2-22 ドジっ公爵さまに嫁ぎました!
王宮騎士団に精鋭を輩出する名門・ウィリアーズ公爵家に、借金のかたとして嫁ぐことになったリリシャル。
冷淡で引きこもりと噂の当主アルフは、初対面で「俺に関わるな」とリリシャルを突き放す。
しかし――
「あああああ!(※アルフ)」
ガッシャーン。
「アアッ公爵様ぁ!(※侍従)」
バリィッ。
その実態は、何をしても物を壊し人を巻き込む悲しき“ドジっ子公爵”だった。
社交界に出られない理由もその不器用さゆえだと知ったリリシャルは、王命と自分の未来を守るため離縁を拒否。
クセの強い使用人たちに見守られながら、アルフを社交界に立たせる決意をする。
「今度のダンスパーティーに出席しましょう、公爵様!」
「嫌です」
冷淡と噂された不器用ドジっ子公爵アルフと、したたか令嬢リリシャルの、ドタバタ育成ラブコメディです。
王宮騎士団に精鋭を輩出するのは、辺境にある国王お抱えの名門――ウィリアーズ公爵家。
名門でありながら、公爵家がなぜ辺境の領地しか与えられていないのか。その理由は、公爵家の当主にあった。
「リリシャル・ルーです。本日より、お世話になります」
カーテシーで公爵家の面々に挨拶をする。面々といっても、この場にいるのは当主のアルフ様と使用人たちだけだ。
険しい表情のアルフ様は私を一瞥して背を向けると、冷たい言葉を吐き捨てた。
「俺に関わるな」
ちなみに、私とアルフ様は初対面だ。そしてこの挨拶は、私の嫁入りのものである。
冷淡と噂されるアルフ様は社交界にほとんど姿を見せず、引きこもり公爵とまで言われていた。かつて国王から一等地を授けられたのに、それを蹴ってこの辺境にこもっているのだから、そんな噂が立つのも無理はない。
婚姻式も蹴られ、身ひとつでやってきた私は、すでに姿のない背に深く息を吐いた。
「お部屋へご案内いたします、奥様」
使用人たちの気遣いが救いだった。もし彼らまで冷たければ、私はこの瞬間に挫けていただろう。
侍女に導かれて階段を上がると、階下からアルフ様の叫び声が響いた。
「あああああ!」
ガッシャーンと、大きな音が鳴った。
「な、何?」
手すり越しに覗くが、階下の状況はわからない。「落ち着いてください!」と使用人の声が飛び交っている。
もしかして、嫁いできた私が気に食わなくて暴れてる……?
私を案内してくれている侍女を見ると、青ざめていた。
「……参りましょう」
「こ、公爵様は」
「お部屋はこちらでございます」
だ、大丈夫? 私、歓迎されてないよね……!?
部屋へ案内されると、侍女は階下へ走っていってしまった。私はベッドに腰を落とすと、心の底から後悔した。
「冷淡なのは聞いてたけど、暴力的なのは聞いてない……」
アルフ・ウィリアーズ公爵との婚姻は、王命によるものだった。
父には莫大な借金があり、それをめぐって母は家出した。父は借金を放棄して母を追い、その最中で私は王宮に呼びつけられたのだ。
「アルフと婚姻すれば、借金は私が肩代わりしてやろう」
なぜ国王が、父の借金を知っているのか。しがない伯爵家の私に白羽の矢が立つなんて、借金に次ぐ不運だわ……。そう憂いたところで、国王からさらに追撃を食らった。
「お前の父が、担保にとお前を指名したぞ」
……え、父? 返すアテはあるからと言っていたのは、もしかして国王様のことだったの? お金持ちだから大丈夫って、そういうこと?
「しかし、お前の父は阿呆だな。愉快な商人だと気に入って爵位を与えたが、あれでは家門は続いてゆかぬ」
それは、愉快だからを理由に簡単に爵位を与えてしまった国王が言えることなのだろうか。「そのわりに、お前はよき教育を受けているのだな」というお褒めの言葉に、私は愛想笑いをした。
「アルフと婚姻しろ、リリシャルよ。これは王命だ」
「拝命いたします」
断ることなどできるはずもなく、抱いた疑問は口にもできず。借金のかたに嫁がされた私は、身ひとつで辺境までやってきたわけだ。
「あぁー……」
風を取り込むために開けられた窓から、まだ使用人の悲鳴が聞こえ続けている。
私は本当にここで、アルフ様の妻としてやっていくのかな……。
☘︎
私は、社交界にはよく顔を出していた。家柄は関係なしに伝手は作っておいたほうが良い。商家出身の父のそんな教えで、私の意思など関係なしにパーティー会場に放り込まれていたから。
父のように媚びへつらうのは面倒で壁と化していたけれど、おかげで私は図鑑かというほど貴族の顔を記憶していた。けれどその中に、レア度の高いアルフ様の記録はなかった。
「ウィリアーズ公爵はまた国王陛下の招待を蹴ったそうだ。陛下の亡き弟夫婦の忘れ形見にしても、わがままがすぎる」
アルフ様は、よっぽどのことがなければ領地から出てこない。だから社交の場では、そんな噂ばかり耳にしていた。
アルフ様の両親は、アルフ様が乳離れをする前に亡くなってしまった。両親亡きあとは王宮で育てられ、社交界デビューのお祝いにと国王から贈られた一等地を「いらない」し、せっかくデビューしたのに辺境に引きこもってしまったとか。
アルフ様は今、二十歳になっているはずだ。華やかさのかけらもない結婚適齢期を過ごすアルフ様を、国王は我が子のように心配したのだろう。
――その結果が、私である。
夜は眠れず、爽やかな朝を憂鬱に迎えた。
侍女の迎えで部屋を出た私は、朝食が用意されているダイニングに向かう。侍女からなんの言葉もないということは、アルフ様は当たり前にいないということだ。昨日、関わるなって言われたもんなぁ……と考えていると、通りがかった部屋の中から叫び声が響いた。
「アアッ公爵様ぁ!」
バリィッ。
何かが弾けた音。いや、破けた音……?
