018_見せてから勝つ
千景は、まだ前にいた。
主人公役の槍を鉤剣で外へ寄せ、長剣役の刃を小盾で受ける。
そのまま主人公役が、黒鉄色に固まった丸盾を千景の身体へ押し込んだ。
千景は小盾の向きを変え、丸盾を受ける。
小盾から外れた瞬間、先ほど外へ押した長剣が戻ってきた。赤い光が残る踏み込みから横へ振られ、刃先が千景の右腿を浅く裂いた。
『右大腿部・損傷』
視界の端に表示が開く。
青い格子は出ない。
千景は右足を引きずらなかった。
ただ、次の切り返しで右へ乗せる体重を減らした。
主人公役は、それを見逃さない。
丸盾を千景の左肩へ寄せ、傷めた右足へ体重を戻させる。
長剣役は同じ場所を二度狙わず、今度は小盾を持つ前腕へ刃を上げた。
主人公役と長剣役は、千景が右足へ体重を戻さないことを見て、押す方向と狙う場所を変えている。
このまま二人だけで続けても、千景が先に押し切られる。
「短槍、来い。三人でアンハナを落とす」
帰還路を塞いでいた短槍が、千景へ向きを変えた。
一歩。
まだ片足が、奈緒までの線に残っている。
二歩。
両足が線を離れた。
三本の武器が、千景一人へ向く。
「戻る」
千景は、三人が踏み込むより先に奈緒へ身体を向けた。
右前方の柱まで、斜めの通路が開いている。
短槍はもうそこにいない。
壁も、敵もない。
千景の一歩目が路面を蹴る。
二歩目から、奈緒へ戻る身体だけが加速した。
右腿の損傷は消えない。
右足が着くたび、踏み切りは左より浅くなる。
それでも、三人に囲まれる前に抜けられる線だった。
主人公役が追う。
長剣役と短槍役も続く。
三人は、閉じた店舗と柱の間へ一列に寄った。
千景は奈緒の前まで戻り、小盾を柱へ触れさせて止まる。
帰還が終わる。
そこから先は、千景自身の動きだった。
追ってきた主人公役が、千景へ丸盾を向ける。
その背後には、広場側へ抜けていた哲史がいた。
「後ろだ!」
主人公役が振り返る。
奈緒は、千景の右手だけを選んだ。
鉤剣を掛ける時刻に残った誤差が消える。
黒鉄色に固まった丸盾の上縁へ、鉤先が入った。
千景が引く。
丸盾は哲史へ向き切らず、主人公役の胸元から外れた。
哲史の槍が届く。
三つ目の青い格子が主人公役を包んだ。
短槍が、千景へ踏み込む。
右腿を狙った低い突きだった。
千景は傷めた足で跳ばない。
小盾の下縁を柄へ当て、穂先を路面へ落とす。
鉤剣を柄へ巻きつけた。
相手が引く力に逆らわず、半歩だけ前へ出る。
空いた胸元へ、小盾の縁を返した。
四つ目の青い格子が開く。
残った長剣役は、閉じた店舗を背にした。
長剣を身体の前へ横に置き、哲史と千景のどちらが踏み込んでも刃を返せる角度を作る。
奈緒へ向きを変えれば千景が入る。
千景を狙えば哲史が入る。
長剣役はどちらも選ばず、広場へ抜ける左側だけを残して下がった。
自分の逃げ道を作りながら、哲史と千景を刃の正面へ集める退き方だった。
哲史は追う足を一度止めた。
千景も、傷めた右足では回り込まない。
長剣役が左へ下がる。
その一歩で、長剣の切っ先が哲史へ寄った。
奈緒は哲史の盾が上がる時刻を選ぶ。
盾が、長剣の鍔に近い場所へ重なる。
切っ先ではなく、相手の右手に近い場所を外へ押した。
長剣役の正面が開く。
哲史は一歩で入った。
五つ目の青い格子が、二本線の『ありきたりな転生物語』の隊章を消した。
◇
五人を倒しても、試合は終わらなかった。
哲史たちは前方の広場へ入り、低い植え込みの内側を取った。
千景の右腿には損傷表示が残っている。
奈緒の呼吸も、短くなっていた。
哲史は追加の撃破を取りに行かなかった。
三人で見られる東側の入口だけを押さえ、北と西で上がる撃破通知を待つ。
収縮が一度進む。
残る四チームが三チームになる。
もう一度、赤い線が広場を狭めた。
北側の入口で、二つの隊章が続けて消えた。
残ったのは、哲史たち三人と一人だけだった。
最後の一人が、西側の店舗から出てきた。
片脚を引きずり、短剣だけを持っている。
哲史が広場の中央へ立つ。
槍を振らず、東側へ抜ける最短の通路だけを塞いだ。
相手は正面を選ばなかった。
植え込みの外側へ回る。
赤い収縮線が、その背中へ先に届いた。
最後の隊章が消える。
『第三試合終了』
第一位。
撃破、五。
第一試合の四撃破と、第二試合の五撃破が重なる。
『大会総合 第一位』
『総撃破 十四』
三人全員の姿が、広場に残っていた。
◇
接続が切れたあとも、千景は右腿を一度さすった。
外傷はない。
それでも、踏み切りを弱めた感覚は脚に残っている。
「現実の脚まで重いです」
「今日はもう走るな」
哲史が言った。
