2-20 僕の約束、きみの約束 〜生徒会選挙編
生徒会長候補・龍川律の瞳が、黄金に裂けた――
葦原中学校は今、生徒会長選挙真っ只中だ。
次期生徒会長といわれる律の目の変化に気づいてから、主人公・逸希の日常は大きく変化していく。
都市伝説マニアの逸希は、律の瞳から、彼は地底人〈レプテリアン〉ではないかと仮定、そして地元の伝承と照らし合わせ、調査を開始。
伝承を知る燈を救ったことで、律と敵対関係に!
一方、燈と律の間には、五百年前から続く契約があった。
そしてその因縁は、逸希自身の血にも繋がっていく……
タイムリミットは生徒会選挙投票日だ。
果たして逸希は、あの“約束”を守れるのか――?
5月半ばの葦原中学校は今、生徒会選挙の真っ最中だ。
「逸希、お前、行くのか?」
後ろの席の和磨くんが僕の肩を叩いた。
いつもながら全てに主語がない。
察するに、放課後の後援会のことだと思う。
「生徒会長選挙のだよね? 行くよ。やっぱ、同じクラスなのもあるけど、律くんのスピーチ、勉強なるし」
「マジかよ」
和磨くんはため息をついて、僕の首に腕を回した。
耳元で告げられた言葉に、僕は瞬きを繰り返す。
「おれ、律と、ライバルだからさぁ」
龍川律くんは才貌両全な男子だが、和磨くんは僕と同じ陰に生きる男子だ。
僕は無言のままにこりと笑って、開催予定の視聴覚室へ移動した。
視聴覚室の席は50席ほどあるのに、すでに満席だ。
僕は立ち見となるが、事前説明で撮影していいという話に、意気揚々とスマホを取り出した。
「撮影もすんの?」
和磨くんの声に「悪い?」と聞けば、「別に」と不機嫌な声が返ってくる。
「演説ってそんなに大事か?」
「大事だよ。言葉遣いもそうだけど、抑揚とかさ」
「お前の好きな都市伝説に、しゃべりなんか関係あんの?」
小馬鹿にした声に、僕は和磨くんの脇腹に肘を入れた。鈍い声が聞こえたので、前を見たまま話しかける。
「じゃあ、なんで来たのさ」
「いってぇ……そりゃ、偵察だよ、偵察。あ、始まるぞ」
『放課後なのに時間をいただきありがとう。さっそくだけど』
スマホを構えてすぐに始まった律くんの演説だが、僕は違和感を覚えた。
──目が、おかしい。
一瞬、律くんの目が黄金色になって、縦に、裂けた──?
瞬時に、律くんを強く支持しなければという、前のめりな気持ちが吹き出してくる。
周りは叫び、腕を振り、立ち上がる人もいる。
どうしてだろう? そう思った瞬間、吐き気とめまいがおそってくる。
回る視界に酔いながら、視聴覚室を飛び出した僕は、近くのトイレの個室の便器に腰をかけた。
握ったままのスマホを膝に乗せると、黒い画面に青白い顔の僕がいる。
「見間違いだよね……」
僕は言い聞かせながら、さっき撮った動画をタップした。
コマ送りのように指で滑らせていくと、開始3分で目が光の反射なのか、金色に変化する。
スクショに撮り、拡大した。
「爬虫類の目だ……」
僕はすぐに都市伝説の、レプテリアン【爬虫類型地下生命体】を思い出した。
そして、この街の伝承も、だ。
大昔、蛇頭の人間がこの土地を奪いにきたが、追い返し、地下に埋めたという。
「……伝承、調べないと」
トイレから出ると、教室からリュックを取って、廊下に出た。
玄関に向かう背に鋭い声がかかる。
「ちょっと、」
美人教師で人気の辰巳 佳夜先生だ。
「待ちなさい」
有無も言わさぬ声に、僕は振り返る。
近づいてきた辰巳先生は、視聴覚室に長い指をさした。
「龍川くん、演説してるでしょ、行きなさい」
「すみません、帰ります」
背を向けようと回した僕の肩を先生がつかんだ。
細い腕から流れついた先生の視線に、つい引き込まれる。
律くんの演説を聞かなければいけない罪悪感で心が騒ぐ一方、拒否を意識したとたん、また吐き気がおこる。
とっさに離れようと、足に力を込めたとき、父の声がした。
『目立つな!』
ここにはいない父の怒鳴り声に、足が竦む。
それでも、不快な胃から解放されたい!
