017_三つとも読まれている
赤い収縮予告線が、哲史たちの背後へ近づいていた。
正面には、二本線の『ありきたりな転生物語』の前衛二人がいる。
右は、丸盾と槍を持つ主人公役。
左は、長剣役。
その奥から、弓が奈緒を狙っている。
短槍は千景が戻る通路へ入り、長柄武器は奈緒の右前方にある柱を取っていた。
長柄役が、柄尻を路面へ落とした。
「《アース・ウォール》!」
土色の光が、奈緒の右前方にある柱よりさらに右の横道を走る。横道の路面が人の肩まで持ち上がり、奈緒が柱を越えて広場の外縁へ逃げる道を塞いだ。
千景が奈緒へ戻れば、短槍役が止める。
千景が哲史の隣に残れば、弓役が奈緒を射る。
奈緒が右前方の柱へ動けば、長柄役が待ち受け、その先は土壁で塞がれている。
五人は、|《龍環》から分かれる三つの対応を、一つずつ止める位置にいた。
哲史が盾を半歩だけ左へ動かした。
主人公役も、丸盾を立てたまま同じ幅だけ左へ寄る。
千景が鉤剣を上げる。
長剣役は刃を千景へ向けたまま、踏み込まない。
弓も、短槍も、長柄武器も動かなかった。
三人がどの言葉を選ぶか、五人は待っている。
「俺と長剣で正面を止める。ほかの三人は、相手が動くまで持ち場を変えるな」
主人公役が言った。
哲史たちを急いで倒す必要はない。
次の安全圏は五人の背後にある。待っていれば、収縮に押される三人の方が先に動く。
「研究されてる!」
「向こうは、『戻る』『残る』『前』を全部知ってる」
奈緒の声が、後ろの柱から届いた。
「映像に出たからな」
哲史は正面を見たまま答えた。
千景が奈緒へ戻れば、短槍がいる。
千景が哲史の隣に残れば、弓が奈緒を射る。
奈緒が前へ動けば、次の柱から長柄武器が出る。その先の道も、土壁で閉じている。
五人の配置は間違っていなかった。
赤い線が、閉じた店舗の軒下を横切る。
哲史たちのいる通路へ届くまで、もう長くはない。
奈緒が息を吸った。
右前の柱までの距離も、長柄武器の間合いも、短槍が次の線へ移る歩数も見えている。
名前を付ける前なら、三つとも伝えようとしていた。
「前」と言えば、自分が動く。
決めたのはそこまでだった。
移動したあと、千景が戻るとは決めていない。哲史が正面だけを進むとも決めていない。
奈緒を残す。
哲史の前進を止めない。
千景も使い捨てない。
三人が先に持っているのは、その三つだけだ。
誰が長柄役を止め、誰が正面の二人を引き受けるかまで言葉にすれば、矢が放たれる前に答えを固定してしまう。
奈緒は言わなかった。
五人も動かない。
先に変わったのは、弓だった。
中央の射線で、弦を引く右肘が止まる。
矢先が奈緒のいる柱の右縁へ合った。
まだ、放たれていない。
主人公役が、弓より先に叫んだ。
「《テンプレ》!」
主人公役の身体にも、矢にも、目に見える変化は起きない。
続けて、弓役が弦を引き切る。
「《ウィンド・アロー》!」
矢羽の後ろへ風が集まった。
主人公役は丸盾を哲史へ向ける。
「《アイアン・ウォール》!」
黒鉄色の光が、主人公役の丸盾と盾を持つ前腕を固めた。
長剣役も、千景へ向けた刃を引く。
「《フィジカル・ブースト》!」
赤い光が長剣役の肩から両脚までを走る。強化されたのは長剣役一人の身体で、踏み込みの速さと剣を押す力が上がった。
主人公役が哲史へ一歩出た。
丸盾の脇から伸びた槍を、哲史が自分の盾で受ける。
同時に、長剣役が千景へ踏み込んだ。
千景は小盾で長剣を受け、鉤剣を主人公役の槍の柄へ掛ける。
千景は戻らない。
弦が鳴った。
「前」
奈緒が選んだのは、自分の右足だった。
柱を離れる時刻に残った、わずかな遅れだけが消える。
脚が速くなったわけではない。
奈緒は自分の速さで、右前方の柱へ走った。
矢は後ろから風に押される。左右に残っていたわずかな揺れが、柱の右縁へ当たらない側に収まり、指一本分の隙間を抜けた。
ただし、《テンプレ》が選べるのは、最初から起こり得る矢の揺れだけだった。奈緒がどちらへ動くかまでは変えられない。
矢は奈緒が一秒前までいた場所を通り、閉じた店舗のシャッターへ刺さった。
右前方の柱から、長柄武器が出た。
長い刃が低く回る。
奈緒がそのまま進めば、足を払われる高さだった。
