2-21 SAVE U
【この作品にあらすじはありません】
EPISODE:1 始業の鐘
ごーん。ごーん。
少し古い、チャイムの音が響いている。
町ではこの音を時報だと思っている人がほとんどだろう。
耳馴染みのいい響きを追って、足を速めた。
今日は四月七日。
春の朝特有の眠気を押し殺して、すたすたと歩いていく。
自己紹介をしておくと、おれは結陽翔。
この春から高校二年になる、十六歳だ。
おれが通っているのは、ここ、救聖学園。
たいして大きい学校でもないが、グラウンドは広い。
校舎のまんまえに植わった桜は、もうだいぶ散ってしまっている。
一見なんの変哲もない男子校に見えるだろう。
しかし、この学校には——おれたちには、秘密がある。
校門を過ぎたところに立っている教師に軽く挨拶をして、下駄箱を目指す。
無意識で去年と同じ場所に靴を入れようとして、ハッと靴を持つ手を止め、名札を確認した。
そこには、ちゃんと「結陽」と書いてあった。学年が変わっても、下駄箱の位置は三月と変わらないと言われていたのを、いま思い出した。
「おっすー」
「おー、おはよ」
春休みの間は顔を合わせていなかったクラスメイトと、挨拶を交わす。
特に久しぶりという感じもしなかった。
「新しい担任さ、新人だって」
「まじか、声デカくないといーな」
「いやマイセンより声デカい教師いねーだろ」
「はは、だよな」
なんだか、進級したという感覚が遠い。
うちの学校は一学年一クラスなので、クラス替えもない。
変わるところはといえば、担任と、教室の場所と、もうひとつ——。
「結陽!」
新しい教室がどこだったか忘れて友人と二人で廊下をうろうろしていると、「二年一組」の札がくっついている教室の扉の前で、ぶんぶん手を振っている影がある。
「おー、七種じゃん! 今日も早いな」
「もちろんだぜ! 新学期をスタートする準備は万全ってとこだな!」
「はは、あいかわらずでなんか安心するよ」
黒板に貼られた座席表を確認し、自分の席にカバンを置いた。
隣の席にはもう座っているやつがいる。
「柚木、おはよ」
「おはよう」
そっけない返事だ。
柚木は静かに席について、本を読んでいる。
窓の光に金髪が透けて、キラキラとしたオーラを纏っているかのようだ。
柚木の昨年の印象は、優等生。しゃべり方はちょっと冷たいが、いいやつだ。
「また一年間、よろしくな」
「よろしく」
短い返答も、すぐ手元の本に目線を戻してしまうところも、薄情だとか言う人がいるが、おれは嫌いじゃない。
どこにいても我を貫く彼は、かっこいいからだ。
しかも、彼の魅力はそれだけではない。
「あれ」
「どうした?」
「栞を、失くしたかもしれない……」
本を閉じ、自分の机やカバンの中を探しはじめた柚木に、おれはやれやれと彼の机の横にかがむ。
ゆずの色をしたおしゃれな栞を、ぴっと指で取った。
「ほら、これ。足元に落ちてたよ」
「……ありがとう」
こういうところだ。
柚木は完璧に見えて、けっこう抜けているところがある。
だから憎めないのだ。
そう思っているのは、きっと俺だけじゃない。
「柚木ー! さっきこれ拾ったんだけど、お前の?」
「ゆのき、席間違えてるよ」
「……すまない」
柚木が本を閉じたのを見計らって、クラスメイトたちがわらわらと集まってきた。
彼はばつの悪そうな顔をして、落とし物を受け取り、本をカバンにしまった。
「席違ったんだな。ごめん、気づかなかった!」
「構わない。隣の席でなくとも、これから一年間ともに過ごす仲間なのは変わらない。よろしく頼む」
やっぱり、いいやつだ。
柚木はおれの斜め前の席に座り、代わりによく話していたクラスメイトが隣に座った。
「なあなあ、新しいネクサス、いつ決まるんだろうな」
「もう決まってんじゃねえ?」
「うわー、ヤな先輩とかと当たらないといいなー」
ざわざわとうるさい教室の喧騒に乗じるように、さわがしく喋っていると、教室の扉が開いた。
「みなさん、おはようございます」
おおー、と歓声がわく。
ざわめきに負けず凛とした声を響かせたのは、瓶底メガネをかけたおかっぱの、女……いや、男、か? わからないが、スーツを着た大人だった。
「今日からこの二年一組の担任になりました。セーブユーは未経験ですが、全力でみなさんのサポートをします。よろしくお願いします」
