2-02 契約結婚を持ちかけられたので、条件として飲み放題をつけてもらいました
ごきげんよう! 類まれなるアルコール耐性と、若干の記憶(主にお酒に纏わる思い出)を持って異世界転生した私、デイジー。
転生チート! なんてのは早々に諦めて婚活に勤しんでいたのだけど、なんと私、国一番の酒問屋の若き商会長と契約結婚することになりました。
若干癖のある旦那様だけど、『酒蔵の酒、飲み放題』を条件につけてくれたから、やっぱり素晴らしい旦那様。
あっ、せっかくなら一緒に飲みませんか? えっ、付き合いでは飲むけどお酒は嫌い? 苦いし、美味しいと思えない⋯⋯それは残念。
じゃあ旦那様、甘いカクテルなんていかがでしょう?
ねっ、美味しいでしょう?
お酒大好き! 誰かとお酒を飲む時間はもっと好き! そんな私の飲み放題付き奥様ライフ開幕です!
「この結婚は契約結婚だ。君には私の妻、という飾りになってもらいたい」
「我が商会にとって、君の家を援助することにはなんの利益もない。分かっているか?」
目の前の男が矢継ぎ早に告げる。その表情は清々しい程事務的だ。
「充分理解しております。……ただ、もう一つの条件は……?」
ただ、私がそう口にすれば、これから夫となる人はククッと少しだけおかしそうに笑った。
「もう一つ? あぁ……『酒蔵の酒を飲み放題』か? 勝手にすれば良い……妻の本分を忘れなければな」
「うーん……何か物足りない。前世では一人飲みも大好きだったんだけどな〜」
私はデイジー・グリフォン。吹けば飛ぶような小さな商家の一人娘だ。
ごく一般的な焦げ茶の髪に、平々凡々な顔立ち。取り立てた特技もない私だけど、1つだけ少し変わったところがある。
何を隠そう、前世なら『ザルどころかワク』と称されただろうアルコール耐性!
……じゃなくて、前世の記憶があることだ。
といっても、全てを覚えているわけじゃない。
酒好きらしく、残っている記憶はほぼお酒に関するもの。
死んだ時の記憶だって、飲みの帰り(に信号無視の車に轢かれた)だったから覚えているようなものだ。
そんな私だから、異世界チート! なんてのは端から考えていない。
昨年成人を迎えた私は、この世界の中上流階級の娘の常識に従い、我が家に可能な限り利益をもたらす結婚相手を探すべく、婚活に全力を注いでいた。
ただ婚活市場において、財力も特別な縁もない我が家はあまりに無力。
これで私が超美人なら話は別だけど……ねぇ?
そんな訳で妥協点を探りに探っていた私に、ある日突然『契約結婚』を持ちかけてきた方がいる。
その相手というのが、当代一の酒問屋であるグリフォン商会の商会長、ライアン様だった。
栗色の髪に灰紫の瞳の美丈夫。その上大金持ち。
お相手なんて選び放題なはずなのに、なんで私に目を付けたのか⋯⋯?
ただ彼が提示した条件は、あまりにも我が家にとって魅力的だった。
しかも、『手に入らない酒はない』と称されるグリフォン商会の商会長婦人だなんて、もはや酒好きの夢だ。
……と、いうわけで思わず口にしたのが、『酒蔵のお酒を好きなだけ飲んでも良いなら……?』というふざけた回答。
現世でまで酒に纏わる黒歴史を作った私。
ところがライアン様は大いに呆れつつも、その条件をのんでくださった。
その代わり私には主に外向き、特に両親や面倒な親類向けに『良き商会長夫人』を演じて欲しいと⋯⋯大きな組織というのも大変らしい。
これが、私がグリフォン商会長夫人となった経緯だ。
そんなわけで、商会長夫人として求められる社交や家政の合間を見て、グリフォン家秘蔵のお酒の数々を楽しんでいた私。
……ところがここに来て、「一緒に飲む相手が欲しい」という贅沢な悩みに悩まされていた。
もちろん、社交の場ではたくさんの人とお話しながら飲むけれど、あれは仕事だ。
お酒は美味しいけれど、楽しいかと言えばまた別。
なら「旦那さんと飲めば?」と言われるかもしれないが、そこには大きな問題が立ちはだかっていた。
私の旦那様……お酒が嫌いなんですよね〜
なんと! 酒問屋の長なのに! と最初は思ったけど、よく考えれば経営能力とはまた別の話だ。
それに旦那様はアルコールに弱い訳ではない。
曰く「なんであんな苦くて臭いものを好き好んで飲むのかわからん……」とか……
まあ……好みは人それぞれだしな〜
そんなことを考えつつ、グラスの中の液体を口に含む。フワリと広がる香り、グッとくる強い衝撃。
私からしたらこれが良いんだけど、嫌いな人がいるのも分かる……って待てよ?
