016_読まれた《龍環》
接続区画で、奈緒は第一試合の映像を二か所だけ止めた。
矢が放たれたあとの「戻る」。
弦が止まったままの「残る」。
「前は使わなかった」
「使う場面がなかった」
哲史が答える。
「三つとも見せるのが目的じゃない。必要な一つだけでいい」
「次も経路を塞がれるとは限りません」
千景が言った。
「塞がれなければ、私が戻ります」
奈緒は三つ目の言葉を消さなかった。
第二試合の枠が白く点灯する。
◇
次の区画には、低い連絡橋が何本も渡っていた。
橋の下は柱の列で区切られ、閉じた店舗の間に細い通路が延びている。
奈緒は一番手前の柱へ入った。
哲史と千景は、二本先の柱で『ありきたりな転生物語』の前衛二人と接触する。丸盾と槍を持つ主人公役が右、長剣役が左にいた。
同じチームの射撃役は連絡橋の上。
短槍の一人が、柱の陰で千景と奈緒の間を見ていた。
五人目の長柄武器は、連絡橋へ上がる階段口に残っている。
長柄役が柄尻を階段前の床へ落とした。
「《アース・ウォール》!」
土色の光が階段口を横切り、床が人の肩まで持ち上がる。内壁側には一人が通れる幅だけが残り、長柄役はその通路を守る位置へ立った。
短槍役が千景の帰還路を塞ぎ、連絡橋の射撃役が奈緒を狙い、長柄役が階段を守る。三人を前後から崩すための役割分担は、前週に千景の帰還路を塞いだときと同じだった。
哲史と千景が前へ出る。
右の主人公役が丸盾を立てた。
「《アイアン・ウォール》!」
盾と前腕が黒鉄色の光に固められる。左の長剣役は、赤い光を肩から両脚へ走らせた。
「《フィジカル・ブースト》!」
長剣役の踏み込みが深くなり、哲史と千景が左右へ分かれる隙間を消した。
射撃役が奈緒へ向く。
千景が帰る時刻で、短槍役が叫んだ。
「《アクセラレーション》!」
青い光が短槍役の両脚を走る。短槍役は千景より先に、千景と奈緒を結ぶ直線へ入った。
能力を消されたわけではない。
そこに一人立たれただけで、千景は奈緒まで真っすぐ戻れない。
短槍の右には店舗の壁。
左には柱がある。
迂回すれば、連絡橋から次の矢が先に届く。
ただし、奈緒の右前方には、もう一本の柱があった。
そこまでの床は開いている。
移れば、千景と奈緒を結ぶ線も変わる。
連絡橋の上で、弓を引く右肘が欄干から出た。
前方で哲史の槍を止めていた主人公役が、もう一つの技名を叫ぶ。
「《テンプレ》!」
主人公役の身体にも、周囲の地形にも、目に見える変化は起きなかった。
「前」
奈緒は、自分の右足を選んだ。
床を蹴る時刻に残った半拍だけを消す。
脚が速くなったわけではない。
奈緒は自分の速さで柱を離れ、右前方の柱まで走る。
弓の狙いが、移動した奈緒を追った。
短槍も元の直線から左へ寄ろうとする。
その外側に、千景から新しい柱までの道が開いた。
千景が向きを変える。
短槍の脇を抜けたのではない。相手が塞いだ一本を使わず、外側の通路へ出る。
移動した奈緒へ向かう足が、二歩目から加速した。
連絡橋の上から、射撃役の声が落ちる。
「《ウィンド・アロー》!」
弦が鳴る。矢は風に押され、欄干の端を指一本分だけ避けて、移動した奈緒へ向かった。
千景は奈緒の前へ滑り込み、小盾を立てた。
矢が盾面を叩き、柱の反対側へ逸れる。
短槍が二人を追って振り返った。
その背後では、哲史が前衛二人の内側へ入っていた。
右の主人公役が突き出した槍を、盾で押し上げる。
「近い、押し返せ!」
主人公役の声が裏返った。槍を引く肘が後ろへ出ても、哲史との距離は開かなかった。
空いた胸元へ、槍の石突を返す。
一つ目の青い格子。
左の前衛が哲史へ向き直る。だが、隣にいた一人はもう消えている。
口が開いた。
呼ぼうとした味方の名は出ず、長剣の柄を握り直す音だけが鳴った。
哲史は槍を引かず、柄の中央を肩へ当てた。
身体ごと押して柱へ挟み、穂先を胸元へ滑らせる。
二つ目の青い格子が開いた。
短槍は奈緒へ進むか、哲史の背後へ戻るか、一度足を止めた。
千景の鉤剣が、その柄へ掛かる。
奈緒へ向いた穂先が床へ落ちた。
小盾の縁が胸元へ入る。
三つ目の青い格子。
奈緒が右前方の柱へ移ったため、短槍役は奈緒と千景を追って後ろを向いた。その間に哲史は前衛二人を倒し、千景も短槍役を倒した。残った射撃役と長柄役は、哲史と千景に前後から挟まれていた。
