012_一位は一度じゃ足りない
接続区画へ戻ると、千景はすぐに座らなかった。
右肩の損傷表示は閉じている。それでも、盾を上げ損ねた腕を確かめるように、右手を肩へ当てた。
「一試合目なら、間に合いました」
「二人の疲れも、俺と同じように抜けると思ってた。悪い」
哲史は言い訳を足さなかった。
二人の疲れは見えていた。
見たうえで、自分と同じように、試合で身体を動かすうちに疲れが抜けると思った。
「謝るくらいなら、次は私と千景の疲れも計算に入れて、作戦を組んで」
奈緒が言った。
「交代はいないけど、場所は変えられる」
頭上には、暫定首位のチームが表示されている。
黒い環。
第一試合二位、第二試合一位。
「私が前へ出る」
「射線が増える」
「壁沿いなら減らせる。千景が戻る距離も短くなる」
千景が奈緒を見る。
「守る位置を、奈緒さんが動かすんですね」
「守られるだけの場所にいない方が、三人とも走らなくて済む」
哲史は第三試合の地形表示を開いた。
旧工場。
中央には複数の建物と渡り廊下がある。外周には長い壁が延び、その外側を赤い収縮線が追ってくる。
「外から入る。戦う回数を減らす」
第一試合と同じ出力を取り戻すのではない。
残っている身体で足りる形へ変える。
第三試合の枠が点灯した。
◇
三人は旧工場の外周へ降りた。
背後には赤い収縮線。
正面には窓の少ないコンクリート壁が続き、敵が来られるのは壁沿いの前後だけだった。
哲史が先頭を進む。
奈緒は遠くへ残らず、壁から離れないまま千景の数歩後ろを歩いた。
第一試合なら、破砕機の影で二人を見ていた距離だった。
いまは角の向こうで武器が触れるたび、その音が近い。肩が止まりかけても、奈緒は壁の継ぎ目を一つずつ前へ越えた。
奈緒が一歩進めば、千景が戻る道も一歩短くなる。
守られる位置を、自分で動かしていた。
敵影が見えても追わない。
建物の奥で撃破通知が鳴っても、入口へ寄らない。
収縮に押される分だけ前へ進み、接触しそうな一つの角だけを哲史が止めた。
第二収縮まで、三人は一人も倒さなかった。
哲史の呼吸も、もう第一試合のようには戻らない。
角を確認して足を止めるたび、次の一歩までに深く一度吸う。それでも、必要な入口へ槍を向ける時刻は遅れなかった。
次の安全圏は、旧工場の組立棟を中心に閉じた。
その建物を、『特殊部隊転生』の黒い環が先に取っていた。
五人のうち一人は、別の交戦で既に消えている。
残る四人は追ってこない。
二つの入口を、短槍と丸盾を持つ一人ずつが見張っている。二階の割れた窓には弓。最後の一人は片手剣を持ち、建物の側面へ回れる位置にいた。
「第二試合では、弓が三人いました」
千景が二つの入口を見比べた。
「あの漫画は任務へ入る前に装備を選ぶの。FICTAでも、DANCERがインストールしているキャラクターが原作で使った登録済みの武器なら、試合ごとに持ち込みを変えられる。試合中に武器を出したんじゃない。第三試合が始まる前に、持ち込む武器を変えた」
奈緒が、二枚の丸盾と二階の弓を順に見る。
「森林で使った三方向からの射撃を捨てて、建物を守る装備に変えたってことか」
「うん。二人が入口を止めて、弓が上から撃つ。片手剣は、どちらかの入口を抜こうとした相手の側面へ回る」
総合首位なら、三人を倒すために外へ出る必要はない。
安全圏へ入れなければ、負けるのは哲史たちだった。
「右から入る」
哲史は組立棟と倉庫の間を見た。
通路一本の上を、二階の弓が見下ろしている。
槍を持たない右手を上げる。
倉庫の壁際から水気が立ち、風がそれを通路へ押し込んだ。
白い霧が、二階と地上の間だけを短く塞ぐ。
二階の弓役が霧の向こうから声を落とした。
「左の盾も右入口へ。片手剣は外周から補正役を狙え。俺は窓から射線を維持する」
黒い環は全員を霧へ向けなかった。
左入口の盾役が右へ寄り、二人で正面を塞ぐ。
側面の一人だけが、倉庫の外を回って奈緒へ近づく。
哲史が入口へ走った。
盾が二枚、隙間を閉じる。
