2-06 死者とガラガーチ
世界の終焉を夢視した語り部・オルは王さまに警告するべく宮殿に向かう。途中で太古の妖精・ガラガーチに目を盗まれるが、神殿で代わりの目をもらって事なきを得る。
彼は宮殿で王さまに謁見するものの、何も聞きたくない王さまは耳に法螺貝をくっつけて適当な受け答えをするだけだった。
落胆しつつ宮殿を見物していた語り部は、変てこな妖精ガラガーチにばったり出くわす。なんと、妖精は破滅をもたらす鐘楼を直しに行くのだという。なぜか意気投合した二人は共に旅立つこととなる。
森の幽霊に知恵をもらい、歌う壺に芸をこき下ろされ、儚くも美しい金細工の街で盗人扱いされたりと混迷を極める旅の末に、彼らは破滅を阻止できるのか。
「ところで、いつになったら私の目を返してくれるのでしょう?」語り部は尋ねた。
「大魚が眠る時に」ガラガーチは長い耳をぱたぱたさせた。
大魚が森に語ったところによると……
昔むかし、一人の男が《王の都》にやってきた。白い貝殻のビーズをあしらった長い緋色の上衣、黒いズボンは下ろしたて、瑪瑙をはめた帯はなかなか洒落ていて、毛皮の帽子には水晶と硬貨の飾りがたっぷり──祭りでもないのにめかしこんだ彼は泥の上の花びらのように目立っていた。
「宮殿はどちらでしょう?」
男は山羊の乳を搾っている老人に尋ねた。山羊の腹の下にある盥は素朴な彫刻が施されており、きっと神殿に供えに行くのだろう。
「向こうだよ。だが、何しに宮殿なんか行くんだね?」
「私は語り部で、ときどき未来が見えるのです」男は声をひそめて言った。「先日、私は最果ての鐘が鳴る夢を見ました──つまり、世界に終焉が訪れるのです。このことを伝えにはるばる西の村からやって来ました」
そう、彼は王さまに会うために一張羅を着こんでいたのだった。
山羊がベェーと鳴いて盥の中に糞を落とした。
「へえ、たいそうなこったね」老人は長い毛の生えた耳をほじり、語り部の目をしげしげと見つめた。「あんた、変な目をしてるな」
語り部は珍しい黄金色の目を持っており、それこそが夢視の力を持つ証であると彼は思っていたが、その予言はいつも突拍子もないものだったため、みんな相手にしなかった。
ふと、語り部の後ろを一陣の風が吹き、彼の長い裾をはためかせた。
その時、
「ああっ」突然、語り部は自分の目を押さえた。
「どうした」
「目が……目が、急に見えなく──いや、なくなりました」
「どれ──ああ、こりゃ災難だね、ガラガーチの仕業だ」
「ガラガーチ?」空っぽの眼窩を押さえながら、語り部は聞き返した。「神話の妖精のことですか?」
ガラガーチは太古の森に暮らしていたという精霊で、開拓が進むにつれて数を減らし、見たことのある者もほとんどいなかった。だが、老人は当たり前みたいに言った。
「ああ、このへんに住み着いててな。あいつぁ面白いものがあるとすぐに拾っちまうんだ」
「私はどうしたらいいのでしょう?」
「神殿に連れてってやるよ。神官が助けてくれるだろう」
老人が盥を持ち上げる気配がしたので、語り部は言った。
「さっき山羊が落とし物をしましたよ」
「なに、神ならクソなんて気にしないさ。ついてきな」
なんて不敬な、と思いながら語り部は老人に手を引かれ、神殿に向かった。
さて、このあたりでは魚の神マフル・ムドゥが信仰されていた。神話によれば、かの神はあまりに年寄りで目玉は真珠になっているが、鱗の一つ一つが目となり、人々にそれを分け与えた、そのおかげで我々は見ることができる──ということである。その御神体は大魚の骨を銀や金で作られた大量の鱗で覆ったものだ。すべての鱗に瞳が描かれていて、立派なものだと宝石が埋めこまれている。
巨岩をくり抜いた神殿で事の顛末を伝えると、神官はヘンナで彩られた手で語り部の目を確認し「やれやれ、困ったガラガーチだ」と言いながら、マフル・ムドゥの御神体から銀の鱗を二枚むしり取り、布に縫い付けた。それを語り部の頭に巻くと、瞳の模様が打ち出してある鱗はちょうど良い塩梅で彼の目の位置に当たった。
「どうだい?」神官は尋ねた。
語り部は辺りを見まわした。
「おお、よく見えます」
「それはよかった。これからは気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。しかし、これは死者の弔いでは?」
このあたりでは死者が冥土まで迷わないように、鱗の形に切った金属に目を描いて遺体の瞼に乗せる風習があった。だが神官は気にするなというように手を振った。
「見えるに越したことはないさ」
「それもそうか……あ、宮殿にはどう行けば?」
新しい目を得た語り部は、厳かな石造りの宮殿の前に立っていた。城門の両脇には変てこな神獣が二頭──駱駝のようだが、その首の先の頭は竜のようで、大皿いっぱいに積まれたサフランをむしゃむしゃと食べている。背中のコブには人間の顔がついていて、梟のように好きな方向を向くことができた。彼らは胡散臭そうに語り部を眺めた。
「ごきげんよう」語り部は朗らかに挨拶した。「王さまにお伝えしたいことがあるのです」