そこで私はハッとした。旦那様が口にするお酒はだいたいワインかウイスキー……癖のあるお酒だ。
と言うか、この世界の男性陣が付き合いで飲むお酒は、基本この辺りしかないようだった。
「旦那様? よろしいですか?」
「なんだ、デイジー嬢?」
ある可能性に気づき、旦那様の私室へ来た私を迎えるのはなんとも他人行儀な声。
旦那様は服装こそ楽なものに着替えているものの、まだなにかの書類に目を通されているようだった。
「あのぅ……ほら! 今日って私達が結婚してちょうど一ヶ月じゃないですか?」
「だからなんだ?」
「いや……その! 一ヶ月はやっぱり特別ですし、旦那様さえ良ければ祝杯とかどうかな〜なんて」
「酒は嫌いだ。契約した日に言っただろう?」
おぉ……すっごく嫌そうな顔。
「もちろん覚えております。ただ……もしかしたらこういうお酒ならお好みに合うかな? と思いまして……」
旦那様の反応は予想通りだったので、私は構わず後ろ手にしていた瓶を掲げてみせた。
「それは……カシス酒か? そんなものも君は飲むのか?」
「えぇもちろん! お酒で飲めないものはありません! それにこれ、甘くてとっても美味しいんですよ」
前世みたいに色とりどりのカクテルがあるわけじゃないこの世界。
リキュールだって、メインは薬扱いの薬草酒。
ただ、探してみれば果実を使った甘いリキュールもそれなりにあった。
「旦那様はお酒のこと、『苦い』っておっしゃるでしょう? だから甘いお酒ならどうかと……」
「で、カシス酒か?……」
「えぇ。あと、こんなのも用意してきました」
と、取り出したるは厨房で借りてきた給仕用カート。
まずはグラスを用意して、カシス酒少々。それからパチンと指を弾いて、氷をいくつかグラスに詰める。
――そうそう。この世界、魔法があるのだ。
ちなみに私が得意なのは氷魔法。子供の頃に家庭教師にそう告げられて
「えっ! お酒飲むのに超便利じゃん!」
……とは言わなかったが、思いはした。
閑話休題。
カシス酒と氷の入ったグラスにオレンジジュースを満たしたら、あとはよくよく混ぜるだけ。
これで、黄色がかった赤色が色鮮やかなカクテルの定番。
カシスオレンジの完成だ。
「それはなんだ?」
「私が前世でよくやっていた飲み方です。甘酸っぱくて美味しいですよ?」
「ああ……そういえば、前世の記憶が……とか言ってたな」
契約を交わした日を思い出してるっぽい旦那さまの机をさっと片付けて、グラスを置く。
いきなり目の前に酒のグラスが置かれ、驚いた様子の旦那様だけど、嫌そうな顔はされなかった。
「お酒の香りがかなり中和されてますでしょう? お好みでなければ私が飲みますので、とりあえず一口……」
さ、どうぞどうぞ、とおすすめしてみる。
何度も言うが、旦那様はお酒が嫌いなだけで弱くはない。
むしろ、私と同じくらい『ザル』なのは社交の席で見てきている。――むしろ、飲んでも全然酔えないのもお酒嫌いの理由かもしれない⋯⋯
「分かった分かった……」
そう言って旦那様はグラスの中身を一口。と、その目が見開かれるのが見えた。
「旨いなっ! ゴホン。……確かにこれは甘いし旨い」
「でしょう? あっ……でも度数はそれなりですから気を付けてくださいっ――」
「そんなことは君が酒を作っているのを見れば分かる」
どこか呆れた風に言いつつ、旦那様はもう一口グラスを傾ける。それを見て、私はもう一杯、今度は自分用にカシスオレンジを作り始めた。
さっきと同じくよーく混ぜて、手近なソファに座らせてもらって、早速一口。
「美味しいっ」
思わず私も声が出る。
カシス酒はそれなりに値のはる高級品だし、オレンジだって厨房で朝食用を拝借した絞りたて。
その上氷は魔法で作った純度の高い逸品だ。
これはごくごく飲んじゃえそう……しないけど……
甘いカクテルの難点はペースが早くなることだ。これはわりと危険。
ペースは守って、あとなにかつまみながら飲まないと……
って、あっ! おつまみ部屋に置いてきた!
取りに戻るのも面倒だしな〜
と思っていたら、不意に旦那様が私の膝にハンカチを敷いて何かを置いてくれた。
「これは?」
「ん? 私の非常食だ。つまみもなしに飲むのは体に悪いだろう……」
「あ……ありがとうございます……」
視線を落とせば、そこにあったのは一口サイズのクラッカー。
ガサゴソ、という音の方を見れば、旦那様が小さな缶を文机にしまい込んでいて、私は思わず苦笑した。
(これは……食事が面倒なときとかこれで済ませてるな……)
いずれ止めないと、と思いつつ今は旦那様に感謝してクラッカーをかじる。
うん! ほんのりチーズ風味でカシスオレンジとよく合う。
「美味しいです! 旦那様」
「そうか」
結局、まあそれなりにすぐ、グラスは空になった。旦那様もしかりのようだ。
「もう一杯作りましょうか?」
「いや、今日はやめておく。……だが……」
そう言った旦那様は微妙に目を逸らす。
どうしたのだろう?
「君さえ良ければ……またこうした酒を作ってくれるか? そうだな……次の週末、そこなら時間が作れる」
「もちろんっ……もちろんですわ! その代わり私と一緒に飲んでくださいね」
「構わんが……気の利いた話なんて出来んぞ」
「全く問題ありませんっ!」
なんだかこの契約結婚、急展開し始めたかも?
次は何を作ろうかな? 私はワクワクとした気持ちとグラスをギュッと握りしめたのだった。





