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2-01 私が頑張ると先輩が曇っていく件

 ルーシーは濡れ衣で騎士団を首にされた。同期で副団長のブローディは納得がいかないが覆らない。

 無職になったルーシーを心配するが、彼女は持ち前の明るさと要領の良さで冒険者として成功していく。

 ルーシーは冒険者の仲間もできた。もちろん男が多いので知り合いも男が多い。仲間と街で買い物もする。


「な、なぜルーシーが男と歩いているんだ!」


 ブローディは、街でルーシーが冒険者の男と仲良く歩いていたことにショックを受ける。ブローディは頻繁にルーシーの部屋を訪れるようになる。

 だが冒険者仲間は知っている。ルーシーが騎士団にいて、とりわけブローディと仲が良かったことを。ルーシーの家に入れるのはブローディだけだということを。

 そんな女に手を出す男はいない。殺されてしまう。

 ルーシーが頑張れば頑張るほどブローディの顔が曇っていく。

 騎士団を首になった元騎士の女性と、副騎士団長のラブコメ。

「ルーシー、不名誉なおまえを騎士団に所属させておくことはできない」


 突然騎士団調長室に呼び出されたルーシーはそう告げられた。昼間からワイングラスを片手な上司たる騎士団長は確かにイケメンである。が、女癖が悪く、毎晩のように一緒にいる女が違うと有名だった。

 ルーシーに女性ながらも艶やかな金髪を短くそろえて見目麗しい。ただ、貴族令嬢にしてはお転婆が過ぎているだけな女性だ。こんなクソ男に関わる趣味はない。


「クビだ」


 騎士団長は紙を放り投げた。

 紙には解雇通知と書かれているだけだ。誰なのかもはっきりしない。国王陛下のハンコが押印されているが、おそらく偽造だろう。だがルーシーはおとなしく通知を受け取った。


(まったく、濡れ衣っすよねー)

「身に覚えはありませんが承知いたしました」

「くっ、お前はいつも一言多い!」

「下級貴族なんでサーセン」

「今日中に荷物をまとめて出て行け!」

「了解っす」


 ルーシーは踵を返して部屋を出ていった。自室に向かって廊下を歩く。


「荷物はまとめてあるし、とっとと出ていくっす」

「おい」


 ルーシーは声をかけられた。振り向けば副騎士団長たるブローディがいる。凛々しい中に甘さが滲んだイケメン。白銀色の髪を無造作に首の後ろで束ねているだけなのに、背後から光が差し込む神々しさ。青を基調として白の差し色が施された騎士服に包まれた細マッチョ。


(先輩が騎士団長だったらよかったっすねー)

「あ、先輩、じゃない副騎士団長殿。私、首になっちゃったっす」

「……聞いている。濡れ衣だろう?」

「濡れ衣っすけど陛下の印璽もあるんで覆らないっす」


 通告書を見せるとブローディの顔が渋くなっていき、眉根に指を当て揉み始めた。


(あ、無断でやらかしてるっすねこれ)

「そんなに揉んだらイケメンがシブメンなっちゃうっすよ」

「……ルーシー、あてはあるのか?」

「ないっすねー。急だったんで」

(食堂のおばちゃんが教えてくれたのが今朝で、荷物をまとめる時間しかなかったっすよ)


 ルーシーは心でため息をつく。


「蓄えは?」

「貯金してたんで、半年は寝て暮らせるっすね」

「そうか。家には帰らないのか? お前の実家は男爵家だったろう」

「家を追い出された身分なんで、それは無理っすよー」


 ルーシーは、男爵の三女だったが日ごろの行いがアバウトで貴族令嬢は無理と両親に判断され騎士団に投げ込まれたのだ。適正もあったし、女性王族の警護など女騎士の需要は高く、すんなり入団できた。ルーシーは騎士団で任務をこなしつつまったり過ごしていたが、首になってしまった。


「くっ、騎士団長がまともだったら」

「たらればを言っても現実は変わらないっすよー」

「そうかもしれんが」


 ブローディは首を小さく横に振る。首になった原因は、騎士団長の浮気だ。

 騎士団長は侯爵家の次男で既婚者。顔はいいので女性に甘い声をかけては食い物にしているクズだった。浮気が本妻にばれそうになった時、ルーシーは浮気相手を隠すためのスケープゴートにされたのだ。

 そして騎士団長を誘惑した不貞と断ぜられ首に。ちなみに、国王の印璽は偽造だ。ルーシーはそれも理解している。


「うちで使用人として採用してもいいんだが」

「なーに考えてるっすか、まったく。不貞なレッテル張られた女なんて雇ったら先輩の評価がだだ下がりっすよ。せっかくの出世頭なのに」


 ルーシーがわざと大きなため息をついた。


「こんなところを見られたら先輩の評価に傷がつくっすよ。じゃ大変お世話になりました!」


 ルーシーは左腕を胸の高さにあげ、騎士の礼をとって辞する。


「おいまて! くっ、逃げ足は速いな」


 釈然としない顔のブローディは背中を見送った。





 翌日。王都の外れに位置するアパートの一室にルーシーはいた。簡素なベッドに寝転がって天井を見つめている。


「さーてどうするっすかねー」


 ルーシーは無職になった、騎士団長からお触れが回って再就職も厳しいと予想された。脛に傷ありの女を雇うところなど、上品は職場では考えられない。酒場などでは問題ないだろうが、大きな商会などには無理だろう。