セーブユー。
そう、この学校は普通の男子校ではない。
正義の味方であるセーブユーを育成する、セーブユー養成学校なのだ。
EPISODE:2 謎の新任教師
ごーん。ごーん。
鐘が鳴り終わるのをしっかり待ってから、新任教師は口を開いた。
「それでは、授業を始めます」
この学校は特殊で、全部の授業を一括して担任が行うことになっている。
中学の頃は、科目ごとに担当する教師が違ったため、救聖に入学したときは驚いたものだ。まるで小学生に戻ったかのようだ、と友達とやいやい言っていたのを思いだす。
でも、学校生活が進むにつれ、そのスタイルに納得した。
救聖は、社会に出るのに困らない程度の学力をつけるための必修科目はあれど、重きを置いているのは、セーブユーになるための授業だ。
生徒一人一人の状態を把握し、それを統括するのは、ひとりの教師である必要がある。
「始めるといっても、学習を始めるのではありません。私たちに必要なのは、オリエンテーションです」
セーブユー。
それは、おれを救ってくれた、希望の光。
「学年に一クラスしかない貴方たちに、自己紹介の必要はありませんね」
セーブユー。
彼らは、誰も知らないところで悪と戦っている。
「セーブユーになるために必要なものは、何だと思いますか」
突然の問いかけに、教室は静まりかえった。
そんななか、七種がビッと手を挙げ、指されるのを待たずに大声で叫んだ。
「ずばり、誰かを助けたいという強い気持ちだろ!」
クラス中がおおーと声をあげる。
七種うるせー、という野次もとんでいる。
その喧騒を白刃で斬るように、担任の先生は言い放った。
「誰か、では駄目ですね」
七種は頭をごんと殴られたかのように、力なく席に座った。
「いいですかみなさん。貴方たちは世間の誰にも存在を知られず、活躍を褒めてももらえず、助けた相手に顔を見せることもありません」
七種だけではない。教室にいる全員が、呆気にとられていた。
「立派に悪を倒しながらも、ひっそりと生きていかなければならないんです。それは貴方たちが思っているより、ずっともっと辛いことです」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえる気がする。
先生の言っていることは、もう既におれたちはわかっていることだ。それでも、その言葉はずっしりと冷たい金属のような重みを持っていた。
「それをこなしていくためには、強い信念が必要です。誰かのためではなく、自分のために戦ってほしい」
教室がにわかにざわつく。
「自分のため?」「セーブユーが?」「正義の味方が自己中かよ」
ほんの少し、芽生えそうになった不信感。
それを吹きとばすかのように、先生は強い語気で言った。
「自分の信念のために動き、それが世界のためになる。誰かのためになる。そうやってセーブユーは、孤独な戦いを続けていけている。私はそう考えています」
いつの間にか、クラスメイトたちの目つきが変わっていた。
「……みなさん、それを承知で挑んでいるようで安心しました。それでは、プリントを配ります」
急に、通常の授業の空気にもどり、張りつめていた糸が切れたかのような安堵感が教室中に漂った。
プリントには、勝手知ったることばかりが羅列されていた。
セーブユーは、悪の組織ファンジャイに対抗するため、国が秘密裏に生みだした存在であること。
現役世代がまだ少ないため、養成学校の生徒は教師監督のもと課外活動として戦いに参加すること。
「一年生のときに、課外活動を経験している人がほとんどだと思います。その際に、危険な目に遭わなかった方はいますか?」
またも教室は静まりかえった。
いつも騒がしいこのクラスが、今日ばかりは珍しく黙りこんでいる。
それだけこの教師が異質だといえる。
間違いなく、おれたちが対面してきた教師たちとは違う。
何が違うかというとはっきり言えないけれど、それでも意志が違った。それだけは、みんな感じていたと思う。
「私は、みなさんが危険な目に遭わないために教鞭をとるわけではありません。危機に瀕したとき、どう動いたらいいのか、どう考えたらいいのか。それを教えたくてここにきました」
みんなが見定めている。
この言葉を信じていいものか。ついていくのに値する担任なのか。
その視線を一手に受けて、先生は満足そうに微笑んだ。