千景は右脚の感覚を確認してもらうため、係員と隣の検査区画へ移った。
奈緒は、千景が戻る前に別の画面を開いた。
第一試合で積荷棚の角を避けた矢。
第二試合で連絡橋の欄干を避けた矢。
第三試合で柱の端と看板を避けた二本の矢。
どの矢も、《テンプレ》の直後に放たれている。障害物へ当たる可能性が残っていたのに、左右の揺れは毎回、通過できる側へ寄っていた。
その横へ、能力の登録表示を置く。
『《テンプレ》――乱数調整』
「これが、フィクタで使える《テンプレ》です」
「起こり得る小さな差を、有利な側へ寄せる」
哲史が四本の矢を順に見た。
「はい。矢の揺れ、風向き、足元の小石みたいに、結果が決まり切っていない部分だけです。相手の判断は変えられないし、塞がれた道も通せない。第三試合でも、私が移動する方向は変えられなかった。哲史が戻した盾も避けられなかった」
奈緒は、登録表示の隣へ原作漫画を開いた。
題名は、『ありきたりな転生物語〜ユニークスキルテンプレはテンプレしか許しません〜』。
作中で主人公が持つ《テンプレ》は、乱数を少し有利にする能力ではない。
「原作の《テンプレ》は、運命操作です」
主人公が望む結末へ向けて、出来事の流れそのものを動かす。偶然を一つだけ選ぶのではなく、その結末へ至るまでに起きる出来事の順番まで変わる。
フィクタでは、対戦相手の選択や試合の結末を能力で決めることはできない。そのため、原作の運命操作から、物理的に起こり得る乱数を調整する部分だけが残された。
「前の試合で、登録表示より大きな設定があると言ってたな」
「原作を読み直して、やっと言い切れました」
奈緒は、長い題名と、五つの技名が並んだページを表示した。
《アイアン・ウォール》なら防御。
《フィジカル・ブースト》なら身体強化。
《ウィンド・アロー》《アクセラレーション》《アース・ウォール》も、名前を聞けば、何が起きるか想像できる。
「この作者、設定を考えてないから、分かりやすい題名と技名を使ったんじゃない」
「読者に見つけてもらうためか」
「うん。まず題名で、よく知ってる転生物語だと伝える。技名を聞くだけで、誰が何をするか分かるようにする。その入口から読んでもらって、奥に運命操作の設定を置いた」
「『火種師』と同じだな」
「同じ。深い設定を捨てたんじゃない。深いところまで読んでもらうために、入口だけは一目で分かる形にした」
奈緒も以前は、分かりやすくすることは、複雑な設定や細かな理由を削ることだと思っていた。
けれど、入口で意味が伝わらなければ、読者は奥にある設定へ着く前に読むのをやめる。
「そこまで気づいてる読者は?」
「反応欄では、私たち以外に数人だけ。ほとんどの人は、《テンプレ》を少し運がよくなる能力だと思ってます」
係員の確認を終えた千景が戻ってきた。
奈緒は原作の画面を閉じ、第三試合の映像を開いた。
「次は、|《龍環》の方を見てもいいですか」
三つの短い切り抜きが、もう並んでいる。
前へ走った奈緒。
前方へ残った千景。
移動した奈緒へ戻った千景。
反応欄にも、|《龍環》の名前があった。
『前なのに、アンハナがすぐ戻ってない』
『残るから戻るに変えた?』
『三択じゃなくて、途中で繋がるのか』
「『戻る』『残る』『前』を全部見せたのに、それでも勝てた」
奈緒が言った。
「見せたから、あの五人はあそこに立った」
哲史は、五人が最初に並んだ場面で映像を止めた。
弓役が奈緒への射線へ入り、短槍役が千景の帰還路を取り、長柄役が奈緒の次の柱を守る。その先の道まで、《アース・ウォール》で塞いでいた。
公開した三つを、一つずつ止める配置だった。
奈緒が「前」を選ぶと、待っていた長柄役が奈緒へ出た。哲史が長柄役を倒したため、短槍役は新しい帰還路へ移り、前衛二人は千景をその場で押し切ろうとした。
五人が配置を変えるたび、最初にはなかった通路と人数差が生まれた。奈緒は変わった状況を見て、「残る」と「戻る」を順に選び直した。
「三つを止めるために、誰がどこへ立つかを決めたのは相手です」
千景が言う。
「だから相手が動いたあと、私たちは変わった位置を見て、次の動きを選べました」
奈緒は返信欄を開かなかった。
説明文も足さず、「前」から「戻る」まで続く映像だけを公開する。
三つの言葉を知っていても、次の一語は相手が動くまで決まらない。
隠していた答えを出したのではない。
見えている始まりから、その場で答えを選び直した。
見せたことまで、三人の勝ち方に入っていた。
隣で、哲史が別の登録画面を開いた。
『地区公式戦 エントリー完了』
三人分の登録欄が、白く確定する。
「次は、公式戦」




