2-04 ドブネズミでも電脳世界で一兆円稼げる件(笑)
キミが願うことなら、すべては現実になるだろう――選ばれし者ならば――
AIが運営する時間遡行型シミュレーションゲーム《クロストリガー》。
そこでは、過去・現在・未来の三層が干渉し、都市と人間の運命を変えていく。
資産1000億を持つプレイヤー・高野幸次は、運営権限を持つ男・李天翔に襲撃される。
不正な改変により“弱者”へと落とされた幸次は、直接戦うことを捨てる。
選択と因果だけを武器に、世界そのものを敵に回す戦いが始まる。
俺は走り出した。周囲に立ち並ぶビルや人ですら敵ではないかと疑うくらいの恐怖を感じた。指で宙をフリックしてマップを表示させる。
光点が、マップ上の建物を無視して直進している。
明らかにおかしいだろう!
チートプレイヤー―その言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
俺は角を曲がる。その先には一人の男が立っていた。
その男、金髪で目つきの悪い男だった。
「そんなこわがらんでもええやん。仲良うしようや」
男はそう言って、にやぁと口角を上げた。
「断る、俺はソロが好きなんだ」
強がって言っても声は震えていた。対して目の前の男はとても冷静だ。
「自分にとってもいい話やと思うで。どうせ、自分、暇なんやろう?」
「暇ァ?」
俺の怒りに気づいているか、気にもしないのか。ニタニタしながら語りだした。
「だってそうやろ? こないなゲームでシコシコと無意味な大金を稼いでるんやから。高野幸次くぅん」
コイツ!? 俺の本名を!
「プレイヤーの登録情報くらい簡単に調べられるんよ」
胸の奥が冷える。
運営側の人間か?
「すごいわな。資産1000億なんやろ? 働きもしないでこないゲームをしているんや。その金をワイが現金で買うてやる言うてるんや。アンタみたいなオタクくんにはもったいない話やで」
両手を広げてやれやれと首を振った。
「ウチのこの前死んだオトンがな。このクロストリガーをつくったんやけどな。自分の遺産をこの世界で一兆円稼いだやつに譲る言うたんや。それでウチらてんてこ舞いや」
と言って、ため息をつく。
その間にも、背後の信号機の光が一瞬だけ赤から青へ逆再生した。
世界が、わずかに軋んでいる。
「この世界には三つの層がある。過去の構築領域、現在の起動領域、未来の仮定領域」
足元の影が、ほんの数センチずれた。
「三つは干渉しあう。三人で分担して連絡し合えば攻略できる。要は三兄弟で仲良く会社経営しろってことや。アホか。家族と向き合わんかったオトンが最後にこないなゲームで説教残しよって」
「こないなゲーム、だと?」
「そりゃそうだろ、アホや思っているで、こないなゲームやっているヤツ」
目の前の男は吐き捨てるように言った。
「オトンはバカや。AIに現実と変わらんシミュレーションさせといて、時間遡行なんてけったいな仕組みの世界で、一兆円稼げとかぬかしよる。
姉貴も兄貴もバカや。ゴボウみたいな足のイケメンになったり、ヒラヒラしたスカートはいてはしゃいどる。」
そう言って、金髪の男は片手を差し出した。握手を求めての手ではなく、略奪の意思を示す挙動。
「一兆円を最初に稼げたヤツに遺産が渡る。だけど、こんなしょうもないゲーム。真面目にやるのもくだらないやん。だから、自分の財産、ワイによこせや」
事情は分かった。だが、答えは変わらない。
「イヤだよ」
「ほう、そんなこと言ってええんかの。そろそろやなあ」
そう言って、宙を指でフリックし出した。連絡を取っている?