「体を売るのは最後の手段にしたいっすねー」


 そのくらいの矜持はある。ベッドの上で「あーだこーだ」と唸っていると、戸がノックされた。


「ん、私の部屋に来るなんて誰っすかね。はーい、どなたっすかー」

「俺だ」

「あれ、先輩っすね。部屋を教えた覚えはないっすけど」


 声を聴けば一発でわかってしまった。戸を開ければ、袋を抱えたブローディが立っている。黒いスラックスに薄い青のシャツで私服のようだが素材も仕立ても良い。隠しきれない美のせいで背後にキラキラが舞っている。


「ルーシー、生きてるか?」

「めっちゃくつろいでます。早起きしなくてすむ生活サイコーっす」

「……もともとお前は寝坊が多かったろうが。入ってもいいか?」

「あー、ちょっと見られたくないものだけ隠すんで、少々お待ちを!」


 ルーシーは戸を閉めて部屋を見渡す。四メートル四方の部屋にクローゼット、キッチンとバストイレ。ベッドの上には着替えが散乱している。


「これでも一応乙女なんで、下着だけでも……」


 ベッドの上の下着をクローゼットに突っ込んだ。ナイナイしてしまえばこっちのものだ。


「どぞっす!」


 ルーシーが戸を開ける。ブローディが体をずらして中を見た。ムムムと眉根が寄っている。


「……整理整頓は騎士団で習ったはずだが?」

「私はもう騎士じゃないっすよ?」

「……はぁ。食料を持ってきたぞ」


 ブローディが大きな袋を差し出す。


「ありがたいっす! 料理するんで食べて行ってください。先輩の好みは把握してるっすよー」


 ルーシーが笑顔を見せれば、ブローディはホッとした顔になる。落ち込んでやしないかと心配だった。


「ささ、狭い部屋っすけど、どうぞどうぞ」

「失礼する」


 ブローディは部屋に入った。テーブルはあるが椅子は一つしかないのでそこに座るように言われ座る。


「お茶なんてないっすね。しゃーないんで水で」


 お茶はないので水を出す。散らかってるものは、部屋の隅に押し込んだ。


「ルーシー、身の振り方は決めたか?」

「私、冒険者にでもなろうかなーって思ってたっす」

「冒険者だと? 危険だぞ?」

「んー、騎士団とあんま変わんないっすよ? 先輩は知らないかもっすけど」


 ブローディも貴族だ。伯爵家の次男で国王の甥にあたる。現王妃がブローディの母の姉だ。

 そんな偉い人を、ルーシーは先輩と呼ぶ。もっとも二人の時はだが。

 二人は同時期に騎士団に入った同期だが、ブローディは年上だ。身分が違いすぎるが畏まるのは嫌だとブローディが申し立てたので先輩呼びになっていた。


「お、いい肉っすねー」

「あぁ、ちょうど入荷したばかりだったらしい」

「さすが先輩、運も味方っすね。じゃーこの肉を揚げて、温野菜をつけるっす」

「ルーシーがよく作ってくれたやつだな」


 騎士団は定期的に遠征に出かける。王都だけでなく周辺の街や村に赴き、害獣や盗賊などを討伐するのだ。ルーシーは意外にも料理が得意だったのでよく調理係に任命されていた。

 まだブローディが副騎士団長ではなかったころだが、同期の(よしみ)でちょっとだけおかずを追加した夕食をルーシーにもらっていた。ルーシーは他意のない笑顔で「先輩、どぞっす」とこっそり持ってくる。ブローディにとって、王都で食べる食事よりもおいしい気さえした。がっつり胃袋を掴まれてる自覚はあった

 漂ってくるいい匂いにブローディが鼻を引くつかせる。


「相変わらず、料理はうまいな」


 好物の肉の揚げ物だ。間違いない。思わずのどが鳴る。


「できたっす!」

「こっちは片付けといたぞ」

「さーすが先輩! そこに憧れるっす!」


 ルーシーはニッコリ笑顔。ブローディもにっこりだ。


「ルーシーの作る飯はうまいな」

「そりゃー、食べるならおいしものがいいっすもん」

「そりゃそうだな」


 食事をしながらの会話が弾む。夕刻を告げる鐘の音が響き、ブローディは時間を忘れていたことに気が付いた。


「そろそろ戻らねば。馳走になった」

「いえいえー、先輩の食いっぷりは見ていてスカッとするんで、いつでも来てくださいっす」

「……軽々しく男を家に呼ぶなよ?」

「先輩は軽々しく来ましたよね?」

「俺はいいんだ。また来る」

「先輩、無事にいるっすよー」


 ブローディを見送ったルーシーは部屋に戻り皿を片っ付けながらつぶやく。


「んー、先輩がこんなとこ来てるの見られたら降格されちゃうっすね。有能なんだからさっさとろくでなしを蹴り飛ばして騎士団長になるべきっす。やっぱ早いとこ冒険者になっとこっと」


 数日後、ブローディはアパートへ行く。また大きな袋を持っていた。


「騎士団の飯がまずいのが悪い。うまく作るアイツが悪いんだ」


 ブローディは言い訳を口にしながらアパートの扉の前に立った。ドアには板が掛けられており、板には文字が書かれている。


『ちょっと冒険者やるんで留守にしまーす』


「なっ……冒険者は確かギルドがあるんだったな」


 ブローディは冒険者ギルドへ足を向けた。

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