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2-05 領主ニノの経営記

アルフィード領の領主を若くして継いだニノ・アルフィード。彼女は自分の持っている力で色んな事を解決していきます

 最後の書類に承認のサインを書き終えて。次の予定は領内の見回りだと領主ニノ・アルフィードは決めていた。椅子から立ち上がり少し伸びをし、天使の翼みたいな亜麻色の髪を揺らすと静かに部屋を歩く。予定は一日たりとも領民の為に抜けない。それが領主の勤めであるとニノ・アルフィードは思い行動している。まだ今年で十三歳だが家督を継いだ以上は領地の為に頑張るのが領主の勤めだ。見回りに行くのに、彼女は扉を開こうとしない。ただニノは紺色のマントから『翼ある太陽のアザがある』右手を差し出しただけ。



「こんにちは皆さん。少しお力を貸して下さい」



 彼女の透き通った声のお願いとアザが輝いた瞬間。まるで彼女の想いに応える様に空間が歪み魔力の粒子が集束し始める。粒子の輝きは彼女の周りを廻りつつ、はらはらと粉雪の様に舞い降り。彼女のマントに乗って来る。ニノはそんな魔力達に微笑むと、魔力の方も喜ぶ小動物の様に輝きを増した。同時に空間の歪みが広がり裂け目に変わる。それを見たニノは躊躇い無くそこに入ってゆく。


 そこは様々な色が様変わりする異空間だ。方向感覚も無い中で彼女はまっすぐと進む。歩みに迷いは無い。何故ならこの空間が行きたい場所までの正解の道を教えてくれるからだ。彼女が耳を澄ませばほら、空間が震えて人間の声の様な仕草を見せる。この光景はニノにとって見ていて嬉しくなる好きな物だ。一礼して先に進むと空間が拓けた。


 ニノはもう、外に出ていた。大切なアルフィード城の門前に音も無く現れていた。



「ありがとうございました」



 何も無い虚空の前で胸に右手を当て感謝を述べるニノ。同時に空間が喜びを示す様に彼女の前で波打った。ニノは振り向いて広がる領内を見やる。


 森が広がり平野も広がり山や町や村も在る。それが若き自分の治めるアルフィード領。先祖から譲り受けた大切な領地だと、吹き抜ける風に髪を委ねてニノは微笑む。この大地や水、そして住む民は自分が一番大切にしたい、彼女はずっとそう思っている。


 ニノはアザが輝く右手を胸元に当て、ゆっくり深呼吸をする。その瞬間魔力達が彼女の周りを巡り始めふわりと霧散してゆく。まるで世界に彼女の意志を乗せて伝える様に世界に揺れ動いていた。


 そして青空の彼方から漆黒が一条、ニノに向かって舞い降りる。形は雷そのものだが雷鳴の一つも鳴り響かない不可思議な存在だ。雷は旋回しながら素早く降り、彼女を守護する様に緩やかな螺旋を描く。パチ、パチ……! と放電音が鳴るが勢いを抑えているのか不思議と静かだ。



「こんにちは『カインドネル』。少し領地を見回る為にお力を貸していただけませんか?」



 まるで優しく動物の背を撫でる様に漆黒の雷――カインドネルを愛でながらニノは要求し。それを聞いた雷は蛇が頷くと旋回と放電を止め、ニノの前に佇んだ。



「ありがとうございます。少しあなたを借りますね」



 そう微笑むとニノはマントを翻し。乗馬さながらの軽やかさで雷に飛び乗った。


 カインドネルもそれに呼応すると空を昇る龍の様に天空へと舞い上がる。ニノは振り落とさないが凄まじい速度で雲がまばらに存在する上空に到達するとそのまま水平に翔んでゆく。


 そしてたどり着いた先はまばらな雲の丘と。


 島がまるごと空の中で浮かんでいる様な形のアルフィード領そのものだった。ゆったりと空を進むアルフィード領はこの空に領地がある珍しい領地だ。


 いつ見ても綺麗な光景だねと。ニノは風に吹かれる髪を押さえながら笑顔になる。どこまでも広がる蒼い空を進む大切な領地が一望出来るこの光景は。仕事の疲れを癒してくれるのだ。この領地を守れる事がニノの誇りで、幸せである。眼下に広がるアルフィード領の森から小鳥が飛び立つ光景を見てニノは嬉しくなり、吹き抜ける風の魔力が自分の周りで楽しげに跳ねているのを見て彼女は「こんにちは」とご挨拶。風は嬉しそうにくるくる旋回するとまた吹いてゆく。最初は敵意が無いという交流も、領主のお仕事だ。それが人間でも魔物でも精霊でも魔獣でも魔力でも、だ。例外は一切無い。領地を訪れるもの達への礼儀は領主自らだとニノは右手のアザを淡く光らせながら自負している。


 カインドネルに乗って領地を巡っていると。ふわりと魔力の粒子がニノの肩にやって来る。乗るかと思えば今度はそっと離れたり。まるで何か躊躇っている様だ。



「どうしましたか?」



 遠慮がちなその魔力に対して、右手のアザを輝かせ柔らかな微笑みを浮かべるニノ。


 魔力も彼女の優しさに絆されたのか。徐々に光度を増して活発に揺れ動く。


 そっとニノは手のひらを上に。魔力を乗せて両目を閉じた。さざ波の様に広がる声ではない声を五感で感じ取る。その様子を見て魔力達が次々とニノに集い、音の無い声を上げてくる。



「なるほど、判りました。カインドネル。少し離れた村へ向かいましょう。よろしくお願いします」



 ニノが要求した瞬間。カインドネルは一気に速度を上げて降下し始めた。目指すは城下町から少し離れた村だ。真剣な領主の眼差しをしたニノの髪が風に揺れる。


 やがて村が見えてきた。


◇◇◇


 その日村は原因不明の盗難被害に困っていた。空に浮かぶこのアルフィード領で保存していた野菜がいつの間にか無くなっていたのだ。村に住む者達を疑いたく無いが理由が分からないから不気味……という空気が漂っていた。



「……ニノ様に、相談するべきだな」



 村長の家で会議をしていた皆は満場一致で頷く。この問題を解決出来るのは領主様だけだからだと皆理解しているからだ。


 刹那。村中央の風が逆巻いた。その様子を見た村人が家から出ると。そこには漆黒の雷に乗った少女が降りてくる姿があった。



「ニノ・アルフィード様?!」



 村人が驚愕した瞬間、



「はい。ニノ・アルフィードです。こんにちは皆様」



 魔力をまとい静かに爪先から降り立つニノ。優しい微笑みに心配を浮かべて村民に挨拶をした。



「ちょうど行こうと思ってました! 最近野菜の盗難が多発していて領主様に相談しないと村の皆を疑わないといけないから困っていたのでして……」



 大慌ての村長が経緯を話すとニノは魔力を手のひらに乗せて、



「大丈夫です。魔力達から『聞いてます』から」



 と優しく返した。それを聞いて「それならひと安心だ」と胸を撫で下ろす村人達。



「待って下さいね。今から『みんなの声』を聞いて原因を解決しますから」



 右手のアザを輝かせ、ニノは力を解き放つ。すると周囲の魔力や地面や空気や水や空間や植物が、一斉にざわめき彼女に語り始めた。


 アルフィード現領主ニノ・アルフィード。彼女が持つ特殊な力は『あらゆる存在と会話出来る力』、だった。

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