「公爵様、落ち着いてください!」
「お、俺は落ち着いている……!」
わずかに開いた扉の隙間から、二人のシルエットが見えた。ソファに折り重なるように倒れ込んだ、侍従とアルフ様の姿。覆い被さったアルフ様の手には、引き裂かれたシャツの布があって。
「すまない、すまないっ」
アルフ様は謝り、侍従は「僕は大丈夫ですから、ゆっくり……お願いします……」などと言っている。
もしかして、男色なの……? あまりの衝撃に口がはくはくとし、今度は私の様子に気がついた侍女が叫んだ。
「見てはいけません奥様!」
やっぱり、そうなの……?
私が確信を得る前に部屋の中が慌ただしくなり、侍従の「アアッ」という憐れな悲鳴が続く。扉に駆け寄ってきたアルフ様がものすごい剣幕で「見るな!」と怒鳴り、扉がけたたましく閉じられた。
大きな音に身をすくめた私は、困惑しながら侍女に連れられるがままにその場を後にした。
それからしばらく、公爵邸の中でアルフ様を見かけるたびに何かしらの出来事に遭遇した。
相変わらず侍従の服を破いていたり、押し倒していたり。食器を叩き割ることもあれば、何もないところで激しくつまずいていたり、手に持った書類を風に飛ばしていたり。
噂とはほど遠いアルフ様の姿。でもよく考えてみれば、「引きこもり」くらいしか正しい情報はなかったように思う。じゃあ、なぜアルフ様はこの辺境の地に引きこもることにしたのか。私が疑問を抱くまでに、そう時間はかからなかった。
「男色は、ともかくとして。もしかして、アルフ様って……?」
そして、その疑問は早々に解決することになる。
暇をした私は、公爵家の書室から本を数冊借りて部屋に戻るところだった。廊下を曲がろうとしたその時、アルフ様と侍従の声が聞こえた。
「聞いてくれ。今日の俺は何も壊してないぞ」
「それは素晴らしいです、公爵様!」
どういう会話なの?
そんなことを思ったうちに、目の前にアルフ様が現れた。
「うわっ」
「きゃっ」
曲がり角で避けきれず、私は思いきり体当たりを受ける。抱えていた本が宙に舞い、床にばさばさと落ちた。
目を開けると、目の前にはアルフ様の顔があって。……ものすごく近い。
「す、すまない!」
慌てて離れようとしたアルフ様の体が、廊下の花台にぶつかった。花瓶が傾く。それを支えようとしたアルフ様の手が、今度は壁の燭台を弾いた。
「あっ」とアルフ様はさらに燭台を受け止めようとして、なぜかそこで足をすべらせた。そしてとっさに掴んだのが、侍従のズボンだった。
「キャーッ!!」
侍従の悲鳴が響く。花瓶は割れて、燭台は落ちて。アルフ様は、青ざめて完全に固まってしまっていた。
☘︎
「……見損なったでしょう。俺は、何をしてもこうなんです」
散乱した本や花瓶、燭台は、使用人たちによって片付けられている。
見られてしまっては仕方ないですよと、侍従に諭されたアルフ様は、今は意気消沈して私の前に座っていた。
「何をするにもうまくいかず、物を壊したり相手に怪我を負わせたり。おかげで威厳を見せられず、社交界にも出られない」
城の優秀な騎士はここから輩出されている。堅実で真面目な騎士が多く、もちろん口の堅さもお墨付きである。
「こんな俺に、あなたを縛るつもりはありません。どうぞ、離縁していただいて結構です」
「そんな……」
この婚姻は王命だ。婚姻すなわち、アルフ様を社交の場に連れてこいということ。
これを放棄したら、家の借金が私に降りかかってきてしまう。それこそ危険な身売りでもしないと、返していくことはできないだろう。
私が悩んでいるうちに、アルフ様は用意されたお茶に口をつけた。すかさず「あつぅ!」と声を上げ、ベチャアッと湯気の立つお茶がこぼれた。続いて「公爵さまぁぁぁ!」と侍従が叫び、侍女が準備していたタオルで手際よくお茶を拭き取っていく。
騒がしけれど、ここの使用人はみんないい人だわ……。
「わかりました」
私が口を開くと、使用人が一斉に私を見た。みんな、子犬のような瞳で私を見つめてくる。見捨てないで……と切に訴えられているようだった。
私は咳払いをして、足りなかった言葉を付け足した。
「公爵様がドジっ子なことが、わかりました」
アルフ様が私を冷遇するつもりなら、死に物狂いで父を探し出して国王の前に引っ張り出すつもりだったけれど。そうじゃないなら、私は自分を守るために王命を貫くのみよ。
「公爵様、私はあなたと離縁はしません」
このドジ公爵様を、社交界に必ず立たせてみせるわ。