「……僕、い、行きませんっ」
僕は先生の腕を振り払った。
消える吐き気に、僕は逃げるように本気で走った。
呼ぶ声も無視して、僕の心の避難所である赤獅子神社に向かっていく。
学校から5キロ程度の距離なのに、息すら上がらない。さらに神社は小高い山の上だ。
疲れすら感じない体力バカな自分に笑えてきた。
僕は「おじゃまします」挨拶をしてから、境内を見回した。
愛しのサバトラ猫のトラちゃんを見つけるためだ。
「……あ、トラちゃーんっ!」
駆けつけ、優しく抱き上げると、もたもたと足をばたつかせるので、僕は頬ずりしながら境内にあるベンチに戻した。
僕は隣に腰をおろし、頭を撫でながら話しかける。
「ねぇ、実は人間になれたりしない? 今日さ、すごい怖いことあって、明日、学校行くの怖いんだぁ」
慰めてもらおうとするが、じとりと睨まれ、毛繕いが始まった。
いつもの可愛さに写真を撮ろうとスマホを出したとき、画面に通知が入る。父からだ。
出張
明後日には戻る
このメッセージはコピぺしてるんだと思う。
明後日がくれば、またこのメッセージが貼られるんだ。
「また仕事だって」
トラちゃんに話しかけながら、僕は律くんの目のスクショを拡大した。
妙な寒気がまとわりつく。
「写真でもイヤだなぁ」
つぶやいた僕に反応してか、トラちゃんは僕の太ももを踏み締め画面を見に来た。
じっと見つめて、振り返る。
不安げなトラちゃんをなでながら、僕はゆっくり伝えた。
「トラちゃんが困ってるときは、いつでも助けるから。約束だよ」
僕の小指に前脚がかかる。顔を覗き込み、目を細めたトラちゃんは、またベンチに丸まりだした。
夏はまだ先なのか、少し肌寒い。
トラちゃんの温もりが気持ちよくて、僕は日が暮れるまでそこにいた。
──翌朝。
今日は火曜日。来週の金曜が投票日だ。
「校門の演説、今日から?」
「律くんの始まってるじゃん」
複数の女子が小走りで過ぎていく。
そのまま横を向くと……、目が合った。
「なに」
虎丸 燈だ。
才色兼備な上、男女共に人気を誇る彼女は、黒髪に白いメッシュのボブヘアーがトレードマーク。吊り目で、猫っぽいところは可愛いとは思う。
しかし、なぜか僕にだけ、風当たりが暴風だ。
「挨拶ぐらいできないわけ?」
「お、……おはよう?」
「それじゃあ、誰に挨拶してるかわっかんない」
「燈さん、おはよう?」
いきなりそっぽを向いたかと思うと、僕の二の腕を小突いた。
「……なんで、もうっ」
僕は二の腕をさすりながら、走り去った彼女の背中を見送った。
すぐに彼女の周りに集まった友人たちから、頬や耳が赤いと指摘されている。
「風邪ひいてるなら、話しかけないでほしいなぁ」
僕はつぶやくが、周りの視線が微妙に痛い。
僕はそのまま早歩きで校門の演説を過ぎた。
律くんの視線が僕に向いている気がして、急いで靴を履き替える。
昼休みになり、伝承を調べようと図書室へ行くと、カウンターにまたいる。
「なにっ?」
燈さんだ。
カウンターには彼女しかいない。
僕は燈さんの前に立つが、彼女は小説に視線を落としたままだ。
「あの、燈さん、郷土資料、調べたくって」
「はぁ?」
なぜ、調べたいと言っただけなのに、威嚇されるのか。
僕は心に凪をやどそうと、少しだけ目を瞑る。
「で、どんなの」
僕はそっとメモを差しだした。
蛇頭人間に関する伝承内容、絵巻関係と書き込んである。
燈さんは少し考え立ち上がると、カウンターの奥の個室に引っ込み、ほどなくして戻ってきた。
「はい」
押し付けられた本のタイトルを見ると、葦原絵巻集とある。
「あ、ありがと、燈さん」
「別にっ」
手続きとかは? と思ったけれど、あれだけ睨まれたら言い返すのは無理だ。
僕は本を抱え、黙って教室に戻るしかなかった。
席に着き、出版社を見る。地元の出版社名だ。
地域のために作成されたものだが、見つかった際の解説ばかりが載せられ、絵巻についての内容が薄い。
ぱらぱらとページを進ませたとき、メモ用紙が床に落ちた。
拾い上げて読む。
きれいな字で書き込まれていたのは、たぶん、果たし状だ。
今日の放課後、C棟の渡り廊下に来て
燈
名前まで書かないでよ!
僕は慌てて制服の胸ポケットに詰め込んだ。
これが知られたら、他の男子、いや女子もそうだが、殺される。……学校生活的に!
僕は冷や汗をかきながら、絶対に落ちないように、もう一度押し込んだとき、肩をつつかれる。
和磨くんだ。
びくびくしながら振り返る僕に、にたにた笑う彼がいる。
「逸希さ、次のやってるよな?」
その質問に安堵した僕は、にっこり答えた。
「宿題、見せないよ」
放課後になり、僕は彼女から指定されたC棟の渡り廊下に来ていた。
このC棟の1階多目的室が、律くん陣営の選挙準備室でもある。
渡り廊下から選挙準備室が見えるが、そこに約束をしている燈さんが見える。
それならと僕は準備室まで行くことに決めた。
これなら密会に見えないし、二人きりでもない。名案すぎる!
多目的室に近づくと、ドアの奥からいつもの怒鳴り声が聞こえてきた。
「離してよ!」
ドアの隙間から見えた光景に僕は絶句した。
女子につかまれている燈さんがいるのだ。
「あんたの兄の腹いせ?」
「燈くんを私の傀儡にしたいだけだ」
「契約が自分にないからでしょ、どうせ」
律くんの目つきがかわる。
だがすぐに冷ややかな笑い声を立てたが、殺気に近い。
もがく燈さんの目と合った。
怒りで誤魔化した怯えた顔と、トラちゃんの顔が一瞬かぶる。
前のめりになる体を、
『目立つな』
父の目と、声が、足を石化させてくる。
なのに──
「助けろっ、逸希!」
僕は彼女の声をつかむため、廊下を蹴っていた。