五人が見た前の試合では、ここで千景が奈緒へ戻っている。
千景は戻らなかった。
長剣役の二撃目を小盾で受け、主人公役の槍を鉤剣で外へ引く。
代わりに、哲史が右へ抜けた。
主人公役が、黒鉄色に固まった丸盾を哲史へ向け直そうとする。
千景は小盾の下縁を主人公役の膝前へ入れた。倒そうとはしない。哲史を追う一歩だけを止める。
長剣役は、千景ではなく哲史の横腹へ刃を返した。
千景の鉤剣が、長剣の鍔に近い場所へ掛かる。
剣を止め切ろうとはせず、哲史の背中から外れる幅だけを引いた。
主人公役が、固めた丸盾で千景の小盾を押し返す。
千景は二人の間に留まり、哲史を追わなかった。
哲史も振り返らない。
千景は目の前の前衛二人を引き受け、哲史は奈緒へ向かった長柄役を止める。奈緒が追加で指示しなくても、二人は自分の目の前にいる相手を見て役割を分けた。
長柄の刃が、奈緒へ届く前に持ち上がった。
哲史の盾が、柄の下から入っている。
奈緒はもう、哲史の盾を補正していない。
自分の一歩を終えたばかりだった。
それでも哲史は、長い柄が力を持つ先端ではなく、相手の両手に近い内側へ入っていた。
盾で柄を上へ押す。
空いた胸元へ、槍の石突を返す。
青い格子が一つ開いた。
長柄武器の姿が消える。
奈緒は、長柄役が消えて空いた右前方の柱へ滑り込んだ。柱の先では、《アース・ウォール》が逃げ道を塞いだまま残っている。
哲史はその外側へ立つ。
千景だけが、元の正面に残っていた。
「短槍、アンハナの戻り道を塞げ。弓は広場へ下がれ」
主人公役の指示は早かった。
短槍が、元の通路を捨てる。
「《アクセラレーション》!」
青い光が短槍役の両脚を走る。短槍役は、自分の脚だけを加速させた。
「アンハナは前に残った。移動した奈緒と結ぶ、新しい帰り道を先に取れ」
短槍役は斜めの通路へ走り、柱と閉じた店舗の間へ身体を入れ直した。
千景が従来と違う動きをしても、残る四人は見てから役割を更新している。
弓は一人を失ったことに構わず、広場側へ下がる。
退きながら、哲史へ二本目をつがえた。
三つへの対策を外されたあとも、残る四人は止まらなかった。
新しい位置で、もう一度塞ぎ直している。
千景の前では、主人公役と長剣役が左右へ開いた。
二人同時に踏み込める幅を作っている。
千景が奈緒へ戻れば、斜めの通路に短槍役がいる。
千景が哲史の代わりに前へ残れば、強化された主人公役と長剣役の二人に押し切られる。
「残る」
千景は奈緒を振り返らなかった。
右の主人公役が突き出す槍を、小盾の外へ滑らせる。
左の長剣へ鉤剣を掛け、鍔に近い場所を押す。身体強化された長剣役が力を返した分だけ、千景は半歩下がった。
勝つための後退だった。
二人を倒そうとしなければ、同時に受ける距離は短くできる。
主人公役が固めた丸盾を前へ出せば、千景は閉じた店舗側へ寄る。
長剣役が外から回れば、今度は柱側へ戻る。
二人の間を抜けようとはしない。
小盾で一人の視界を狭め、鉤剣でもう一人の武器だけを遅らせる。
一歩下がるたび、奈緒からは遠くなる。
その代わり、哲史が弓へ進む時間が一歩分ずつ増えた。
哲史は奈緒の柱を背にして、広場へ下がる弓を追った。
弓が振り返る。
矢先が、今度は哲史の胸元へ合った。
千景と向かい合ったまま、主人公役がもう一度叫ぶ。
「《テンプレ》!」
弓役が続けた。
「《ウィンド・アロー》!」
弦が鳴り、矢が風に押し出される。広場の入口に垂れた看板の端を、指一本分だけ避けて哲史へ飛んだ。
奈緒は、自分の足から補正を外していた。
次に選んだのは、哲史の左手だった。
盾を戻す時刻に残った遅れだけが消える。
哲史の左足が路面を踏む。
身体が止まり、そのあとで盾が胸元へ返った。
矢は盾面を擦り、閉じた店舗の看板へ刺さる。
《テンプレ》は看板を避けられる側へ矢の揺れを寄せた。それでも、奈緒が時刻を補正し、哲史が正面へ戻した盾まで避けさせることはできなかった。
哲史は止まった左足を軸に、もう一歩だけ弓へ近づいた。
二射目をつがえる距離は残らない。
弓が短剣へ持ち替える。
哲史の槍先が、その手より先に胸元へ届いた。
二つ目の青い格子が弾ける。




