009_三人になった最初の試合
哲史の視界上部に、横長の枠が三つ並んでいた。
白く点灯しているのは、左端だけだ。
第一試合。
第二、第三試合の枠は、まだ灰色に沈んでいる。
週末の非公式大会《ウィークエンド・オープン》。二十チームで行うバトルロイヤルを、同じ日に三試合。順位と撃破の合計で大会結果が決まる。
「一つ目を取っても、終わりじゃないんだよね」
隣を降下する奈緒が、三つの枠を見た。
「あと二つある」
「分かってる。確認しただけ」
その反対側には千景がいる。
三人の下に、森林、旧工場、白い岩肌をむき出しにした採石場が広がっていた。
哲史は採石場へ降下地点を置いた。
狙ったのは、周囲を見下ろせる上段ではない。
破砕設備と砕石の山に挟まれた、低い盆地だった。
◇
三人が着地すると、靴の下で細かな石が鳴った。
千景を加えてから、初めての実戦だった。
前日の標的は、入力された順番どおりにしか動かなかった。失敗しても停止させ、同じ位置からやり直せた。
今日は、どこから何人が来るかも分からない。
奈緒は自分の右手を一度だけ握り、すぐに開いた。千景も小盾の留め具を確かめると、奈緒の横ではなく、哲史と並べる位置まで前へ出た。
盆地へ通じる道は三本。
東と西に一本ずつ、幅の広い砂利坂がある。北には、破砕設備の脇を通る細い作業路が延びていた。
「ここ、上から見下ろされます」
千景が東の崖を見上げた。
「見えない道が残るよりいい」
哲史は三本の入口を順に見た。
「来るなら、この三本からだ」
ザナはいない。
霧の向こうや地形の裏側にいる敵を見つける役も、広い戦場を先に制御する役もいない。
なら、見なければならない場所を減らせばいい。
奈緒は破砕機の影に立ち、三本の道すべてへ視線を通した。千景はその前に留まらず、東の坂まで進む。
高所を捨てた代わりに、音も痕跡もなく近づける道は残っていなかった。
最初に石を鳴らしたのは、東の砂利坂だった。
上段に五つの影が並ぶ。
全員の胸元に、白い横線の隊章があった。
その下に、登録作品名が表示される。
『いつの間にか魔法至上主義の世界で槍聖と呼ばれてました。〜次元の狭間に落ちたら1000年分の修行ができました〜』
「『槍聖』」
奈緒が、長い題を通称で呼んだ。
「先頭の槍が主人公役。あの人だけは魔法を使わない。残りの四人が土と風と拘束魔法を使って、主人公が槍を届かせる場所を作る漫画」
「槍だけ見てればいい相手じゃないってことだな」
哲史は、五人の足元と武器を順に見た。
五人は三人を見つけても、一斉には下りてこなかった。
槍を持つ一人が東へ入る。
その穂先にも足元にも、魔法の光はない。
円盾と短槍の一人が、西へ回る。靴の下では土色の光が砂利の隙間へ入り、踏み込む場所だけを固めていた。
弓を持つ一人は上段に残った。つがえた矢の周囲を、細い風が回っている。
長槍の一人は、両脚へ風をまとわせていた。鉤槍の刃元には、盾や武器へ触れたあとで絡みつく青い魔力の鎖が一節だけ浮いている。
二人とも、まだ坂へ足を置かない。
「ちゃんと五人で来たな」
哲史は東へ走った。
槍の相手は、坂を下り切る前に穂先を伸ばした。
火も風も出ない。
魔法で速めた突きではなく、哲史が間合いへ入る時刻を読んで置かれた穂先だった。
哲史は間合いの手前で止まる。
砂利は靴底の下で滑った。それでも踵は流れず、盾の縁が穂先を外へ弾く。
相手は追撃しない。
哲史が踏み込む前に槍を引き、坂の上へ戻った。
「西」
奈緒の声が飛ぶ。
短槍の一人が、反対側から盆地へ入っていた。
西の坂では、土魔法で固められた砂利だけが沈まない。短槍の一人は、崩れない足場を選んで一気に下ってきた。
哲史は右足を軸に身体を返した。盾を下げず、槍の穂先も後ろへ流さない。