連絡橋の射撃役は、階段へ下がろうとした。
階段口の長柄武器が、その退路を守る。
哲史が下から長柄の穂先を引きつける間に、千景は柱の外側を通常の脚で回った。射撃役が千景へ弓を向ければ、哲史が階段を上がれる。長柄役が哲史へ穂先を戻せば、千景の鉤剣が射撃役の弓へ届く。
射撃役は、階段を上がりかけた哲史ではなく、連絡橋の端へ出た千景へ弓を向けた。
その瞬間、長柄役の穂先も哲史から離れ、千景へ振られる。
哲史は一人分だけ残された内壁側の通路へ入り、盾で長柄武器の柄を壁へ押しつけた。長柄役が武器を引き戻す前に、槍の石突を胸元へ当てる。
四つ目の青い格子が開いた。
射撃役が矢を放つ。千景は連絡橋の縁へ身体を寄せ、鉤剣で弓の上端を引いた。矢は千景の肩を外れ、橋の床へ刺さる。
引き下げた弓の裏へ、小盾の縁を差し込む。
五つ目の青い格子が弾けた。
『第二試合終了』
第一位。
撃破、五。
二試合分の結果が重なる。
『大会暫定 第二位』
暫定一位には、また二本の斜線があった。
◇
接続区画へ戻ると、千景は矢を受けた小盾を点検してもらうため、整備台へ向かった。
奈緒は、第一試合と第二試合で放たれた二本の矢を、一つの画面へ並べた。隣に残った哲史へ画面を向ける。
第一試合では、《テンプレ》の直後に放たれた《ウィンド・アロー》が、積荷棚の角を指一本分だけ避けた。
第二試合でも、《テンプレ》の直後に放たれた《ウィンド・アロー》が、連絡橋の欄干を指一本分だけ避けた。
「二本とも、《テンプレ》のあとです」
「登録されてる効果は、乱数調整だ」
哲史も二本の停止画面を見比べた。
「風向きや、矢が左右へぶれる幅みたいに、どちらへ転ぶか決まりきっていない小さな差があります。その中から、自分たちに都合のいい結果が出やすくなる。みんなは、その程度の能力だと思ってます」
「通れない場所に、新しい道を作る力じゃない」
「はい。壁の向こうへ矢を曲げることも、千景の盾をすり抜けさせることもできません。だから第二試合の矢は欄干を避けられても、移動した私に合わせて入った千景の盾までは避けられなかった」
フィクタの《テンプレ》が選べるのは、最初から起こり得る小さな揺れの中だけだった。塞がれている射線を通したり、確実に防がれる矢を命中へ変えたりはできない。
「それでも、二回続けて必要な側へ寄った」
哲史の指が、棚の角と橋の欄干を順に指した。
「原作でも、こういう偶然が主人公に必要な順番で何度も重なります。ただ運のいい主人公を描いてるだけなら、ここまで順番を揃える必要はない」
「作者は、別のものを描いてる?」
「まだ言い切れません。でも《テンプレ》は、少し運がよくなるだけの能力じゃない。原作にあるもっと大きな設定を、フィクタで使える範囲まで小さくした能力だと思います」
千景が整備台から戻ってきた。
奈緒は二本の矢を閉じ、|《龍環》の三つの切り抜きを開いた。
「三つとも映った」
奈緒は、第一試合と第二試合の短い切り抜きを見た。
戻った千景。
前へ残った千景。
自分から前へ動いた奈緒。
大会の映像欄には、すでに三つが並んでいる。
「次は、三つを待たれます」
千景が言った。
「一週かからなかったな」
哲史は、暫定一位の隊章を見た。
第三試合が始まる。
三人が降りたのは、屋根の抜けた商店街区画だった。
両側に閉じた店舗が並び、中央の通路には四角い柱が続いている。次の安全圏は、その先にある広場へ寄っていた。
二本線の『ありきたりな転生物語』の五人は、もう広場の手前にいた。
丸盾と槍を持つ主人公役と、長剣役が、哲史と千景の正面へ並ぶ。
弓は、奈緒まで通る中央の射線へ。
短槍は、千景が戻る一本へ入る。
長柄武器の一人は、奈緒が次に使える右前方の柱を先に取った。
千景が戻れば、短槍がいる。
前へ残れば、弓は奈緒へ届く。
奈緒が動けば、次の柱に長柄武器がいる。
「三つとも待ってる」
奈緒が言った。
哲史は盾を上げた。
千景が、その横へ出る。
奈緒は二人を見られる柱の後ろへ入った。
三人は、千景が奈緒のもとへ戻る場合、哲史の隣に残る場合、奈緒が自分から前へ動く場合、その三つすべてに先回りした五人の前で、また同じ|《龍環》の形へ入った。