「王さまは何も聞かないよ」右側のコブが言った。
「どうして?」と語り部。
「会えば分かる」
「こいつを王さまに会わせるのかい?」と左側のコブ。
「別に悪さはしないだろ」と右側。
「もちろん」語り部は頷いた。
「獅子の模様の群青の絨毯を選んで進みな」
「ありがとう」
ふたつの龍の頭がこちらを向いて、黄色く染まった歯でにぃーっと笑った。
宮殿の中には数えきれないほどの扉があり、それぞれに違った模様の絨毯が張られていた。緑色の孔雀に象牙色の鳩、紅の鹿──語り部は言われた通り獅子紋様の群青の絨毯を選んで進んだ。
少しうんざりするくらい扉を潜り抜けた後、彼は謁見の間に辿り着いた。その壁には鮮やかな顔料で数々の伝説が、天井にはラピスラズリと金によって精巧な星図が描かれている。
天窓からの明かりに照らされた玉座──ではなく、天井から吊るされたブランコに、王さまは腰掛けていた。彼はとてもとても長い青色のガウンを着ていて、どのくらい長いかというと、広い謁見の間にぐるりと蜷局を巻くほどである。彼は黒々としたアイラインを引き瞼には金箔を塗っていて、頭には宝石がどっさり飾られたターバン、そして耳を覆うようにばかでかい法螺貝をくっつけていた。
……かつて、王さまはとても良い耳を持っていたが、家臣や人民の様々な要求にうんざりしたあまり何も聞かないことを選んだのだった。
「ごきげんよう」田舎者の語り部は作法など知らなかったが、王さまのガウンをそっと踏みつけながら、できるだけ丁寧に挨拶した。「私は西の村の語り部。王さまに大事なことをお伝えするために、はるばるやってきました」
「今日は快晴であるな」と王さまは言い、指輪をつけすぎた手で顎髭を撫でた。
「私は世界の終焉を見ました」
王さまは先を促すかのように頷いた。
「つまり、私は最果ての鐘の調べを聴いたのです」語り部は続けた。「洞窟のように巨大な筒に何千、何万と打ちこまれた楔、天井に向かって無数に伸びる鎖、花開く日を待つ蕾のような鐘たち、それらを抱いて、古の神のように聳える鐘楼。彼が終焉を知らせるだけなのか、終焉を引き起こす災厄そのものなのかは分からない──」
王さまは値踏みするような表情で語り部を眺めながらブランコを揺らした。
語り部は言った。
「それがいつ起こるのかは私にも分かりません。ただ、それは確実に起こり、彼の奏でる歌がこの世の終わりなのです」
王さまは眉間に皺を寄せ思案した後、重々しく言った。
「明晩は、雨が降るじゃろうて」
語り部はやっと、王さまが彼の話をなんにも聞いていないことに気づいた。
「あの、不躾ながら、その貝はどうにかならないのでしょうか?」
王さまは──おそらく、語り部の言っていることを察し──厳かに言った。
「もう帰るがよい……足元に気をつけてな」
がっかりしながら謁見の間を後にした語り部は、せっかくなので宮殿を探検することにした。色とりどりの花が織られた絨毯を選んで進むと、やがて庭園にたどり着いた。
そこでは摩訶不思議な植物が思い思いに過ごしていた。赤いユリはほっそりした花弁から長い舌を突き出して葉っぱの手入れをし、たくさんの豆の鞘をつけた木は幹を震わせてカラコロと音を立て、獅子の鬣のようにもじゃもじゃの巨大な花は語り部の姿に気づいてシャンと筋を伸ばして自分を見せびらかし、あたりに強烈な麝香の香りを放った。
ひときわ奇妙なものは……それは、おそらく植物ではなかった。じっとしていると枯木と見間違えそうだが、よく見ると手足や顔があり、乾いてひび割れた木像のようだった。コブのある枝が生えた頭の横には驢馬の耳とねじれた羚羊の角が伸びている。
「ごきげんよう」とりあえず語り部は挨拶した。
「よう」
それは当たり前のように返事をしながら伸びをした。美しい顔に生えた眉は木菟の飾り羽根で、ぱちりと開いた目は──語り部がよく銀盤の裏で眺めていた、金色の瞳。
「あっ! あなた、私の目を待っている!」語り部は叫んだ。
「ばれたか」それは長い耳をぱたぱたさせた。
語り部はそれを上から下まで眺めてから、こう言った。
「あなたは……ガラガーチ?」
「そうだよ。あんたのことはオルって呼んでいいかい?」
「死者?」
「だってあんた、いま自分がどんなふうに見えるか分かってるだろう?」
「なるほど」語り部──オルは銀の鱗に触れ、納得して頷いた。「私の目を返してもらえると助かるのですが」
「代わりの目をもらえたんだね」ガラガーチはオルを無視し、驢馬の耳をぴーんと伸ばした。「これは王さまにもらったんだよ。王さまは耳が良すぎてうんざりしてたから、法螺貝と変えてやったんだ──でもって、この素敵な耳であんたの話を聞いてたってわけ」
「盗み聞きを?」
「しょうがないだろ、聞こえちまうんだからさ! それにおいらとあんたの目的は一緒だぜ」
「真珠の目よ! あなたも終焉を予知したのですか?」
そこでガラガーチは語り部にぐんと近づいて、鋭い鉤爪で鱗の目をカチカチつついた。
「まあね。おいらは最果ての鐘を直しに行くんだ──あんたどうせ、あの鐘がどんなものか知らないんだろ?」





