ床の傾きだけだった。荷台そのものを倒したわけではない。
傾いた荷台へ、短槍役が肩を当てた。
荷台が横倒しになる。
閉じた店舗との間に残った幅へ、短槍役が身体を入れた。
搬入口側が塞がる。
千景は振り向いたが、走らなかった。
加速へ入っても、短槍役も荷台も通過できない。
哲史が戻れば、短槍役を前後から外せる。
だが、その間に弓の次の矢が奈緒へ届く。
五人は、どちらを選んでも前方の二人が遅れる位置を取っていた。
「千景、帰らなくていい。哲史と一緒に広場を離れて」
奈緒が言った。
千景は盾役へ掛けていた鉤剣を外した。
哲史と同時に、広場の左端へ走る。
二人は燃えている売店へ入らず、その外周へ抜けた。
盾役も長剣も追ってこない。
二人を倒すことより、搬入口と安全圏を取る方を選んだ。
奈緒は柱を離れる。
自分の右足が地面を蹴る時刻から、わずかな遅れだけを消した。
矢が柱脇を通る前に、奈緒の身体が北側の柱へ入る。
次の一歩は通常の脚で踏んだ。
哲史と千景も、燃えている売店の外周を回って合流する。
三人とも、まだ戦場に立っていた。
それでも、最初の接触は負けだった。
五人は安全圏側へ残り、三人は遠回りをさせられている。
外周へ出た三人を、別のチームが横切った。
四人が北へ走り、一人だけが後ろを見ている。
哲史たちへは寄らない。
搬入口を取った五人にも仕掛けない。
次の安全圏へ先に入れる道だけを選んで、そのまま離れていった。
初戦の五人も、横切った五人も、勝てそうな相手を見つけて飛びついてはいない。
三人を倒すために順位を落とす者はいなかった。
「公式戦って、目の前に倒せそうな相手がいても追ってこないんだね。私たちを倒すより、安全圏へ先に入る方を選ぶ」
奈緒が言った。
「親切だろ。何を取られたか分かりやすい」
哲史は、搬入口を押さえた短槍役を一度だけ振り返った。
取られたのは勝負ではない。
奈緒へ戻る一本と、その先にある安全圏だった。
「戻る時に道を探すのでは遅いですね」
千景が言った。
「帰り道が一本だけなら、そこを塞がれた時点で戻れなくなる」
奈緒は、いま離れた搬入口を見た。
「次は、奈緒まで戻れる道を二本、先に確かめておく」
哲史が北側の交差点を指した。
◇
交差点の中央には、広告の剥がれた太い柱があった。
奈緒がその裏へ入る。
南の前方広場へ戻る道は、今度こそ二本とも開いている。
左は、柱が連なるアーケード側。
右は、閉じた店舗と荷捌き場の間を通る搬入口側。
哲史が左を見た。
「アーケード。二本目の柱を曲がれば奈緒だ」
次に右を見る。
「搬入口。青い扉を越えたら、この柱が見える」
千景はその場で身体の向きを変え、両方の曲がり角を見た。
一度、アーケード側へ三歩入る。
二本目の柱から奈緒のいる太い柱が見えることを確かめ、交差点へ戻った。
次は搬入口側へ入る。
青い扉の向こうから、奈緒の白い衣装が見えた。
千景は目で見ただけで終えず、二本とも自分の足で入口まで確かめた。
「アーケードと搬入口。どちらも通れます」
「よし」
「待って」
奈緒が二人を止めた。
「片方を塞がれたら、もう片方を使うの?」
「そうだ」
「それだけ?」
「二本とも見た。塞がれた方を捨てれば、残る方は決まる」
哲史は前方へ向き直った。
別の五人が、広場へ入ってくる。
五人の肩には、街並みを背にした魔物の爪痕が刻まれていた。
『最終戦線〜現代に魔物が現れたけど、強すぎない?〜』のチームだった。
原作の討伐部隊は、一人につき一つの武器を使い続ける部隊ではない。魔物の種類と大きさ、外殻の硬さ、動く速さに合わせて、持ち込む武器と補助魔法を替える。
この試合で選んだのは、硬い外殻を持つ中型から大型の魔物を止める編成だった。
先頭は大剣と片手斧。
中ほどに槍。後ろに弓と双剣が残った。
大剣と片手斧が外殻を割り、槍が正面から動きを止める。弓は離れた場所から弱点を狙い、双剣は速く動く脚や尾を切る。
五人は、哲史が構える大盾と千景の小盾を、硬い外殻に見立てて役割を分けていた。
哲史と千景が前へ出る。
奈緒は柱の裏に残る。
大剣の刀身へ、灰色の術式が走った。
魔法が増やしたのは、振り下ろす瞬間の刀身の重さだった。
重くなった大剣が、哲史へ振り下ろされる。
哲史は盾で受けず、刃が落ちる線の内側へ入る。
大剣は哲史の背後へ落ち、広場の舗装を砕いた。
槍の石突で、大剣を握る手首を打った。
片手斧の刃先だけが赤くなる。
熱の補助魔法で、盾や鎧へ触れる刃の温度を上げていた。
片手斧役が、赤熱した刃を横から千景へ振り込む。
千景は刃を小盾で受けず、斧を振る肘へ盾の縁を当てた。
腕ごと押し上げられた斧が、千景の頭上を通る。
二人は前へ残ったまま、敵の三人を広場中央へ引きつけた。
後ろの弓が、奈緒を狙う位置へ動く。
矢羽根の周囲へ細い風が巻き、柱の間を抜ける間だけ横風を弱める。
双剣は弓を守らなかった。
二本の刃にも風が沿い、振り始めの空気抵抗を減らしていた。
アーケード側へ走る。
槍役も正面を離れ、二本目の柱へ向かった。
二人で柱間を塞ぐつもりだった。
「アーケードへ双剣と槍が入った」
奈緒が具体的な二人を告げる。
まだ千景は戻らない。
双剣が柱間へ立ち、槍役がその後ろで穂先を横へ向けた。
槍役の後ろ足から土色の線が床へ広がる。
足裏を舗装へ固定し、正面から押されても退かないための補助魔法だった。
アーケード側が閉じる。