西の坂まで走り、円盾を押し返す。
短槍の相手も、哲史と打ち合い続けなかった。二度受けると、自分で固めた砂利を踏んで上段へ退く。
代わりに長槍が東へ下り始めた。両脚へまとわせた風が一歩目だけを押し、休んでいた身体をすぐに間合いへ運ぶ。
倒される前に戻る。
休んでいた者が、反対側から入る。
哲史が向きを変えるたび、次の一人は新しい脚で坂を下りてきた。
「倒すより先に、哲史さんだけを走らせています」
千景が言った。
「二人多い分を、休める時間に使ってる」
「正解だ」
哲史はまた東へ切り返した。
三人の前衛を同時に出せば、狭い坂で互いの武器も魔法も邪魔になる。交代させれば、五人側だけが呼吸と脚を戻し、次に出る一人へ足場や追い風を集中できる。
人数差を、攻撃の数ではなく、身体の新しさに変えていた。
三度目は、魔法を使わない東の槍が穂先だけを見せた。
哲史が二歩寄ると退き、西の短槍が土色に固まった場所を下りる。西へ身体を返した瞬間には、上段の弓が盾を上げさせるためだけの一射を放った。
矢の後ろで風が短く弾け、砂利坂を横切っても軌道を落とさない。
矢を防げば、短槍の相手は踏み込まずに戻る。
追えば、反対側の坂が奈緒まで開く。
哲史は誰も深追いできないまま、盆地の中央を往復した。
奈緒には、そのたびに誤差が見えた。
東へ止まるときの踵。西へ返るときの左肘。矢を盾へ当てた直後、半拍だけ遅れる呼吸。
どれも直せる。
けれど、一つを直しても敵は倒れない。次に出てくる新しい身体を、少し楽に止められるだけだ。
奈緒は補正を配らなかった。
勝敗を決める一動作が来るまで、全部見えたまま待った。
東へ下りた長槍を、千景が鉤剣で止める。
哲史は西へ走った。
その背中を、乾いた弦の音が追い越した。
千景が上段を見た。
弓は哲史へ向いていない。
風に押された矢が、破砕機の影にいる奈緒へ落ちていた。
千景は長槍から鉤剣を外した。
奈緒までの進路に敵はいない。破砕機の脚も、砕石の山も、帰る線を塞いでいない。
千景が一歩目で身体を奈緒へ向ける。
二歩目から、守護対象へ戻る足だけが加速した。
輪郭は消えない。石を蹴る音を短く詰め、通れる道を自分の脚で戻る。
小盾が上がった。
矢尻が斜めの盾面を擦り、奈緒の左へ外れた。
同時に、北の作業路で石が大きく崩れた。
待っていた鉤槍の一人が、奈緒へ下りてくる。
最初の矢で千景を帰し、別の方向から二人目を入れる。千景が自分の身体を盾にすれば、次の一撃で消耗させられる攻めだった。
鉤槍が、小盾の外側から奈緒の脇腹を狙う。
「|《魔鎖》!」
青い魔力の鎖が刃元から伸びる。鉤か鎖のどちらかが小盾へ触れれば、盾を外へ引いて奈緒の前を開けられる。
「千景、鎖が盾に触れる前に、鉤の根元を止めて」
奈緒の視線が、千景の右手へ絞られた。
千景は身体を射線へ置かない。
右の鉤剣を、鉤槍の刃先ではなく柄との継ぎ目へ向ける。
深ければ力を正面から受ける。浅ければ、相手の鉤が抜ける。
奈緒が消したのは、噛み合わせる瞬間の手首に残った角度だけだった。
湾曲した刃が、鉤槍の根元へ噛んだ。
魔力の鎖は小盾へ届かず、空中でほどけた。
千景は右肘を畳み、踏み込みを自分の外へ流す。
相手の肩が前へ出た。
千景は小盾を引き、開いた首元へ盾の縁を返す。
届く直前、青い格子が二人の間へ割って入った。
白い横線の身体が格子に包まれ、光へほどける。
『撃破』
千景にとって、加入後初めての実戦撃破だった。
奈緒にも千景にも、損傷表示は開いていない。
奈緒には、帰還の二歩目がわずかに外へ膨らんだことも、小盾が矢へ触れる位置も、鉤槍を流したあとの千景の左足も見えていた。
選んだのは、鉤剣を噛ませる角度だけだった。
それ以外を捨てたから、千景の武器も身体も残り、相手だけが消えた。