二人の靴の周囲で土色の光が走った。床に散ったコンクリート片が噛み合い、盾を押されても後ろへ滑らない足場へ固まる。
千景は哲史の横まで出た。右の鉤剣を、手前の盾の外縁へかける。
奈緒は哲史の呼吸を見た。
踏み込みの遅れも、槍を返す腕の重さも見えた。
選ばない。
視線を千景の右手へ絞る。
鉤剣の先は盾縁へ触れている。だが、そのまま引けば浅く滑る。
奈緒が消したのは、噛み合う瞬間の手首に残った角度だけだった。
鉤が盾縁を捉える。
そこから先は、千景が引いた。
腕と背中で盾の重さを受け、外へずらす。
二枚の盾の間に、人一人分の隙間が開いた。
哲史はそこへ入る。
一人目の槍を盾で上へ流し、石突で手首を打つ。
武器が落ちる前に身体を返し、もう一人の膝裏へ槍の柄を当てた。
二人の姿勢が続けて崩れる。
穂先が一人目へ戻る。
青い格子が開いた。
哲史は止まらず、倒れた二人目の胸元へ石突を返す。
二つ目の格子が、入口を塞いだ盾ごと包んだ。
「奈緒さん、側面です」
千景が振り向く。
倉庫の外を回った一人が、片手剣を奈緒へ伸ばしていた。
灰色の隠蔽魔法が服の色をコンクリート壁へ近づけている。それでも、動く影までは消えない。壁沿いを進む以上、奈緒へ近づく道も一本しかなかった。
奈緒は第一試合より前にいる。
千景との間にあるのは、壁沿いの短い直線だけだった。
一歩目で向きを変える。
二歩目から帰る足が加速した。
小盾が片手剣の腹へ当たり、刃を奈緒の外へ滑らせる。
千景は身体を射線へ残さない。
右の鉤剣で相手の手首を外から絡め、引いた腕を小盾の縁へ寄せる。
片手剣が落ちた。
返した鉤剣が胸元へ届く前に、三つ目の青い格子が開く。
二階の弓が窓から離れた。
霧はもう薄い。
それでも、正面の二人と側面の一人が消えたあとでは、射線を止める前衛がいない。
弓役が、窓から離れる前に短く告げた。
「閃光。裏口へ離脱する」
窓枠へ撃ち込まれた矢の鏃で、まとわせていた雷が白く弾けた。組立棟の中が一瞬だけ光で埋まり、哲史の視界から弓役の姿が消える。
哲史は、白く潰れた視界の中で相手の姿を探さなかった。建物の反対側へ抜けられる出口は、最初に確認した一つだけだった。
弓はその裏口へ抜けようとした。
哲史が追う。
脚は重い。
三試合目で初めて、踏み込んだ後に呼吸が追いつかない。
それでも相手が逃げられる出口は一つだけだった。
外では赤い収縮線が壁際まで来ている。
弓が振り向く。
引き絞った矢の周囲で風が鳴り、走る哲史の胸元へ軌道を合わせる。
哲史は盾を上げて一射を受け、速度を落とさない。
弓を引き直す前に間合いへ入り、槍の柄で両手を壁へ押さえた。
穂先を返す。
四つ目の青い格子が、割れた窓の下で弾けた。
『第三試合終了』
第一位。
撃破、四。
三人の名前は、すべて生存欄に残っていた。
◇
接続区画へ戻った哲史は、今度は二人より先に立たなかった。
白い床へそのまま座り、片膝に腕を置く。
隣では千景も座っていた。奈緒は一度立ったまま結果を見上げ、表示が切り替わる前に哲史の横へ腰を下ろした。
第一試合、一位・六撃破。
第二試合、八位・二撃破。
第三試合、一位・四撃破。
三つの結果が中央へ集まり、新しい表示へ変わる。
集計を待つ数秒だけは、誰も口を開かなかった。
第一試合の貯金で残ったのか。第三試合で取り返したのか。具体的な点数は表示されない。
ただ、暫定首位だった『特殊部隊転生』の黒い環が一度だけ上に残り、その下から三人の欄がせり上がった。
『大会総合 第一位』
「三人で、優勝した」
奈緒が言った。
千景は返事をしようとして、先に笑った。息が続かず、短い笑いが二度に分かれる。
「一位って、こんなに疲れるんですね」
「あと二回取れば慣れるかもな」
「三試合を、もう一大会ですか」
千景が笑ったまま哲史を見る。
「今日じゃない」
「そうしてください」
大会表示の横に、次の週末の受付が開いた。
奈緒が哲史の手元を見る。
「もう次?」
「一位は一度じゃ足りないんだろ」
哲史は床に座ったまま、三人分の参加欄を開いた。




