010_最初の一位
千景は撃破通知を見上げなかった。
奈緒の前に小盾を残したまま、次に哲史へ合流できる道を確認する。
哲史は振り返らなかった。
背後に残った二人が、どちらも立っている。確認する必要はなかった。
◇
一人を失った白線の四人は、退かなかった。
東西の交代が速くなる。
槍が東から下り、短槍が土魔法で固め直した西の坂で待つ。長槍は両脚へ風を集めながら槍の背後まで進み、上段の弓は射点と風向きを変えた。
狙いは変わっていない。
千景が前へ戻る前に、哲史の脚を使い切らせる。
哲史は東の槍を止め、西へ向きを変えた。
短槍の円盾へ槍の柄を当て、盆地へ入る一歩だけを遅らせる。
また東へ戻る。
呼吸は最初より深くなっていた。盾を握る左腕にも、受けた衝撃が残っている。
敵はそれを見ていた。
槍の一人が、初めて坂の途中で退かなかった。
「|《千年穿ち》!」
哲史の右足が、崩れた砂利へ入る。
靴底の下から石が逃げ、膝が外へ流れた。
槍が胸元へ伸びる。
奈緒の補正は来ない。
哲史は左足を一歩だけ踏み直した。腰を落とし、流れた膝の上へ重心を戻す。
槍も盾も下げない。
崩れた姿勢を、自分の身体で立て直した。
そこへ、穂先が届く。
奈緒の視線が哲史の左手首へ絞られた。
足場にも、呼吸にも触れない。
穂先を受ける一瞬、内へ寝かけた盾面だけが、哲史の狙った角度へ立つ。
槍が盾の外へ滑った。
哲史は開いた内側へ踏み込む。
盾の縁で相手の肩を押し、槍を短く持ち替えた。
穂先が胸元へ届く直前、青い格子が開く。
二人目。
交代の支点が消えた。
「西を塞ぎます」
戻ってきた千景が、短槍の相手の退路へ小盾を向けた。
奈緒との間には、戻れる道を一本残している。
短槍の相手は上段へ帰れない。土魔法で固めた退路には千景が立っている。前へ出れば哲史、横へ抜ければ千景がいる。
円盾を哲史へ向けた瞬間、千景の鉤剣が盾の外縁を引いた。
短槍の足元で、固めた砂利に亀裂が入る。土魔法で身体を支えても、盾を引かれる方向までは変えられない。
哲史は空いた膝を槍の柄で崩す。
倒れる身体へ穂先を返し、三つ目の格子を開かせた。
長槍が両脚の風を解放し、東から駆け下りる。
弓も矢の後ろへ風を重ね、上段から放った。
哲史は長槍の穂先を盾で受け止めず、盾面へ沿わせて外へ流した。矢が盾の外側を抜ける。そのまま間合いの内側へ入り、石突で手首を打つ。
長槍が砂利へ落ちた。
槍の穂先が返る。
四つ目の格子が、坂の途中で弾けた。
最後に残った弓が、上段を走る。
哲史は追った。
何度も切り返した脚で砂利坂を上る。踏むたび石が落ちても、二歩目の位置は流れない。
弓が振り向きざまに引かれた。
矢羽根の周囲へ風が集まる。放たれれば、崩れた姿勢からでも哲史の胸元まで直線で届く。
射つより先に、槍の石突が弓を持つ手へ届く。
弦が緩み、矢先が地面へ落ちた。
哲史は一歩を詰める。
五つ目の青い格子が、白い横線を包んだ。
『槍聖』の五人は、魔法を使わなかったわけではない。
土で足場を固め、風で踏み込みと矢を支え、魔力の鎖で盾を外そうとした。その全てを一度に重ねず、交代する一人へ必要な魔法だけを渡していた。
敵は正しく、休める二人分と四人分の魔法を使った。
哲史は休めないまま、その全員より長く同じ動きを続けた。
最後の格子が消えたあとも、哲史はすぐには槍を下ろさなかった。
東西の坂を一度ずつ見る。北の作業路へ戻った千景と、その後ろにいる奈緒を確認する。
三人とも残っている。
訓練で決めていた攻撃順は、一つも使えなかった。それでも、前を哲史、空いた場所を千景、直す一瞬を奈緒が受け持つ形だけは崩れていなかった。
◇
戦っている間に、安全圏は採石場の北側へ寄っていた。
残存チーム表示は、三。
哲史たちは北の作業路から上段へ出た。
破砕設備の反対側で、残る二チームが交戦している。
青い格子が二つ、続けて開いた。
さらに一つ。
設備の影から、生き残った一人がよろめきながら出てきた。片手には幅広の剣が残っているが、呼吸も構えも戻っていない。
哲史は待たなかった。
戦闘直後の相手が、足を止めて剣を上げる前に距離を詰める。
相手が下がろうとした先へ、千景が回った。
退路が閉じる。
奈緒は補正を加えない。
哲史は槍を突かず、石突で剣を握る手首を打った。
幅広の剣が落ちる。
返した穂先と相手の胸元の間に、最後の青い格子が開いた。
『第一試合終了』
視界に、結果が重なる。
第一位。
撃破、六。
哲史が五人。千景が一人。
三人の名前は、すべて生存欄に残っていた。
◇
視界が暗くなり、接続区画の白い床が戻ってきた。
「一位」
奈緒が頭上の表示を見たまま言った。
もう一度、確かめるように読む。
「一位だ」
今度は、声に笑いが混じった。
千景は床へ座ったまま、右手を開いている。投影身体の鉤剣は消えていたが、武器を噛ませた感触が指に残っているようだった。
「実戦で、一人倒せました」
「守って、自分も残って」
奈緒が言うと、千景は短く息を吐いた。
「はい」
哲史も一度だけ膝へ手を置いた。
呼吸は深い。それでも数回吸ううちに、胸の上下は小さくなった。
千景はまだ立ち上がらない。奈緒も右手の指を握り、わずかな震えが収まるのを待っている。
千景は、自分より先に呼吸を戻した哲史を見た。
同じ一試合を戦ったはずなのに、哲史はもう次の枠を見ている。千景はその差を口にせず、もう一度長く息を吐いた。
投影身体の傷は残らない。
何度も切り返した脚の重さも、一つだけを選び続けた集中の疲れも、現実側には残っていた。
「まだ一試合だぞ」
哲史が言った。
「分かってる」
奈緒は一位の表示から目を離さなかった。
「今だけは喜ばせて」
「俺も喜んでる」
頭上には、三つの試合枠が並んでいる。
左端には、第一位と六撃破。
その隣で、灰色だった第二試合の枠に開始までの時間が現れた。
一位の表示の下で、第二試合までの残り時間が一秒減った。