「このゲームはAIがシミュレーションを行っている。過去のことが現在を変え、現在の変化が未来まで届く。そして、未来はその収束された結果を過去に流す。そうやって盤面を次々と変えていくのがこのゲームの胆や。ウチも仲間に連絡させてもろたで。過去で土地を買い、開発計画を進めている。そう、ちょうどお前のいるところや」
そう言った直後、真下のアスファルトにひびが走った。
内側から押し広げられるように割れ目が広がる。
生卵の殻が割れて、すでに完成したゆで卵が現れるみたいに。
その下から、鉄道のレーンが露出した。
「そこにいると、危ないでぇ」
横から真っ白な光が走る。
音が遅れてくる。
風が背中を殴る。
俺が立っている“現在”は、もう安全地帯じゃない。
光が消える。
巨大な電車の車体が、目の前にあった。
――世界がひっくりかえった。
いや、俺が吹っ飛んだ。グルグルと回転しながら飛んで行った。
「どーした? 救急車必要か? この世界、リアリティあるやろ。なんてったって、バーチャルフルダイブシステムで痛覚まで再現しているからな」
わき腹に衝撃が走る。
呼吸ができない。
「ま、じっさいの痛みと比べたら、そこまでじゃないけども、痛いやろ」
さらに蹴りが入る。
「ロストペナリティ《死亡財滅》喰らいたぁないやろ。速く命乞いせやァ!」
「テメェにお金をやるくらいなら死んでやるよ」
「ほう、余裕やな。自分、資産を分散しとるな? どうせ、土地だとか会社とかを別名義で購入して、死亡しても全部なくならないようにしてるんやろ」
そう言って、宙をフリックしはじめた。すると俺の身体に変化が産まれた。
「お前、俺に何をした!」
「このゲームの中の特殊コードや社内のプログラマーが導入しようとして社長にNO出されて、没になった奴や。構築領域≪エディットレイヤー≫よりも前の時代に遺伝子コードを強制的に送り込んで。キャラクターデザインそのものを書き換える。運営の側のワイやからできる特別待遇やで。感謝しいや」
俺の身体が蝋のように熱くなり溶けだした。身体が小さくなる。
俺ははいつくばって、ちょろちょろと動いた。近くのウィンドウに自分の姿が映った。そこには一匹のドブネズミが映っていた。
「ハッ! ハァァァァ! 似合っとるでぇぇぇ!」
俺はウロチョロと排水溝の奥に入った。
「おいおい! 逃げちゃうんでちゅかあ~! みじめやなぁぁぁ!」
男は高らかに叫ぶも、この声は街に吸い込まれた。俺を見失っているということに気づいていない。
「ホンマに逃げたんかァ?」
「お前に言っておきたいことがある」
「お前、お前って、ワイの名前は李 天翔や」
「この機能が没になる理由もわかるよ。明らかに有利になりすぎる。このゲームにおいて相手からの視認性の悪さは有利にしかならない。このゲームは時間遡行を扱ったシティシミュレーション。過去、現在、未来、三つの世界に置かれたトリガーがクロスして、起動する。その変革に。俺という主体が何であるかなんて関係ない」
「踏みつぶされたら死ぬボッチのドブネズミに何ができるていうねん!」
「未来と過去を変えるのに、何もじっさいに何かをする必要もないさ。バタフライエフェクトって知っているか。チョウチョの羽のはばたきが未来に大きな出来事を起こす。このゲームだって同じことだ。ただ情報を送るだけで、この街の姿は簡単に変わる」
先ほどまで、敷かれていた線路がなくなる。
「このゲームで伝えたいのは、社会に生きる一人一人のオトナの選択が世界に大きな影響を与え、未来を変えるということであり。今という状況が過去の人々の行動で支えられてきたということだ。このゲームのプレイヤーは現象と経験を通してそのことを学習する」
「なんや、幸次くんも説教かいな!」
「説教でなく、ゲームとはシミュレーションとはそういうものということだ。攻略法を考え、基礎を理解していき、疑問を持ち、ある種の挑戦をする。今のお前のように。俺はお前が暴力で俺から財産を手に入れようというその挑戦を否定する気はない」
「なんや、協力してくれるんかァ?」
「いや、教育してやるんだよ。お前を賢くしてやる。お前のやることがなぜ失敗するかをこれからのお前自身への構築収束で教えてやる」
「都市計画は強引に進めるもんやない。お前の連中が急がせたせいで、この区画はガス管の更新が後回しになっとる」
天翔の足元に亀裂が走る。
「わずかなズレが、未来を壊す」
天翔が顔をしかめた。
「……ガスの匂い?」
その瞬間、目の前に燃えかけのたばこの吸い殻が飛び込んできた。
動く間もなく、爆発。
「クソがぁぁぁ! 口だけのドブネズミがァァァ! これで終わると思うなよ! 絶対、テメェをぶち殺したるからなぁぁぁ!」
そう叫んで、天翔の身体は消滅した。
次の瞬間、マップ上に複数の光点が現れた。
天翔の仲間たちか。まずは逃げることが先だな。
長い夜がはじまった。





